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冒険者になる少年  作者: 月見幻
10/14

成果

2018年5月5日:大幅改変

 久しぶりに我が家に帰る。普通ならば愛する家族に会えることを喜ぶものだが、今の男にそんな元気はなく、むしろ帰る資格がないとすら思っていた。

 足取りは重い。特にここ数日、もはや悪あがきとしか言えない捜索をし、徹夜続きだったのが影響しているのだろう。


「結局……何も分からず終いか」


 次第に見えてきた村の姿。そして、我が家を見上げ呟く。

 せめて元気でいてくれ。男はもう、それを願うことしかできなかった。



 ▼ △ ▼ △ ▼


「――にい。お兄。もう朝だよ」

「んん……? ああ、レイか……おはよう」

「もう! この前も全然起きなかったことあったよ? ちゃんと寝ないとだめだからね?」

「ごめんごめん」


 頬を膨らます妹を適当にあしらいつつ、ベッドの上で起きたことと背中の痛みから俺はまた師匠になすすべなく負けた事を察した。


「そうだ。お父さんがついさっき帰ってきたよ。あの様子だと、結局何の手掛かりも得られなかったみたいだけど、お兄の元気な姿を見せてあげてね。私は先にいってるよ」

「分かった。俺もすぐいくよ」


 パタンとドアが閉まってから、俺は大きく伸びをする。


「父さんと会うのも三ヶ月振りか」


 師匠と戦ったのが初日も含めれば昨日で四回目だ。

 だが、俺の剣がその身に届くイメージはまったく湧いていなかった。

 レベルやステータスの差があるのは承知している。そもそもその点で言えば、俺はどうすることもできないし、妹が言うには最後の頼みの綱であった父さんもダメだったのだろう。

 だが俺に明らかに足りなく、父さんが帰ってきたら頼もうと思っていたことが一つ。それは剣術だ。

 今の俺はただ剣を振り回しているだけで、そんなものが師匠に届くわけがない。だからこそ剣術指導をしてもらうため、父さんが帰ってくるこの日を待っていたのだ。


「父さん、おかえり」


 居間に入ると申し訳なさそうな暗い雰囲気の父さんがいた。確かにこれでは、話を聞く前から結果がまる分かりだ。

 俺の声にハッと父さんは顔を上げ、手で座るように促してきた。

 既に母さんも妹も座り、テーブルの上には温かな朝ご飯も用意されている。だが空気が重い……というか、主に父さんが重い。きっと俺が期待して待ちわびていただろうに、結果としてダメだった……と言い辛いのだろう。また発狂でもしようものならと考えれば分からなくもないが。

 対してこの三ヶ月間、俺の様子を見てきた母さんと妹は、特にハラハラや心配そうな顔もしていない。

 妹は朝ご飯を食べていいのかダメなのか分からず戸惑い、母さんはニコニコとこの状況を少しばかり楽しんで見守っている。

 そして少しの間を置いて、父さんはその重い口を開いた。


「あー……エリス。まずはただいまと言っておく。アメリアやレイから聞いているかもしれないが、俺はエリスが魔物をそのー……あー……六歳になってからだな。村で緊急集会を開いて、その、話し合ったんだ。それでだな。何と言うか――」


 レベルが上がらない原因は分からなかった。

 その一言で伝えたいことは終わるのに、なかなか本題を切り出そうとしない父さん。

 俺も長くて二言三言の前置きだろうと思ったが、この調子では初日から三ヶ月間何があったかをグダグダと話しそうで、終わりが見える気配がまるでない。

 妹はご飯食べていいの? ダメなの? と、小声でそわそわしながら聞いてくるし、母さんのニコニコ顔も朝ご飯と共に徐々に冷めているような…………あっ。

 これは不味い。俺の直感がそう警告したため、さっさと終わらせることにした。


「父さんありがとうでも大丈夫俺は何ともないからさあご飯を食べよう!」

「はい?」

「もういい? もう食べていいの?」

「ちょっ」

「エリスの言うように食べていいわよ。冷める前に早いところ……ね?」

「えぇ……」


 突然話をぶった切られた父さんは困惑している。だが俺はそんな長い話に付き合う気にはなれないし、何より普段優しくて怒らない母さんが一瞬恐いと思ってしまった。

 母さんの怒った姿など想像もできないが……これ以上考えるのは止めておこう。



 ▼ △ ▼ △ ▼


 無事? 朝ご飯を食べ終わり、俺は改めて父さんと二人きりで話を聞くことにした。

 結論だけ言えば、結局何の成果も得られなかったそうだ。


「それにしても、俺はもっとエリスが落ち込んでいると勝手に思っていたんだがな。すっかり元気になったようだし、安心したぞ」

「ははは。心配しすぎだって父さん」


 とは言いつつ、家を抜け出したあの日が脳裏をよぎる。

 母さんはあの日の事を含めて誰にも話さないって言っていたし、多分大丈夫なはずだ。多分。


「だがこの三ヶ月間、エリスに何も言わずに出て何も得られなかったからな……。すまなかった」


 父さんは少し照れくさそうに、頭を掻きながら謝る。


「別にいいよ。この三ヶ月間何も得られなかったとしても、俺のために全力で解決方法を探してたんでしょ? その父さんの気持ちだけで充分だからさ」


 さて、大体話も終わったみたいだし、そろそろ本題を切り出すか。


「それにね、父さん。俺はまだ、冒険者になることを諦めてないんだ」

「だがエリス、お前のレベルは――」

「レベル1だよ。でもね、それでも俺は、やっぱり冒険者になる夢を諦められきれないんだ。だから、学園に入れる十歳までは本気でやる。それまでにもし、何かをきっかけにレベルが上がったり強くなったら冒険者を目指す。ダメだったらまた考える。そう思ってるんだ」


 今こうしている間にも、俺と同じ年代の子はどこかで魔物を倒し、レベルを上げている事だろう。

 そして次の代、その次の代の子も、俺がレベル1の間にどんどん強くなっていく。

 来年にはレイも六歳になる。俺と冒険者になると言ってくれていたけど、今はどう思っているのだろうか。


「そのためにもまず、俺に剣術を教えてほしいんだ」

「……そうか」


 俺は真っ直ぐで本気の気持ちをぶつける。

 父さんが護衛の際、ゴブリンを相手にしたときに見せた圧倒的力の差。そして過去に冒険者であった父さんならば、純粋な剣術のみの力を知っているはずだ。

 だからそれを、俺に教えてほしい!


「……あーエリス。俺もいつかお前に剣を教えようと思っていたがこんな事態になって、それでも自分から提案してくれるなんて嬉しい限りだ」

「今の俺が強くなるにはそれしかないからね。だから――」

「だが明日からにしてくれ。帰ってきた疲れと寝不足と安心感で力が抜けて……早いところ寝ないと俺が倒れる……」


 その言葉を残し、呆然とする俺を置いて父さんはふらふらと自分の部屋へと戻るのだった。


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