新たなる方法
2018年5月5日:大幅改変
振り上げて、振り下ろす。また振り上げて、振り下ろす。
その回数を声に出しながら。剣を握りしめる手に力を込め。しっかりと足を踏み込み。腰や手首といった体全体を使う。
「ふぅ……。ちょっと休憩するか」
リズム良く百回の素振りをし、俺は休憩のため剣を鞘に収めた。
「かなり上達した……と、思うけどな」
両手を見つめ、そんな事を呟く。
最初は形すらできていなかった素振りは、月日を重ねるにつれ、かなり様になったと実感していた。
ステータスは相変わらずだが、体は筋肉質になってきたし、力も強くなっている。
後は目標である師匠を倒すことだが――実は少し進展があった。
素振りをする前は俺が剣を抜いても師匠は素手。剣術もなかった俺は、それでも無様に何も出来ずに負けていた。
だが、素振りを初めて暫く経ったある満月の夜。師匠の手には、腰に差しているものとは別の一本の剣が握られていた。
初めはいよいよ死を覚悟する時が……とも思ったが、ただ俺の剣に合わせて防ぐだけ。俺の体勢がグラついたり動きが悪くなると、気絶させられて気付けばベッドの上だ。
「まだ素振りでもいいけど、次はどうするかな」
最近では素振りの他にも家の周りをランニングしたり、フットワークを鍛えたりと、父さんと相談しながらやっている。
因みに六歳になる前によくやっていた、畑仕事などの村の手伝いはもうあまりしていない。
自分の夢を叶えるために努力することが子供の仕事だと言われ、お陰で朝もこうしていられる。
取り敢えず休憩は終わりにしようと立ち上がると、丁度森から帰ってきた父さんと妹の姿が見えた。
今日はレイが六歳となり、魔物を倒す日なのだが……レベルは上がったのだろうか。
「お帰り」
「おう。ただいま」
「ただいま、お兄」
二人のもとへ駆け寄って様子を確認するが、どうやらレベルは上がったみたいだな。父さんの顔は分かりやすい。
けれどレイは浮かない顔だ。その理由は朝の会話から大体予想がつく。
「レベルはちゃんと上がったみたいだね」
「ああ。それで、これからレイのステータスについてアメリアと相談するんだが、エリスも一緒に来るか?」
レベルが上がったときのステータスの伸び方は人それぞれだ。けれど割合として男は攻撃、女は魔力の方が伸びやすいらしい。
だからといって必ずしもそうではないため、レイのステータスを見て経験もある父さんと母さんが判断するのだろう。
「…………いや、俺はいいよ。まだトレーニングの途中だし、家族とはいえステータスを見るのはマナー違反だから」
「そうか。無理はするなよ」
「分かってるよ。……レイ」
何も言わず父さんと家に入ろうとしたレイを呼び止める。
「レベル、上がったんだな。おめでとう」
「……ありがと」
「そんな顔するなって。ほら」
母さんがあの日俺にしてくれたように、妹を優しく抱きしめてやった。
驚きからか、妹の体はビクリと震えるが、数秒もしないうちに体を預けてくれる。
レイの事は理解しているつもりだ。きっと、俺のようにレベルが上がらなければよかったとでも思っているのだろう。
……何もかも、俺のせいだな。
「俺の事は気にするな」
「……え?」
「今決めたよ。俺は……レイの兄であるエリスは、絶対冒険者になる。だからレイは、自分の事だけを考えろ」
冒険者になりたい。いつかレベルを上げたい。
そうでありたい。そうであって欲しい。でも、そうでないかもしれない。
夢は必ず叶う訳ではないし、ましてや今の俺が冒険者になることは到底叶えられる夢ではないだろう。
でも、それでも冒険者になろうとこうしているのはなぜだろうか。
俺の夢が冒険者になることだったから? 強くなりたいから? 世界をこの目で見たいから?
