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冒険者になる少年  作者: 月見幻
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私の兄

2018年5月5日:大幅改変

 兄は寝坊助だ。

 毎朝私が起こしにいかないと朝ご飯まで来ない。

 今までそう思っていた。

 だけど最近気付いたが、兄はどうもわざと二度寝しているらしい。

 その理由は、図らずとも私の考えと一致していて嬉しかった。

 だからこそ、私は自分で起きろと兄に言ったことがないのだ。

 なぜなら大好きで大切な兄と一緒にいられ、話せる時間なのだから。

 一緒にお風呂に入ったり遊ぶことがなくなってきても、唯一ある自然に話せる場所。


 今日も朝ご飯に来ない兄を起こすため、私は玄関から一番遠い一階の兄の部屋へと向かう。

 ノックをしないのは妹の特権と勝手に思いつつ、ドアを開ける。


「お兄、起きて……る?」


 いつも通り寝ていると思った兄が珍しく起きていた。


「おはようレイ。どうかした?」

「珍しい。いっつもこの時間はまだ寝てるのに」


 何かあったに違いない。

 そう思ってよくよく兄の考えを読み取ろうと顔を見ると、いつもより頬が緩んでいるように感じる。


「何か良いことあった?」

「ん?」

「いつもより嬉しそうだな~って」


 何かあっただろうか? 昨日の兄もいつも通りだったし、この小さな村で何かあるとは考えにくい。


「ん~ちょっと違うかな。さ、朝ご飯を食べに行こう」

「むー。お兄が朝ご飯来ないから、私が起こしに来たの~。行くよ」


 だがはぐらかされてしまった。

 それに私が起こしに来たのに、まるで私が起こされたみたいな態度……むー。



 ▼ △ ▼ △ ▼


「ふふっ。忘れたのレオン? 明日はエリスの六歳の誕生日で、魔物を倒す日でしょ」


 居間でご飯を食べていると、お母さんの言葉で兄がなぜ嬉しそうなのか気付いた。

 兄の夢は冒険者になることだ。それも世界を旅するような冒険者。

 そのためには森に入って魔物を倒し、レベルを上げなければならないと兄はよく話してくれた。


「私も! 私もお兄と冒険者になる!」


 私も兄と冒険者になりたい。そして二人で色々な話をしながら旅をする!


