7話 魔族を殺せ
かつてバデールが過ごした村の至るところにロアン人の兵が跋扈し、家屋を物色しては解体していく。広場には天幕がいくつか設営され、その中へ駆け足の兵が入り、中にいる者に声を上げる。
「森を捜索し、20匹程を捉えました。現在こちらへ連行中です」
その報告を聞いた白く短い髪の“いかにも軍人”という初老の男が、隣に座る仕立てのよい軍服を着た若い男性に声をかける。
「ミード大尉、この村を見てどう思うかね?」
「どう……と言われれましても、人数が合わないと?」
若い男は、聞き返す。
「そうだ、家屋をみれば、この村には120~130匹程は居たはずだ。だが東の川、森の中狩った数を合わせても、足りないように思うが」
ドルフガンド少佐は短い白髪を撫でながら答える。
「西、南、東は包囲しておりますし、北のドムゲザル山脈に逃げたと、お考えで?」
「うむ……または転移魔法とかな」
「はは、ご冗談を、失礼ながら少佐は魔法を嗜まれないから、そうお考えとは思いますが、仮に転移魔法を発動できるとすれば、我が帝国の魔導師級の魔力を持った者が、何十人もいたということになります……それに、転移して“どこに行く”というのです、何百年も封印されていたのですよ?行く先はないでしょう。それにドムゲザル山脈は険しく、野蛮な獣がいると聞きます。生きては……」
自らが魔術尖鋭隊の大尉である矜持を持って、若い男は答える。転移魔法という代物は帝国といえども、事前に転移する両地点に精密な魔方陣の設置が不可欠であり、さらに魔導師級の魔力を持つ何十人も、何刻もかけて発動できるという馬鹿げた魔術だ。魔族という種族を文献でしか知らないが、そんな大それたものができるなら、このように簡単に攻め落とせはできないだろう……そう、ミード大尉は考えて口にする。
「うむ……そんな稀有は無いか。では引き続き捜索せよ、ドムゲザル山脈を無事に抜ける事はできないだろう。まぁ、生き残りが来たら尋問を頼むぞ。厳しくな」
そう白髪の男性は、引き続き村や森を捜索しろと指示を出す。それを聞いたミード大尉は返事をしてから、天幕を出て、天幕を振り返って呟く。
ふん、魔力を持たない無能な民が!……と。そして、兵達によって半ば調査という名で破壊される魔族の家屋を見る。続けて“魔族とは、ふざけた種族だ”と呟く。
何百年前に恐れられ、封印された種族で、生まれながらに魔力を有する種族だと伝え聞く。対して、我が人族は、選ばれた民の血と努力で、その力を有する。大昔ならいざ知らず、現在の人族は強靭かつ最新の魔術がある。人族の中で、魔力を有する者は1000人に1~2人しか生まれないが、我がロアン帝国は選ばれた民が、種族を率いるという摂理に合致した“神に選ばれた種族”の証である……そう教団の一説をミード大尉は思い出す。
帝国……人族の秩序を乱す、ふざけた種族はこの世界に存在してはならないと、壊される家屋を眺めながら彼は考える。野蛮な獣は狩らなければならない。
数刻後、巨大なボロークに引きずられるように森から連行された魔族が村に現れる。そして、村の中央の開けた場所に捕らえられた魔族が縄に縛られてた状態で集められる。
兵士は口々に魔族を見て言う。
「けっ……魔族って聞いていたが、こう見ると薄汚い村人だな」
「ああ、どこが邪悪な魔族なんだ」
槍を向けて村人を追い立てる兵を見て、他の兵士が口々に同じように会話をする。村人を兵士が囲って時、兵を割ってミード大尉が現れる。そして集められた村人に向って、ミード大尉が大きな声を出す。
「俺はロアン帝国軍、第2師団、魔術尖鋭隊のミード大尉だ。お前らは魔族で間違いないな!」
集められた村人は声を出さない。
「おら!答えんか!」
囲っていた兵が槍の石突で乱暴に老婆を殴る。婆さん!と横にいた老人が声を上げる。囲っている兵達は口々に乱暴な掛け声を上げて暴行を加える。
「おいおい、お前達、それくらいにしておけ、くたばる前に聞くことがあるからな」
ニヤケながらミードは兵に声を掛ける。
収まった暴行が止むと、老婆を庇うようにしていた老人が、ミード大尉を睨みながら、口を開く。
「野蛮なロアン人め……」
「ほう、ちゃんと口が利けるではないか?邪悪な魔族の爺さん、いいか?一度しか言わんから良く聞け、お前達は魔族で、他にどこかに逃げたものはいないのか?確かなことを言えば、助けない訳じゃないぞ?」
口から血を垂らし、老人は見上げて言う。
「ワシらが魔族なら、お前達は獣か?」
「なにを!こしゃくな口を!」
ミード大尉は、隣にいる兵士の腰から剣を抜き取り、老人の口へ剣を差し込む。その剣先はうなじを抜けて飛び出す。瞬時、剣が抜かれると、ゴボゴボと血を吐きながら、老人は倒れて呻く。
「バケッド爺さん!」
近くにいた村人が駆け寄り、慌てて治癒魔法をかける。
「ほう、魔族は皆が魔法を使えるとは聞いていたが、本当だったのか?……だがこれは危険だな、なぁ?」
ミード大尉は囲う兵を見て、頷くように聞く。そして血のついた剣を軽く振って払い、囲っている兵に言う。
「殺せ!」
囲っていた兵により、槍が突き出され、次々と刺されていく。村人は治癒魔法をかけあいながら、中央に寄って行くが、次第に兵は頭を狙い刺し、剣を抜き、首を撥ねていく。
「この野郎が!」
大声を上げて、ひとりの村人が手から炎を出して、ミード大尉へ魔法を放とうとする。それを見て囲っていた兵は驚き数歩退く。
「ほう?魔族ってのは、その程度の魔力の鍛錬か……、なら教えてやらないとな」
ミード大尉は手を村人に向けると、小声でブツブツと唱える。その直後、指先に無数の氷のつららが幾つも表れる。
「こういうのが“魔法”というのだ!ほらよ」
尖った氷は空気を裂くような音を出して、村人の頭部を目指して飛び出す。目に刺さり絶叫する者、頭部に深く刺さり倒れこむ者、無数の氷が慈悲無く浴びせられる。全て刺さり終わり、集められた村人の殆どが倒れ、動かなくなった。それでも数名は唸り声を上げながら僅かに息をしていた。
「さすがに魔族か……しぶとく生きてる者がいるな、おい!お前ら!生き残ってる奴に丁寧に尋問しろ。ほら、女もいるぞ?喜ばせてやれよ、ああ、あと、歯向かってきたら殺していいからな」
ミード大尉の後ろにいる一人の少年のような兵が声を出す。
「あ、あの、ミード大尉……拿捕して尋問するのでは……」
「あ?なんだ?……お前はドルフガンド少佐の書記か……。いいか?こいつらは俺達を魔法で攻撃してきた。見ただろう?だから、俺達は応戦した。そうだな?」
ミード大尉は指先に尖った氷を出し、聞いてきた彼の眼球近くへ尖った氷を移動させる。
「ひっ!………は、はい、そうです」
「なら問題ないだろう、余計な口を叩くと帝都へ戻れんぞ?いいな」
この日の夕暮れまでに、魔族の村は消えた。