確かにそれもあるが……でも違う。
「俺と冒険者になるんだろ? だったらその時足を引っ張らないよう、助け合えるように強くなれ。俺もすぐ追い付いて、追い越してやるよ」
レイとの夢であり、約束。
二人で冒険者になること。
俺が冒険者にならなければ、それは同時にレイの夢も叶わない。
だから俺は冒険者になる。なりたいではなく、なるんだ。
「そっか……。約束、だからね」
スルリと俺の腕から抜け出し、見つめてくるその顔はいつも通りの笑顔で――けれどその顔は、確かな決意で満ちているようにも見えた。
「ああ。約束だ」
▼ △ ▼ △ ▼
部屋の中にザーザーと雨音が響く。
朝の空には程よく雲が浮かび、昼から雨が降るとは思っていなかったがこんな日もあるだろう。
さすがに家の中で素振りなどはしないため、雨が降ったら実質休憩。本も俺の部屋にあるものは隅々まで読破してしまったため、ベッドの上でくつろぐ事ぐらいしかやることがない。
休むことも大事だと父さんに言われたが、やはり何もしないのは退屈だな。
「ステータス」
ψ__________
名前:エリス(男) 種族:人族
レベル:1 年齢:7
体力 :12/12 攻撃:3
魔力 :8/8 防御:3
魔法:3
敏捷:3
スキル
なし
パッシブスキル
なし
称号
なし
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ψ
年齢だけ増え、他は何も変わらないステータス。
素振りを始めてから強くはなった。強くはなったのだが。
「はぁ……」
結局はそれも今だけ。まだ完璧とは程遠いかもしれないが、必ずレベルが上がらない現状……いつか限界が来てしまうだろう。
ならばどうすれば更に向上できるだろうか。
学園に通う十歳まで、正確には十一歳になる年から通うから有余は約三年。
けれど何か方法を思い付いても、今の素振りのように練習などで時間をかなり使うだろう。それに学園に入る手続きは遅くとも入学の半年前までにと言われた。
だとすれば、実質的な有余は後一年もあるかどうか……。
「お兄?」
「おわっ! ビックリさせるなよ」
目を開けると、いつの間にか俺の部屋に侵入していたレイが半透明のステータス越しに顔を覗き込ませていた。
可視化してないので、向こうからは何も見えていなかったはずだし偶然だろう。
それにしてもレイが部屋に入ってきたことに全く気付かなかった。雨音があるとはいえここまで物音を立てないのは、毎朝俺を起こさないように部屋に入ってきている成果だろうか。
レイは驚いた俺を見てどこか得意気だ。
「ふふ~ん。ところでお兄は何してたの?」
「何かしてるように見えるか? しいて言えば、体を休ませてるぐらいだ」
ベッドから体を起こし、改めて妹を見るとその手に木の枝の様な少し歪な形の棒が握られていた。
「それって、もしかして杖か?」
「うん。ステータスを見てもらったら魔法使いに向いてるって言われて、さっきお母さんから貸してもらったの。まだ試してないから私用の杖になるとは限らないけどね」
三十センチほどの細い杖は、見た限りでは簡単に折れてしまいそうだ。
だが杖を作る過程で材質や魔法を駆使し、その頑丈さや魔力の通しやすさは職人や使う人の相性によって大きく異なることがあると本で読んだことがある。
妹の話を聞いていくと、どうやら晴れた日に母さんと一旦村を出て自分にあった杖を選ぶらしい。
村を出るのは仮に魔法が暴走した時に、被害を最小限にしたいからだとか。
確かに、庭で魔法を使って家に火が着く……何て事もあるかもしれないしな。
「センスの良い人はすぐに感覚を掴めるみたいだけどね。数日は杖選びになりそう」
「なるほどな……。でもそんな短い杖じゃ、魔法使いって感じがしないな」
「私も思って聞いてみたら、大杖と小杖に分かれてるんだって。それぞれ良いところがあるらしいけど、戦闘で動きやすいように小杖からって言われた」
杖を人差し指と親指で挟み、妹は少しもの足りなさそうに杖を振る。
本で見る魔法使いの杖は、片手でガッシリ握れる太さがあり長さも小杖の倍以上。
そのいかにもな杖を見れば、一目で魔法使いだと分かるしイメージもしやすい。
仮に登場する魔法使いが小杖を持っていると考えると……あまり見栄えがよいとは思えないな。
それに小杖が開発されたのもここ百年ほどらしいし、それもあって本では大杖が使われているのだろう。
「その辺りは今後のレイ次第ってことか。誰かが護衛してくれると思うけど、あんまり無理するなよ」
「それは大丈夫。魔法使いだから魔力を沢山使うし、少なくなったら嫌でも体がダルくなるらしいから。仮に魔力がなくなったら気絶して、強制的に休むことになるしね」
「魔物との戦闘中にそうなるのは勘弁してくれよ?」
「ふふっ。そんな事はしないよ。もし一人の時にやったら間違いなく殺されちゃうし、邪魔になっちゃうもん」
俺もその返答に笑って返すが、師匠に散々気絶させられてるんだよな……。
「それじゃあ、お母さんとまだ話したいことがあるから、またね」
「ああ。またな」
朝と比べてすっかり笑顔になった妹に手を振り、ドアが閉まったのを確認してからまたベッドに倒れこんだ。
「……魔力……か」