「ははは。レイはまだ五歳の年だから、早くとも来年にならないとダメだぞ~」

「えー」


 何でダメなのー。


「昔々に、神様がそう定めたんだ。文句があるなら神様に言うんだな」

「神様のバカ~」

「こらこら。レオンもレイも、ふざけたことを言ったらいけませんよ」



 ▼ △ ▼ △ ▼


 その日の夜、私は浴槽に浸かりながら考え事をしていた。


「明日お兄がレベル上がったら、それからも森に行くようになるでしょ。でも私はまだ一年経たないと六歳にならないし、森に入れるようになるのもそれからだし……」


 仮にこの一年間を我慢しても、冒険者になるのもまた一年空く。お父さんが学園に行ってはどうかと誘っていたけど、私が学園に入るのもとしても一年空く。

 その間に他の人が兄に近づく可能性はあるし……。


 色々な索を巡らせるが、どうしても兄との距離が一年空いてしまう。

 つまり追い付けないのだ。


「……よし!」


 サバリと音を立て、浴槽から勢いよく立ち上がる。

 結論は取り敢えず後から考えようだ。

 少なくとも兄は十歳までこの村で過ごす。その間に離れても切れない関係を作ればいい。


「ふぅ……あっ」


 こんな夜に兄の部屋へ来るのは久しぶりだ。

 そう思うと少し緊張し、無意識にドアをノックしてしまった。


「どうぞ……って、レイか。こんな夜にノックして来るなんて、どうしたんだ?」


 どうしよう。何か言わなきゃ。


「明日、大丈夫?」

「心配してくれてるのか? まぁ父さんが側に付いてくれるし、念のため村の人にも数人来てもらうらしいから大丈夫だと思うよ?」


 ダメだ。いつもなら話せることも、今は満足に話せる気がしない。


「そか。頑張ってね」

「もう戻るのか?」

「ん。今の言いたかっただけ。それにお兄は明日、寝不足とかなったらダメだし」


 本当は話したい。あの頃みたいに、何の壁もない兄妹として。でも――。


「まだ眠くないよ。だからレイさえ良ければ相手になるぞ?」


 戻ろうとした足を、止めてしまった。

 相手になるぞ。久しぶりに兄の口から出たその言葉を聞いて。


「この本、明日の?」


 部屋に入ると、数札の本が開かれたまま床に置いてある。

 真面目な兄のことだ。明日のイメージトレーニングや予定の確認でもしていたのだろう。


「ちょっと予習しようかと思ってね。さっきまで読んでたけど、片付けるから待ってて」

「いい。お兄と一緒に読む。こっち座って」


 さっきまでのモヤモヤはもうなかった。

 そうだ。明日は今日よりもっと早く起こしにこよう。そうすれば兄も本当に寝ているかもしれないから。


 そう思っていたのだが。


「……何やってんの、お兄」


 兄は昨日にも増して早く起きていた。

 しかもドアを開け、兄がベッドで寝ていると思った直後、突然腕を突き上げ強く握りしめ、飛び起きたと思ったら鼻歌まじりに華麗な回転をするのだ。

 それ程今日を待っていたのだろうが、明日から兄はいつ起きるのかという予想で私の頭の中は一杯になっていた。



 ▼ △ ▼ △ ▼


「お兄、気を付けてね」

「ああ。それじゃあ、行ってくるね」

「行ってらっしゃい。護衛の人達から離れたらダメですよ」


 そして兄は魔物を倒すため、父さんと護衛の村人に連れられて森へと入ってしまった。


「行っちゃった……。お母さん、ちゃんとお兄は帰ってくるよね?」

「護衛の面ではレオンもいるし、後はエリス次第かしらね。私達は家で待ちましょ」

「うん……」


 だが、兄もお父さんもなかなか帰ってこない。いくら何でも長すぎではないだろうか。もうすぐお昼ご飯の時間なのに。

 すると、玄関から扉の開く音が聞こえた。


「お兄、おか……お兄?」


 廊下に出ると兄がいた。だが様子がおかしい。

 雰囲気が暗く、ずっと下を向いている。私の声もまるで聞こえていないかのように無視され、そのまま奥の部屋へと消えていった。

 今朝の元気の良さは微塵もない。


「レオン。何があったの?」


 お母さんも異常に気付いたのか、後から来たお父さんに直ぐ様何があったかを聞く。

 だがお父さんも顔が浮かない。そしてゆっくりと口を開き。


「エリスのレベル何だが……上がらなかった」


 レベルが上がらなかった?


「なぁアメリア。レベルが上がらなかった何て事、聞いたことはあるか?」

「いえ……そんな事は一度も」

「だよな。その筈なんだ。だけど、確実にエリスは魔物を倒したのに……」


 お父さんは大分取り乱している。

 だがそれよりも心配なのは兄だ。あれだけ冒険者になると言っていたのに、一番必要なレベルが上がらないとなればどれ程の絶望を感じているのか……私には分かりそうもない。


「落ち着いてレオン。村の緊急集会はもう伝えてあるの?」

「クリフトとザルバが今呼び掛けてくれているはずだ。開かれるとすれば夜に」


 緊急集会とは村で何か異常が起きたとき、大人達が集まるものだ。それほどまでに深刻な事態なのだろう。


「レイ。エリスは暫くそっとしておいてあげてね」

「で、でも。あんなお兄、見たことないよ」

「変に同情したり、慰めても余計に刺激するだけよ。エリスの気持ちはエリスにしか分からない。だから自分から出てくるまで、そっとしておいてあげて」


 お昼ご飯になったが、当然兄はいない。空気が重く、食事もなかなか喉を通らない。

 夕飯も兄は来なかった。


「集会に行ってくるから、しっかりお留守番するのよ。いつ戻るか分からないから、待たなくてもいいからね」

「行ってらっしゃい。お父さんも」

「あぁ……行ってくる」


 家の中に静寂が訪れた。

 兄は寝ているのだろうか。部屋に行きたい気持ちを押さえつつ、階段を上がり自分の部屋に入る。


「結局朝、起こしに行けないな……」


 お母さんの言う通り、私に兄の気持ちは分からない。だけど力になりたい。でも、どうすればいいのか。

 結論が出ないまま時間だけが過ぎ、こんな時であるにも関わらず眠気が襲ってくる。


 ……兄を信じよう。今の私に出来るのは、それだけだ。


「神様の、バカ……」


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