兄の求めていたモノ
2018年5月5日:大幅改変
まだ後一年あるから大丈夫。
そう思っていたのが、ついこの間のように感じる。
「ステータス」
ψ__________
名前:レイ(女) 種族:人族
レベル:1 年齢:6
体力 :12/12 攻撃:3
魔力 :8/8 防御:3
魔法:3
敏捷:3
スキル
なし
パッシブスキル
なし
称号
なし
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ψ
私の声に応えて律儀に現れた半透明のステータス表。そこに表示されたある項目を確認し、間違いでない事を改めて実感して溜め息を吐いた。
そう。兄エリスの妹である私ことレイは今日、六歳の誕生日を迎えた。いや――迎えてしまったのだ。
「何で一年って三百六十日なのかな……。どうせなら一万日ぐらいあればいいのに」
無茶な願いだと分かりつつ、思わずこんな独り言を愚痴ってしまうのには理由がある。
六歳になった。それはつまり、魔物を倒す日でもあるからだ。
そして魔物を倒せば当然……いや、普通はレベルが上がる。私の兄を除いて。
私が六歳になりたくなかった理由がそれだ。レベルを上げられない兄との差が開いてしまうから、魔物を倒したくない。
もし兄のレベルが上がっていたのならば、私は追い付くために今日という日を待ちわびていただろうに。
「私の夢は、お兄と一緒に旅する冒険者になることなのにな」
悶々とした気持ちを振り払うように勢いよく立ち上がり、部屋を出て階段を下りる。
そしてそのまま兄の部屋の前へと行き、ノックすることなく中に入ると当人はまだ寝ていた。
兄が冒険者になることを諦めていないことは知っている。学園に入る十歳までは一先ず本気でやるといって、朝と夕、それぞれで毎日のように素振りをしているからだ。
一度だけその剣を持たせてもらったことがあるが、私の力では両手で持つのが精一杯でとても振れそうになかった。
ゆさゆさ。
「お兄~。起きて~」
その素振りの疲れが出ているのか、最近の兄は本格的に寝坊助だ。
ゆさゆさゆさゆさ。
それに素振りをしている兄は頑張りすぎな気もする。時折自室の窓から素振りの様子を眺めるときがあるが、強くなるという目標以外の何かがあるような……。
ゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさ。
「おーい。レイ、もう起きてるって」
「あっ、ごめんお兄」
揺すりながら自分の世界に入ってしまい、気付けば兄が起きているのにずっと揺すっていた。
慌てて手を離すと、兄はやっと解放されたと欠伸をする。
そして私の顔をチラリと見ると。
「そう言えば、確か今日だよな。レイの誕生日って」
「うっ……。まあ、一応ね」
気付かれてしまった。内心そう思いながら頷く。
このまま気付かれなければ素知らぬ顔をして過ごし、レベルを上げることを先延ばしにしようとした計画がさっそく崩れかかる。
だがまだ大丈夫だ。護衛してくれるお父さんが忘れていれば森に入ることは……。
「やっぱりそうか。昨日素振りの最中に、父さんがクリフトとザルバの所に行ってくるって言ってたから。あ、クリフトとザルバっていうのは、俺が森に入ったときに護衛してくれた二人な」
お父さん、しっかりと覚えてるじゃん……。兄の時は前日まで忘れてたくせに……。
こうなったらもう、森に入ってゴブリンを倒さなければならないだろう。
そして、折角兄の方からこの話題に触れてくれたのだ。今なら私のレベルが上がったらどう思うか自然に聞ける絶好の機会だ。
「ねえ、お兄」
「ん? どうした?」
「私のレベルが上がったら、どう思う?」
兄は口元に手を当て、暫く考え込む仕草をしてから頷く。
「それが普通じゃないか? 俺のみたいなのは前例がないみたいだし……いや、もしかしたら兄妹だったら同じ現象が……?」
「え? あーえっと、そうじゃなくてね……」
今のは私の聞き方が悪かった。お兄は多分「私もお兄のようにレベルが上がらないのではないか」そして「もしレベルが上がったらどう思うか」と解釈したのだろう。
