六歳の誕生日
2018年5月5日:大幅改変
父であるレオン。母であるアメリア。その子供である兄のエリスと妹のレイは仲が良い。
ヘイリ村が出来てから初めて生まれた子供ということもあり、村人たちもそんな二人を可愛がっていた。
だが成長するにつれて、二人は少しずつ現実を知っていく。
中でも大きかったのは、男と女であるという性の違いだろう。
近かった距離はしだいに広がり、互いが互いを遠慮する。
そこで兄は幼いながらに考えた。このまま溝が広がれば、会話すらなくなるかもしれない。もっと妹と接する方法はないものかと。
▼ △ ▼ △ ▼
「来たか!」
雲一つない空から照り付ける朝日。
腕を伸ばし、虚空を握りしめた手には何も掴んでいない。だがなぜだろうか。その手には確かな手応えがあった。
いつもの天井から目を離し、勢いよく立ち上がりぐるりと辺りを見渡せば――。
「……何やってんの、お兄」
ベッドから起き上がり、華麗な回転をするまでの一部始終を観察していた妹と目があった。
「――というのを、お兄の部屋で見た」
「あらあら」
「そいつは見てみたかったな」
そして朝食。その時の様子を包み隠さず父さんと母さんに話され、俺は恥ずかしくなり顔を伏せる。だが三人の会話はなかなか終わりそうにない。
そこで野菜スープを行儀悪くすすり、無理やり意識を向けさせ話題を変えることにした。
「そんな事より父さん、今日は朝ご飯食べ終わったら森に入るの?」
レイに見られたのは仕方がない。というより、今日はいつもより――もっと言えば昨日より早く起きたのに、もう部屋に来ているとは思わなかったのだ。
だがそんな事より、大事なのは今日の予定だ。
「別にこの後すぐでもいいが、アメリアはそれでもいいか?」
「ん~そうね。子供達がやるような畑仕事は一通り終わってますし……いいんじゃないかしら?」
「よし。じゃあ先に護衛頼んでる奴らを呼んで来るわ」
「集合場所は?」
「村の広場だ」
空の食器を片付け、父さんはそのまま玄関の方へと向かっていく。
俺も残っていた野菜スープを飲みほし、片付けを済ませてから母さんと妹と共に広場へ向かうことにした。
▼ △ ▼ △ ▼
広場に着くと、既に父さんと今回護衛をしてくれるのであろう村の人が立っていた。
「お、来たか」
「お待たせ。その人達が今日護衛してくれる人?」
父さんと一緒にたっている二人の男の村人に軽い会釈をしつつ、顔を確認する。
誰が来るかと思ったが、名前までは覚えていないが顔見知りだった。小さな村ということもあり、村人総出で畑の手入れや草むしりをしているため、名前は分からずともおのずとよく見るのだ。
「ああ。二人とも腕は確かだ。エリスも顔ぐらいは見たことあるだろ」
「名前までは分からないけどね。俺の名前はエリスといいます。今日はよろしくお願いします」
今度は先程より深く頭を下げると、片方の男が一歩前へと出る。
「レオンから聞いているよ。今日六歳になったんだってね。おめでとう」
「ありがとうございます」
「そんなに畏まらなくていいよ。同じ村の中ってのもあるけど、外だとあんまりペコペコしてるとナメられることがあるからな。一応今回の護衛でサブリーダーを務めることになったクリフトだ。よろしく」
「忠告ありがとうございます。よろしく」
口調に気を付けながら差し出された手を握る……ことは子供と大人では大きさが違い持つような形になったが、クリフトは満足そうに頷いた。
「次は僕かな。まず誕生日おめでとう。僕の名前はザルバ。よろしくねエリス君」
「よろしく」
一通りの挨拶を済ませると、今回のリーダーである父さんが作戦を発表した。
森入る。ゴブリン見つける。ゴブリン倒す……以上。
「とまぁこんな感じだが、異論はないな?」
「特には」
「索敵は任せてー」
かなり大雑把な作戦と思いつつ聞いていたが、クリフトもザルバも特に異論はないようだ。
本人達からすれば、普段から村にゴブリンなどの魔物が来ないように交代で倒しているらしいし、ただ俺が追加されただけの日課なのだろう。
だがここで声を上げたのは母さんだった。
「私もそれで構わないけど、エリス。くれぐれもゴブリンが弱いとは思わないように。この人達はレベルも違うし慣れているだけだから」
「う、うん。分かったよ母さん」
「あー確かにな。その辺りの事は森の中で索敵しながら説明しておくよ」
そしていよいよ森へ入ることになった。
実は森の中に入るのは今回が初めてだ。もしものことがあって魔物に襲われたりしてはいけないと、普段は森に入ることが許可されていなかった。
「お兄、気を付けてね」
「ああ。それじゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい。護衛の人達から離れたらダメですよ」
広場から暫く出入り口方面へと進み、適当な場所から森の中へと俺達は入った。
先頭は索敵をするザルバ。両横には父さんとクリフトと、線で結ぶと三角形のような陣営だ。これで真ん中にいる俺から狙われることはまずないだろう。
「<範囲索敵>」
するとザルバが何かを唱えたが、特に変わった事は起きない。
「今のって魔法?」
