表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者になる少年  作者: 月見幻
8/14

兄妹の距離

2018年5月5日:大幅改変

 今日の朝食は寂しい。

 量が足りないわけではない。出来たての野菜スープは体の芯から温めてくれるし、パンもふわふわで噛めば噛むほどその美味しさを感じられる。

 でも、私の隣には誰も座っていない。本来なら兄がいるその場所は、今はテーブルの上に手のつけられていない朝ご飯が置いてあるだけだ。


「お父さん、重要な話ってなに?」


 重要な話がある。お父さんが珍しくそう切り出したが、昨日の今日だ。兄関係の話であることには間違いないだろう。


「実はな。暫く村を出ようと思うんだ」

「え?」

「昨日の集会で話し合ったんだが、エリスの事で誰も分かる人はいなかった。だから国や街を廻って少しでも有益な情報を探そうと思うんだ」


 いきなり村を出ると言われて驚いたが、そう言うことか。

 確かに小さな村より、大きな国の方が情報があるのは間違いない。


「でも……探す当てはあるの?」


 だけど、お父さんは昨日帰ってから空回りしているように感じる。実際何があったか私は分からないけど、相当ショックだったのだろう。


「ない。そうとしか言えないな……」

「レイには分からないかもしれないけど、エリスのレベルが上がらないことは多分実例がないの」


 見かねたお母さんが補足してくれる。

 兄のレベルが上がらないというのはおそらく実例がなく、人に聞いても分からない。

 それどころか下手をすれば、珍しい人間として研究対象にされるかもしれないという。


「じゃ、じゃあ何で村の人達に話しちゃったの!?」


 私の兄が研究対象として連れていかれるなんて、絶対に許せない!

 それなのに……何で!?


「大丈夫よ。ここの人達は皆信用できるわ。それに、隠したってすぐに様子がおかしいってなっちゃう。それだったら共有して、村全体で知ってもらった方が安全なの」

「アメリアの言う通りなんだ。だから、探すときも本が主になる」

「そう……何だ……」


 つまりは探す当てもなく。見つかる保証もなく。おそらく何も見つからない。

 何で? 兄が何か悪いことをしたの?


「取り敢えず三ヶ月ほど予定している。それまでには必ず戻るからな」

「……分かった。気を付けてね」


 朝ご飯を食べ終え、お父さんはもう村を出るらしい。昨日の集会で既に村の人には伝えてあるそうだ。


「エリスが起きたら、しっかり支えてやってくれ。落ち込んでいるでは済まないかもしれんからな」

「うん。いってらっしゃい」

「気を付けていってらっしゃい」

「いってくる」


 玄関が閉まり、朝ご飯の片付けを手伝うため居間へ戻ろうとする。

 廊下の奥を見てみるが、兄が出てくる様子はまだなかった。



 ▼ △ ▼ △ ▼


「ふぅ……」


 そして私は今、畑で草むしりをしていた。

 兄が心配だし、出来ればずっと家にいたい。でも私まで休めば、村の人達はより心配するだろう。

 それに、兄についてどう思っているかも聞いてみたかったのだ。


 結果としてはお母さんの言うとおり、心配する必要はなかった。

 ちゃんと今の兄の状態を理解してくれていたし、「妹として支えてあげてね」と励ましてくれる人もいた。


「レイちゃん。そろそろお昼だから切り上げていいよ。草はまとめておくから、手洗っておいで」

「ありがとうございます」


 それに、草むしりをしてよかったと思う。

 ズボズボ、プチプチ。集中しだすと今まで考えすぎていた事が整理され、気持ちが楽になる。

 村の人達が今まで通り声をかけてくれたお蔭もあっただろう。


「ただいまー」


 居間からお昼ご飯いい匂いが漂ってくる。

 兄は部屋から出てきただろうか。昨日の朝から何も食べてないはずだし……。


「お母さん?」


 少なくともお母さんはいるはずなのに、家の中がやけに静かだ。

 いつも迎えてくれるのに、どうしたんだろう。

 そう思ったときだった。


「おかえり、レイ」

「え……」


 居間から出てきたのはお母さんではなく、兄だった。

 一日ぶりの再開。それほど時間が経っている訳ではない。それなのに、とても久しぶりに会う気がする。

 そして、部屋から出てくることを願っていたのに、今兄が目の前にいることを信じられない自分がいた。


「本当に、お兄なの?」


 私の質問が可笑しかったのだろう。

 兄は少し目を見開くと、口元に笑みを浮かべる。


「当たり前だろ? 俺がお前の兄じゃなかったら、一体誰がお前の兄で、俺は誰の兄なんだ?」


 そんなもの、決まっている。

 私の兄はエリスで、エリスは……レイの兄。


「お兄……よかった。本当に、よかった――」


 日に日に少しずつ開いていたと感じた兄との溝。

 昨日その溝は、もう取り返しのつかないぐらい広がったと思った。

 だけど今日。まさにこの数秒で、その溝に大雨が降ったんだ。

 枯れることのない、湖へと変わる、大雨が。


「ごめんな。心配かけて」


 震える私を兄は抱き止め、頭を撫でてくれる。

 それがたまらなく嬉しく、私の目からこぼれ落ちる涙は一向に止まりそうにない。


 これからはもっと甘えよう。そして、支えよう。

 なぜなら私は、兄の妹なのだから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