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冒険者になる少年  作者: 月見幻
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師匠

2018年5月5日:大幅改変

 ぷにぷにと頬をつつかれる感触がし、俺の意識は次第に覚醒する。

 まず目に入るのは見慣れた天井。顔を横に向ければエメラルド色の瞳と目が合う。


「朝だよ。お兄」


 お洒落を意識し始める年頃なのか、肩まで伸ばした流れる様な空色の髪には橙色の髪留めが着いている。


 あの日から丁度一ヶ月。

 初めはどうなるかと不安もあったが、村の人達の俺への対応は特に変化もなく、今では外を出歩いても何の心配も持たなくなった。

 この一ヶ月にあったことは、ゴブリンを倒すときに護衛してくれたクリフトとザルバに謝りに行くことだった。

 レベルが上がらないのは俺自身の問題とはいえ、あの場にいて助けてくれたのだ。当時の記憶は気が動転していたこともあってあまり覚えていないが、会った時は「あの時は大丈夫だったか?」と言われてしまった。

 他の人達は俺を気遣ってか、レベルについて話題に出したりしないが、二人は素直に心配してくれて嬉しかった。

 他には父さんがまだ帰っていないぐらいで、特に変化のない今まで通りの生活……だと思っていたのだが。


「よしよし。毎朝ありがとな」

「えへへ~」


 ベッドから起き上がると、褒めて褒めて! と言わんばかりにキラキラとした眼差しで妹に見つめられ、頭を撫でてやると嬉しそうに笑う。

 最近のレイはずっとこんな調子だ。特に周りに誰もいない二人きりの状態だと、今まで以上に遠慮なく甘えるようになってきた。

 俺も嫌ではないし、むしろ妹との距離が縮まって会話も増えて嬉しい限りなのだが、少し心配でもある。

 今日もそうだが、俺は起こしにこられなくても自分で毎朝起きている。その後二度寝していたのは、今までは妹との接する時間が減っていると感じていたからだ。二度寝することで起こしに来た妹と接する時間が増え、会話も増える。だが今では充分に接しているし、その必要もなくなってきたから普通に起きよう。

 そう思った俺はある日、妹が来る前に起きてみた。すると俺の部屋に入って来た妹のルンルン顔は、この世の終わりかと思うほどの顔になり、予想以上の落ち込み具合に焦ったものだ。

 それ以来、またこうして二度寝する様になった。

 俺がレイに対して甘いのは自覚している。そしてこの調子では、もし俺がいなくなったら妹はどうなるかことやら……。



 ▼ △ ▼ △ ▼


 満月の夜。

 ご飯も食べ、お風呂にも入り。後は寝るだけだが、俺の本番はこれからだ。


「それじゃお兄。明日も起こしに来るからね」

「ああ。おやすみ」

「おやすみなさい」


 俺の部屋の前まで付いてきたレイにおやすみの挨拶をし、部屋のドアを閉めてから注意深く聞き耳を立てる。

 暫くすると階段を駆け上がるレイの足音が聞こえ、そのまま三十分ほど待って動きが無い事を確認してからゆっくりとドアを開けた。

 そして、まだ明かりの点いている居間へと足を運ぶ。


「母さん」

「あらエリス。どうしたの?」


 今日はあの日と同じ、月に一度の満月の日だ。

 夜になると度々窓から外の様子をみるようにしていたが、やはり満月の時だけ普段と比べて夜も明るい。もちろん昼に比べれば大分暗いのだが、夜の森を安全に視界確保しつつ歩けるのはこの日だけだろう。

