冒険の旅へ
2018年5月5日:大幅改変
目が覚めると薄暗く、空気がヒンヤリしている。
それもそのはずだ。空には太陽ではなく満月が昇り、今が夜であることを示していた。
普段の夜はもっと暗い。だが月に一度の満月の日は、その輝きが一際増して照らされるのだ。
「はぁ……」
今朝の出来事を思い出し、両手を見つめる。
確かにゴブリンを、俺はこの手で倒した。だがステータスのレベルは1。
最初から認めればよかったんだ。そう、最初から。
「もしかしたら俺がやり過ぎたのかもしれない。もう一度ゴブリンを探して倒そう」
俺のステータスを見たとき、父さんらはそう提案した。
当然だ。レベルが上がらないなんて、今まであった記録などないのだから。
そして俺はその提案に乗ってしまった。もしかしたらそうかもしれない。あのゴブリンが生きていたのは見間違いかもしれないと。
認めたくなかったのだ。だからもう一度、確実にゴブリンを倒して――。
俺は、発狂した。言葉にならない声で叫んだ。
なぜ自分だけレベルが上がらないのか。なぜこんな目に合わなければいけないのか。なぜ、なぜ、なぜ。
「ステータス」
ψ__________
名前:エリス(男) 種族:人族
レベル:1 年齢:6
体力 :12/12 攻撃:3
魔力 :8/8 防御:3
魔法:3
敏捷:3
スキル
なし
パッシブスキル
なし
称号
なし
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ψ
もしかしたら変わっているかもしれない。淡い期待を胸にステータスを見るが何も変わっていなかった。
「これからどうしようかなぁ……」
ステータスに向かって呟くも、返事はない。明日の朝、どんな顔をして家族に会えばいいのだろうか。何て言われるだろうか。
もしこのまま、レベルが上がらなければどうなるのだろうか。
レベルが上がらなければ、当然ステータスも上がらない。つまり永遠にこのまま。
来年にはレイが六歳になり、魔物を倒しに行くだろう。
他にも村に子供が生まれれば、当然その子らも六歳に魔物を倒しにいく。
なのにどうだ? 俺はレベル1のまま、何も成長することがない。
鍛えれば少しぐらい力がつくかもしれないが、ステータスの差は大きい。
子供に本気で挑んで負ける大人の完成。
「ははは。そうなったら笑い者まったなしだな」
このまま俺は生きていけるだろうか?
生きてはいられるだろう。大人から守られ、子供から守られ、魔物と一切戦うことなく村に引きこもればいい。今までだってそうしてきたのだから。
そんな生活が楽しいか?
冒険者になりたい。そう思ってから様々な本で知識をつけたり、人から聞いて学んできた。トレーニングだって自分なりにしてきた。今日という六歳の誕生日を迎えるために。
だがどうだ? 冒険者になれないどころか引きこもって村で暮らすことしかできない。そんな人生が六歳になるまでの自分と同じか? そんな訳がない、それ以下だ。
周りの目はどうなる? 村の人全員がその内俺の現状を知るだろう。初めは大丈夫かもしれない。可哀想だね、大変だね。そんな言葉で済むかもしれない。
だが大人になったら違う。農業をすることしかできない無能。子供にすら、ゴブリンにすら勝てない大人。そう思われて過ごすなど耐えられる気がしない。
「ダメだこりゃ……」
考えれば考えるほど苦しい未来しか見えない。
暫くベッドの上で転がり、一つ案を思い付いた。
ゴブリンすら倒せない大人ではなく、ゴブリンに倒されてしまった可哀想な子供になろう。それに冒険だってできるじゃないか。
魔物に倒される。それは死を意味している。ましてやレベル1の子供一人で戦うとなれば尚更だ。けれどそれでいい。
もしもゴブリンを倒せたら、その時はまた考えればいいさ。
「よし!」
床に無造作に投げ捨てられたポーチを腰に掛け、その中に剣を投げ入れる。
そっと窓を開け外に出ると、新鮮な空気を大きく吸い込んだ。
誕生日が満月でよかった。お蔭で木が生い茂る森も照らされ、視界の問題はなさそうだ。
家の裏手に森があるし、誰か起きていたとしても気付かれることはないだろう。
外から窓を極力閉めた後、ふと真上にあるレイの部屋の窓を見る。明かりは点いていない。
家に帰ったとき声を掛けられた気がしたが、無視しちゃったな。
「ごめんな。こんな兄で」
さあ、冒険に出よう。
今夜限りになるかもしれない、冒険の旅へ。