プロローグ
2018年5月5日:大幅改変
少年は師匠と相対した。
空が明るく輝き、普段は暗い森が照らされる月に一度の満月の日。
少年は大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐く。そして腰に携えた剣に手をやり、抜き放つ。
その剣は何の変哲もない鉄の剣。だが少年にとってはあの日から三年間、共に過ごしてきた相棒の様な存在でもあった。
「師匠、よろしくお願いします」
剣の切っ先を師匠と呼んだソレに向ける。手入れの行き届いたその剣は、少年の声に応えるように月光を反射し、輝いた。
▼ △ ▼ △ ▼
空間から切り離された部屋の一つ。
部屋を圧迫せんと並ぶ並ぶ本棚には沢山の書類や本が区分けして置かれ、スペースの確保された中央には美しい木目が浮き出た机。さらには柔らかで座り心地が良さそうな椅子がある。
そこに座るのはこの空間を創りだし、自身の星をも創った存在。
名をテオトル。神である。
黒い短髪。今なお熱心に『地球』と呼ばれる星から仕入れた、本という名の『小説』の文字を追う瞳も黒色。
服装も――つまりは『日本人』によく見られる男性の普段着であり、神と感じられるのはその存在感だけだ。
時折笑いながら最後まで目が到達し、次の展開にワクワクしながらページをめくろうとした手はだが。この部屋で唯一本棚が置かれていないドアがノックされたことにより、渋々しおりへと手を伸ばす。
「ルコアだろ? 入っていいよ」
「失礼します」
ドアの向こうから一人の女性が現れる。
赤みがかった茶色のロングヘアー。瞳は水色で、澄んだ水のように透き通っている。
テオトルとは対照的に、白と水色を基調とした服装は金色の刺繍も相まってただただ美しい。
名をルコア。仮にどちらが神らしいかと言われれば、間違いなくルコアだろう。
「何かあった?」
早く小説の続きを読みたいという欲求を抑えつつ、ルコアの手にある紙を見ながら問いかける。
どうせいつもの報告書か、星の見学をしたいといったような面会の申し出だろう。
そんな内心を悟られたのか。呆れたと言わんばかりにルコアは大きくため息を吐いた後、口を開く。
「悪い知らせよ。それも、とびっきりの」
「とびっきり?」
手に持つ紙をヒラヒラさせ、こちらへ歩み寄る彼女をテオトルは見る。
過去にも悪い知らせというものはあった。まぁそのほとんどは、五千年前の星を創った時に発生した問題だが。
それはもうとっくの昔に解決したし、今起きる問題とすれば星に住む種族関係のものだろうか。
けれど、とびっきりとは何か思い付かない。
「どんな問題が起きたんだ?」
「これよ」
数冊の小説が積まれた机の上に、ルコアが持ってきた紙が置かれる。
ψ__________
名前:エリス(男) 種族:人族
レベル:1 年齢:9
体力 :12/12 攻撃:3
魔力 :8/8 防御:3
魔法:3
敏捷:3
スキル
なし
パッシブスキル
なし
称号
【覆し者】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ψ
「……ステータス表?」
ステータス表とは、テオトルとルコアが創った星に住む全ての種族。そして魔物などの生物に備わった能力を表すものだ。
自分以外のステータスを他人が勝手に見ることは基本的に出来ないが、神である二人は別だ。
「よく読んでみなさい」
「何々。名前はエリスで男の人族……レベル1の九歳? 記載ミス?」
「私がそんなミスするわけないでしょ。それに直接複写したやつだから、そんな事起きないわ」
「ふむ……それもそうか」
基本的にどの種族もレベル1は五歳までだ。六歳になると魔物を倒し、レベルを上げる義務的なものが備わっている。
とは言え義務的なものと曖昧なのは、別にテオトルかルコアが定めた決まりではなく、初めて各種族を創った時に「子供は六歳から魔物を倒してよい」としただけだ。