若干回りくどい解釈にも思えるが、兄の現状からしてそう考えかねない。
「その。私がお兄より強くなったらどう思うかって、聞きたかったの」
直球すぎる聞き方だが、これ以外に良い聞き方がパッと思いつかなかった。
そして兄は、今度こそ納得したように頷く。
「ああ。俺の考え方がちょっと変だったな。そうだな……妹の方が強いっていう、兄として情けない気持ちがあるけど、レイのレベルが上がるなら素直に嬉しいよ」
「ほんとに?」
「別にそのぐらいでレイを嫌ったりしないよ。レベルが上がる方が普通なんだし。俺もいつかレベルを上げて冒険者になるから、レイもしっかり強くなれよ」
そう言って頭を撫でてくれたが、私の不安は拭えない。
俺もいつかレベルを上げて冒険者になる……。それって、いつになるのかな。
もしいつまでも兄のレベルが上がらなかったら、私はどうすればいいのかな――。
▼ △ ▼ △ ▼
時刻は飛んで森の中。
朝ご飯を食べ終えた私は、兄の護衛をした時と同じメンバーであるお父さん、クリフト、ザルバと共に森の中に入っていた。
見つかるまでの道中は魔物の特徴や注意事項などを聞きつつ、三十分程で索敵をしていたザルバが反応を発見。
そして難なくゴブリンを見つけ、お父さんがたった今、流れる様にそのゴブリンの手足を斬り飛ばし押さえつけたところだった。
「レイ!」
お父さんの声にすかさず反応し、渡されていた剣を抜きながら駆けつける。
『グ……ギ……』
ゴブリンはうめき声をあげ、何とか拘束をはずそうと抵抗しているが無意味だろう。
その首元へ、私は躊躇することなく両手で握りしめた剣を突き刺した。
力一杯、兄があの時味わったであろう苦しみをぶつけるように。
そして……ゴブリンの動きが完全に止まったとき。私の体全体が包まれるような温かさと、どこからともなく力が湧き出してくる感覚がした。
ステータスを開かなくても分かる。これが、レベルが上がる感覚なんだ。これが……兄の求めていたモノなんだと。
「レベルが上がったと思うが、念のため確認してくれないか?」
お父さんがおずおずと聞いてくる。クリフトとザルバも心配そうに見つめているが、きっとレベルが上がっているようにと祈っているのだろう。
「ステータス」
ψ__________
名前:レイ(女) 種族:人族
レベル:2 年齢:6
体力 :30/30 攻撃:8
魔力 :32/32 防御:8
魔法:15
敏捷:9
スキル
なし
パッシブスキル
なし
称号
【第一歩】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ψ
「うん。ちゃんとレベル、上がってるよ」
そう言ってあげると三人とも肩をなで下ろし、おめでとうと拍手をしてくれる。
私もそれに笑顔で答えるが、本当は嬉しくなかった。むしろ、兄のようにレベルが上がらなければ、寄り添ってあげられたのにと思っていたのだから。
▼ △ ▼ △ ▼
「よし、それじゃあ戻るか。ゴブリンは燃やしといてくれ」
「りょうかーい。<火炎>」
その後、お父さんがザルバにゴブリンを燃やすよう指示していた。
興味本位で見てみると、ゴブリンにどこからともなく現れた炎が点き、メラメラと骨まで燃やしていく。だがその炎が近くの草や木に移る様子はない。
私もああやって魔法を使えるようになるのだろうか。
「なんで燃やすの?」
「近くに村がなければ死体を放置してもいいんだけど、燃やしておかないとたまにスケルトンになるやつがいるんだ。骨だけで動く魔物って言ったら分かりやすいかな。後は腐臭がしたり、他の魔物が食べようと寄ってこないようにするためだね。本当は素材とか肉を剥ぎ取ることもあるけど、ゴブリンは素材が無いし肉も美味しくないから」
私の質問にザルバは丁寧に答えてくれる。
その間も死体は燃え続け、最後は灰だけになっていた。
称号:【第一歩】
初めてレベルを上げた者に贈られる称号。
レベル1からレベル2になる際、初期値のステータスを大幅に上昇させる。
スキル習得が可能となる。