第二十四話 真夜中の探索 その1
「今日もほーんとひどい目にあったよ。ねぇ、聞いてよケイったらぁーっ!」
「んー、どしたの、ディー?」
点滴棒を脇に置き、日本神話を題材にした小説を読みながら、あたしは適当に返事した。
「ボクの解剖班の例のへたっぴくんがね、ボクの可愛い小腸を引っ張り出して、こうやって鼻に当て、『ほーら、象さんだじょー』なーんてやりやがったんだよ!
あんにゃろう、許せねぇーっ!」
彼女はガンッと手近なロッカーに蹴りを入れた。素足なので結構痛そうだが。
「プッ」
あたしはディーには悪いけど、つい噴き出してしまった。
「あーっ、ひっどいんだ、ケイったらぁーっ!」
「ハハハ、ごめんごめん。でも、医学生ってそんなことをしてもいいの?」
「さぁー、どうなんだろ? ま、あいつらの話を聞いてたら、昔、遺体を解剖実習に使っていた頃、遺体の切り取った耳を壁にぴたんとくっつけて、『壁に耳あり!』と言って退学になった医学生がいたらしいけど、それって眉唾っぽいしねー」
「そうだね、都市伝説ってやつじゃないの?」
「おっ、ケイさんもそんなしゃれた言葉を覚えられましたか」
「まあね、そこの漫画に描いてあった」
あたしは傍らの長椅子にうず高く積まれた漫画本を指差した。
ここ、更衣室の中には白衣の連中……医学生たちが置いて行った医学書や漫画本、小説、エロ本などが散乱しており、正直標本室よりもよっぽど面白い。
「本当は怖い世界の童話」、「日本の方言全集」などの雑学本も多岐にわたって見られる。
ディーは漫画本がお気に入りらしく、さっきからせっせと読破している真っ最中だ。
更衣室内は男性と女性に、ロッカーを駆使して二分され、それぞれにトイレがついている仕様だ。
男性用の更衣室の方が明らかに汚いが、このように様々な娯楽物で溢れ返っており、女性用の方も雑誌とかおいてあるが、着るものやらお化粧やらの写真ばかりで、正直あまり面白くないので、恐らく女性に分類されるあたしたちは、もっぱらこっちに入り浸っている。
ここ数日で、色んなことがわかってきた。
部屋に置いてある教科書や、ディーが解剖中に聞いた会話の内容からの推察になるのだが、ここは山陰地方にある、雲州大学医学部の敷地内で、あの白衣の連中は、医学生という人種であり、医学という、人間を治療するための学問を勉強しているらしいということ、そしてこの解剖実習もそのための教育の一環ということなど。
「昔はホルマリン処理した遺体を使っていたらしいけど、生きている人間と比べたら干物も同然で、あまり参考にならなかったらしくてね。
また、遺体を使って手術の練習を行うことは、法律上許されていない。世の中いろいろとうるさいらしい。
というわけで、紆余曲折を経て、ボクたちが使われるようになったようだよ。
ちょっと血は出るけど、手術の練習にもなるし、新鮮で分かりやすいってわけだね。言うなれば、干物とお刺身の違いかな?
もっともあまり深くやると死んじゃうから、脳や心臓なんかはさすがに表面どまりだけど、臓器ってやつは二つあるものが多いしね。腸や胃だって少しぐらい切っても死なないし。
あと、医学生たちの話によると、ボクたちの回復力は、普通の人間より早いらしいんだよ。ま、実習中に運悪く死んじゃう者もたまにいるらしいけどね。そうなったら本当に死体解剖だってさ」
ディーはさらっと恐ろしいことをのたまった。
「じゃぁ、あたしたちって、生きたまま解剖されるために生み出されたの……?」
恐る恐る推論を述べるあたしに対し、彼女は「んー」と猫のように唸ると、首を横に振った。
「さあ、確かにそれもあるんだろうけど、それだけの目的にしちゃ手間がかかっているし、何とも言えないんだよねぇ。
もうちょっと調査を続けてみないと分からないと思う。あのリモコンの説明書も、肝心なところは何も書いてなかったけど……」
「けど?」
急に彼女の言葉が途絶えたので、沈黙が怖くなったあたしは、後を促した。
「けど、最後のページにこう書いてあった。『なお、ムラージュの性能および目的に関しては、本体附属の説明書の方をお読みください』ってね」
「じゃあ、その説明書とやらを探せばいいのね!」
「ま、そういうことになるのかねぇ、でも、これがまた中々見つからないんだよ。この中のどこかにあるとは踏んでいるんだけどね」
彼女は男臭さ溢れる腐海の如きロッカールームを見渡し、歎息を漏らす。
男性用ロッカーは、隣りの女性用と比べ、おもちゃ箱をひっくり返した以上の惨劇となっており、男という生き物が、どんな学歴の持ち主だろうが本質的に大差ないことを物語っている。
「確かにこりゃ、砂漠で一粒のビーズを探し出すより骨が折れるわ」
あたしもため息が出そうになったので、代わりに苦笑でごまかした。