 だから今日、そしてこれからも、俺はあのゴブリンに会いに行く。

 それをせめて、母さんには伝えようと思った。


「前にさ、俺に言ってくれたよね。冒険者になるなら、自分を信じなさい。自分が正しいと思った道を進みなさいって」


 夜の森でゴブリンに会った翌朝、母さんに言われたことはまだ俺の記憶に新しい。


「確かに言ったわね。時には人に頼ることもあるでしょうけど、最終的には自分で決める。少なくとも私はそう思っているわ」


 母さんの表情はいつもと変わらず優しい。

 でもこれを聞いたら、どんな表情をするだろうか。


「俺が今日、これから一人で森に入るって言ったら……母さんは止める?」


 だが、母さんの表情は崩れなかった。そのままいつも通りの口調で続ける。


「そうね。私やレオンも、村の人達も心配だから止めるかもしれないわね。特にレイが聞いたら維持でも止めるんじゃないかしら? ふふっ。想像したらちょっと笑えてきちゃった」


 確かに。もし俺がこんな夜に森に入るとレイに言えば、絶対止められるだろう。そしてそれでも行こうものならば……泣きながら維持でも俺を離さない未来が見える。そのまま夜も俺の部屋で寝るとか言いだしそうだ。

 だからこそ、こうしてこっそりと聞きに来たのだが、やはり母さんの答えも……。


「けれどね、エリス。そういう事はバレなきゃいいのよ。例えば皆が寝ている深夜に、またこっそり抜け出すとかね」


 え?


「それに? 例えバレたとしても? 森に入ったからって罪に問われるわけでもないし~? かわいいものじゃない」


 その時の母さんはいつにも増して楽しそうで、懐かしんでいるようだった。

 いや、それよりも。俺の聞き間違いでなければ「またこっそり抜け出す」と母さんは言わなかったか? もしかして、あの夜の事は知っていたとか!?


「母さん。もしかして俺があの日の夜に抜け出したこと……」

「知っていましたよ」


 当然とばかりに母さんは頷く。


「そうでなくとも、エリスの話し方で大体予想がつきます。これからはモノを頼むときは注意しなさい。上手い人は話しながら必要な情報を抜いていきますから」

「は、はい……」


 いつの間にか主導権を母さんに握られ、全然関係ないようなことで怒られてしまった。

 母さんの表情もどこか得意げだ。そして一息ついてから、もう一度口を開く。


「あの時止めなかったのは、エリスが変わるために必要だと思ったからよ」

「俺が変わるために?」

「ええ。実際のところ、何かあったからもう一度森に入るんでしょ?」


 確かに母さんの言う通りだ。もしあの時母さんに止められていれば、俺はあのゴブリンに会うことはなかったし、今日こうしてもう一度森に入ろうとすらしなかっただろう。冒険者になることだって、諦めていたかもしれない。妹との関係も今ほど良くはなかっただろう。


「ただ、森の奥深くへ入るのはダメですよ。この辺りは魔物があまり湧かないし、仮にいても毎日視回りの人に倒されてしまいます。けれど奥深くは別ですからね」

「うん。流石にそんなにも奥までは行かないよ」

「後は分かっていると思いますが、今日みたいに晴れた満月の日じゃないとダメです。足元が不安定な場所や、帰って来たから大丈夫だとは思いますが迷子になる可能性もありますから――」

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」

「心配しますよ!」


 すぐさま今のは失言だったと気付いた。

 何が心配しなくて大丈夫だ。あの日の夜、森に入った俺は死んでもおかしくなかった。それに、母さんは父さんから話を聞いていただろうし、俺の気持ちも少なからず察していただろう。

 そんな止めてもおかしくない状態で、止めなかったのが「変わるために必要だと思ったから」なんて、どれ程の心配をかけただろうか。

 今日だってそうだ。俺が無事帰ってくる保証なんか、どこにもない。


「ごめん……。ありがとう母さん。気を付けていってくるよ」

「ええ。気を付けていってらっしゃい」



 ▼ △ ▼ △ ▼


 部屋に戻った俺はさっそくポーチと剣を手に取り、窓から外へと繰り出す。

 最初は玄関から出ればいいのではないかと思ったが「父さんが帰って来たときに同じことをすれば、怪しまれるかもしれないから窓から行きなさい」と母さんに言われてしまった。