「うんうん。今のは近くにいる魔物の魔力を感じとる魔法スキルかな。ん~当然といえば当然だけど、この辺りでは反応がないね。引っかかるまで暫く歩くことになるけど付いてきて」
「あいよー」
「了解」
目に見える魔法でないことには少し残念だが、今のがいわゆる詠唱か。まだレベル1の俺には何もスキルは無いが、近いうちに手から火を出すぐらいは出来るようになるだろうか。
一応俺にも魔法ではないが、それに似たようなことは出来る。そう言えば最近見ていなかったし、もうすぐレベルが上がってみることはなくなるだろうから最後に見ておこう。
「ステータス」
そう唱えると、俺の目の前に半透明の画面に文字や数字の列が表示される。
ψ__________
名前:エリス(男) 種族:人族
レベル:1 年齢:6
体力 :12/12 攻撃:3
魔力 :8/8 防御:3
魔法:3
敏捷:3
スキル
なし
パッシブスキル
なし
称号
なし
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ψ
年齢は変わっているが、それ以外は相変わらず変化がないな。
「ん? ステータス画面なんか開いてどうしたんだ?」
「もうすぐこの数字が変わるから、最後に見ておこうと思ってね」
「お、よかったら見せてくれないかな?」
隣でクリフトが覗き込む仕草をするが、実際には俺のステータスは見えていないはずだ。見るためには俺が可視化する必要がある。
「クリフト。人のステータスを見ようとするのはマナー違反だよ。大事な情報なんだから」
「レベル1だったら初期値だし、特に関係ないだろ? もしエリスが実は女でしたーとか、種族が人族ではありませんーとかなら分からんが。いいだろレオン?」
「エリス次第だな。だがレベルが上がってからは他人に余程のことがない限り見せるなよ。家族になら最初の頃は許すが、ザルバの言うように命に関わる情報だからな」
「うん。分かってるよ父さん」
ステータスはその者の強さや性能を表す情報である。そしてこの情報には価値があるのだ。
その価値をまず買いたがるのは研究者。
その人がどの様に成長しているか。レベル毎の違い。上がり幅など。その分野を知りたがっている研究者に売れやすく、本によってはそれぞれのレベルとステータスの比較なども書かれていたりする。
そしてこの情報を他に欲しがるのは盗賊や暗殺者だ。
相手の強さや得意なものはなにか。勝てる見込みはあるか。護衛がいるならその護衛の強さは。依頼料は適正かどうかなど。個人的に恨まれて殺される人もいるらしく、俺もその可能性がないとは言い切れない。
だからこそ大抵の人は自身のステータスを明かさない。
だが父さん曰く、ある程度の実力がある者は相手の力量を見ただけで大体分かるらしく、プロの暗殺者ともなれば目で見たものしか信じないのだとか。
逆にプロの冒険者ともなれば、奥の手の一つや二つを隠し油断させたり、敢えて得意ではないかのように偽っている者もいるらしい。
「これで見えますか?」
「おー、懐かしいなこの感じ。わざわざありがとな」
「いえいえ」
特に見る場所もないためすぐに見終えたらしい。俺が意識を外すとステータス画面も消失する。
「そうだエリス。まだこれを渡していなかったな」
父さんの方を向くと、どこからか取り出したウエストポーチと俺でも持てる小ぶりな剣を渡された。
「その剣はゴブリンを倒すときに使え。暫くはそれで大丈夫だとは思うが、成長したら新しいのを買いに行こう。ポーチの方はマジックポーチで、口に入る大きさなら三個までアイテムが入る特別性だ」
剣を鞘から抜いてみると、迂闊に触ったら手が切れてしまいそうなほど磨かれている。それ以外は特に飾り気もない。
ポーチも見た目は何かの動物の皮で出来たウエストポーチなのだが、そんな特別性のものを貰ってもいいのだろうか。
「そんな凄そうなポーチを貰っても大丈夫なの?」
「俺はもう使わないし、他にもあるからな。それに三個までしか入らないから、何キロまで入るとか一般的なやつのほうが使いやすいんだよ」
確かにそうか。ポーチの口の大きさまでしか入らず、しかも三個という制限があるのでは物を運ぶには不便すぎる。
「入れる時はそのままでいいが、出すときは取り出す物をイメージしないとダメだ」
試しに手に持っている剣を入れてみる。すると、長さは明らかに剣の方が長いのだが、何の抵抗もなく入った。
その事に少し感動しつつ、ポーチの中を覗くが何もないように見える。手を入れて先程の剣をイメージすると無事取り出せた。
「そんな感じだな」
「分かった。父さんありがとう」
「本当は剣だけのつもりだったが、母さんと相談して決めたんだ。後でお礼言っとけよ。いつか自分で稼いでもっと良いやつを買うなり、ダンジョンで手に入れれるなり出来るようになれよ」
「うん」
ポーチを腰に掛け、剣はその中にしまっておく。
そのままじゃ剣をさせないから後でそっちも渡さないとな、と会話をしていると。
「反応ありましたよ。多分一体なので湧いたばかりかと」
「一体の方が都合がいいな。よし、じゃあ向かってくれ」
いよいよ倒すときが来たんだ。そう思うと胸が高鳴り、落ち着かせるために一つ息を吐いた。