それが数千年もの時を経て、六歳になると魔物を倒すと本人たちに定着したのだ。
またレベル1から一つ上がる時は、その者の個性を出すためにも多めにステータスが上がる設定を施してある。
つまりレベル1とレベル2は数値的に見ても倍以上差があり、子供でもより重いものを持ったりスタミナが上がるなど、労働力にうってつけだ。
そういった面から見ても、星に住む種族は六歳になると魔物を倒させるのだ。
だからこのエリスという少年が九歳にしてレベル1というのは、ある意味珍しい存在であり、何か事情を抱えているのだろうと推測できた。
テオトルがそんな事を考えていると、ルコアがステータス表の一番下の項目を指差す。
「それよりも問題はこっち。例の称号よ」
「例の称号だと!?」
思わぬ言葉を聞き、慌てて目線を下へと持っていく。
「【覆し者】……。」
「言ったでしょ。とびっきりって。情報が入ったときは私も驚いたわ」
称号とはテオトルが創った設定の一つだ。その種類や獲得条件は様々であるが、例の称号だけは違う。
その違いは本来獲得できないこと。つまり獲得できたということは、異常が起きている合図でもある。
「まてよ。だけどこれは……そんな事が?」
だがテオトルは、この称号よりもさらに異常な事に気付いた。
記憶違いであってくれと思いながら立ち上がり、本棚から一冊のファイルを持ってくる。
「どうしたの?」
「いや。【覆し者】の獲得条件が何かと思ってね」
「そう言えば……例の称号を獲得する人なんて始めてね。さすがの私でも数千年前に見たきりだし覚えてないわ」
ファイルに綴じられた紙をパラパラとめくり――直ぐ様発見。
そこに書かれた獲得条件を読み、テオトルの悪い予感は確信へと変わった。
「やっぱりかぁ……」
そう呟いて、思わず天井を見上げてしまう。
ルコアも開かれたファイルを手に取り獲得条件を確認すると、こう書かれていた。
“誰も介入していない一対一で、自身より強大な魔物を倒すと獲得する”
「随分と大雑把な書き方ね」
「当然だろ。例の称号を設定した時は星が軌道に乗ってなかったし、今後どうなるかもハッキリしてなかったんだ。何かの異常で、元々備わっている才能が高く生まれても分かるように【覆し者】を考えたんだと思うよ。詳しくは当時の僕に聞いてくれ」
全ての種族の子は生まれたとき、レベル1でありステータスは固定――初期値だ。
ならば同じステータスの子が足の速さを競ったとき、全く同じタイムになるのか?
否。
得意な子もいれば不得意な子もいる。つまりはステータスに影響しない元から備わった才能、若しくは努力して手に入れた力の差なのだ。
仮にその才能がずば抜けて高い子が生まれたらどうだろうか?
ましてや当時の星は試行錯誤の途中だ。簡単にバランスが崩れることは目に見えており、どうせ失敗するならもっと次へ繋がる形にテオトルはしたかった。
結果的に見れば、今の今まで例の称号は一度も獲得される事はなく、星のバランスも軌道に乗った。
乗ったと思っていたのだが――。
「じゃあ今回は、このエリスって子の才能が高いってことね」
「んん? その可能性はあるかもしれないけど、問題は【覆し者】を獲得したことじゃないぞ?」
なるほど! と手を打って勝手に納得しかかるルコアを止めに入る。
だが当人は、何故止められたのか不思議そうに小首を傾げた。
「違うの?」
――あぁ……どうやら本当に気付いていないようだ。
「この子のステータスと【覆し者】の獲得条件。明らかに想定外の矛盾があるんだけど」
テオトルにそう言われてしまい、ルコアはもう一度ステータス表とファイルの紙を交互に見る。
「矛盾? えっと……九歳でレベル1……例の称号【覆し者】の獲得条件は、一対一で強大な魔物を……ってあれ? 何で? 何でなの?」
とびっきりの悪い知らせ。
だがそれは、ルコアの思っていた以上に。とてつもなく悪い知らせだと今気付いた。
何故ならば――。
「何でこの子は、魔物を倒したのにレベル1なの?」