 あくまでもこれは二人だけの秘密らしい。もし父さんにバレたらどうするのかと聞いたら「父さんは鈍いから大丈夫」とのことだ。


「さて……行くか」


 頬を両手で軽く叩いて気合をいれ、俺は森へと入る。

 道を迷うことはない。ただ真っ直ぐ進んで、川があったら沿って下るだけ。

 その際、当然辺りの警戒をしながら進んでいく。村の近くとはいえ丁度ゴブリンが湧いているかもしれないし、どこか別の場所から魔物が来ているかもしれないからだ。

 それに、自然の音に集中しなるべく足音を立てないように移動したら、将来この経験が役に立つかもしれないからな。

 せっかく母さんからの許しがでて、森に入れるのだ。やれることは最大限やっていこう。


「よし。もうすぐだ」


 俺の記憶が正しければ、このペースなら後五分もしないうちに目的地に着くだろう。

 思えば不思議なことだらけだ。目的地まで二十分ほどしか掛からない、つまりは村周辺なのにあのゴブリンはいた。もしかしたら既に、村の人に倒されているかもしれないが。

 それにあの夜、俺はなぜ生きていてどの様にして部屋に戻ったのか。


「考えても、しかたないか」


 考えても答えは出そうにない。そして俺は、そんな不思議なやつにこれから頼ろうとしているのだから。

 次第に森の木が減り始め、森の中にぽっかりとできた空間に出た。


「いた」


 この空間でいやでも目に入る堂々と鎮座するかのような大岩。目を凝らせば、その岩にまるで同化するようにゴブリンがもたれ掛かっている。

 ポーチから剣を取り出すと鞘を抜き、そのままゴブリンの元へと歩いて向かう。

 ゴブリンも初めて会った時と同じ様に俺を観察すると、こちらへ向かって歩いてくる。

 その距離は次第に縮まり、後数メートルの所で俺は立ち止まった。

 だが、緊張などしていない。


「こんばんは」


 そう挨拶すると、ぴたりとゴブリンの動きが止まる。

 相変わらずゴブリンとは思えない大きさだ。本で探しても、同じ個体は見つけることはできなかった。


「一ヶ月前、俺はあなたに会い、そしてやられて気絶しました。けど目が覚めたとき、自分の部屋のベッドの上でした」


 ゴブリンは黙って俺を見つめてくる。

 話は通じているのか、逆に話すことはできるのか。そんな事は構わず、俺は続ける。


「実はですね……俺は魔物を倒してもレベルが上がりません。あの時あなたと出会ったのは偶然で、結果として俺はあなたに救われました」


 そもそも最初にゴブリンを倒したときレベルが上がっていれば。俺が森に入ろうと思わなければ。進む方向が違えば。結局諦めて家に戻っていれば。そして、このゴブリンが本当に俺を殺していれば。

 今とは何もかも違う結果となっていただろう。

 だから決めたのだ。


「だから今日から、あなたを倒すことを目標にしました」


 なぜそうなった? そんな顔をされた気がした。

 なぜかって? そんなもの、決まっている。


「俺が将来、冒険者になるからです」


 そう。俺は冒険者になる。だが、何もかも足りない。

 レベル。ステータス。スキル。技量。そして――経験。

 レベルが上がらない原因を父さんが見つけるかもしれない。だがレベルが上がる確証はないし、長くて後二ヶ月……何もしないで待つのは勿体ない。

 レベルが上がるのならそれでいい。ステータスも上がるし、スキルだってその内身に付くだろう。技量だって、父さんに剣を教えてもらえばいいさ。

 だが、戦う経験はやすやす積めるものではない。


「今の俺が遠慮せず全力で戦うことができ、負けても生きていられる魔物はあなたしかいません。例えレベルが上がったとしても、それは変わらないでしょう。もちろん、あの時は気まぐれで次はないかもしれません。でも大丈夫。そんな気がするんです」


 俺は自分を信じ、このゴブリンを信じることにした。

 そして月に一度とはいえ、俺はお世話になる立場だ。だから敬意をもってこう呼ばせていただこうではないか。


「一方的ではありますが、これからよろしくお願いします。師匠」


 その言葉と共に剣を構え、斬りかかった。


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