6話 それは山を越えて
目を覚ますと本当に目を開けているのか?と思えるくらい暗い。
そして、“ああ、ここは逃げ込んだ俺が造った洞窟だ”と思い出す。そのまま、手をまさぐりながら、のそのそと入り口のほうへ這って行き、僅かに開けた隙間から外を見る。外は暗く先の空に星がキラキラと見えた。俺は夜まで寝ていたのか。
「気がついたか?」
バケログテさんの声が聞こえる。“ほら、食べろ”と頬にヒタヒタと何を当てられて、臭いから干し肉だと分かる。
「あ、ありがとうございます」
「少しだが……背負ってきた荷物には、まだ食べるものはあるから遠慮せずに食べろよ」
俺は手に取りしゃぶるように干し肉を食べる。あ、これは森兎の肉か。塩味が少ないが、ほぐれるような食感で疲れた今はとても美味しく感じる。そういえば良く兎の捌き方が雑だと父に怒られたっけな……。そんな事を思いながら、俺はバケログテさんと顔を並べて入り口の隙間から表の様子を静かに見守る。
「どうやら上手く逃げられたようだな」
「そのようですね……、あ、あの……」
俺はベデンさんとメベーガさんの事、森と川岸に残した村の仲間の事を言おうと思ったが、声に出せなかった。少しの沈黙の後、バケログテさんがゆっくりとした口調で言う。
「川ではありがとうな、気が動転していてな……、お前は昔から変わってるよな、落ち着いているというか、それでいて子供のような……」
はい、どうもです。
15歳と……たしか前世では30歳だったはず。つまり45歳のオッサンですから。見た目は子供、中身はオッサンの転生者ですから。それにしても俺の異世界生活はどうなってしまうのか。このまま闇に隠れて生きるのか?川岸や森で獣に乗って追ってきたロアン人は俺とそう変わらない姿形だが。
ロアン人は村で教わった鬼のような姿形の種族ではなかったような……。このままロアン人に紛れて、転移した村の仲間を探して、“安全な土地グランダール”へ向えばいいのだろうか。
もっとも、それしか目指す道が無い……。
「バケログテさん、この後ですが……」
「なるべく此処から離れたほうがいいだろうな、たぶんだが、まだロアン人も森を捜索しているとは思うからな、ミダリが起きたら、この山を越えよう、そしてグランダールを探そう」
「そうですね、でも……山って、この山はどこまで続いているかも分からないですよね?」
「ああ、そうだな……」
その会話が聞こえたのか、ミダリさんも起きてきて、まだ傷が痛むということで、治癒魔法をかけた。そして、辺りが明るくなったとき、俺達は洞窟を出て崖を迂回して、隠れるように歩き出した。
この切り立った岸壁の山の名前も俺達は知らない。村に居るときは結界の外に見える“北の山”としか呼ばれてはいなかった。遠くに見えた山……今は此処に来れたのだと思う気持ちと、遠く故郷を離れた気持ちで何とも言えない気持ちで俺は時々山を見上げる。
山沿いを隠れるように東へ向い、渓谷を越えて、北上できる場所を見つけた俺達は北の方角と、山を登る。谷を越えて、崖を見つけては迂回し、渓谷を降りては、川を越えてまた谷を登る。
夜になり洞穴を造っては、隠れて、また進む。
5日を越えたあたりで、“もう、大丈夫だろう”と、少し歩きを緩めた。
それから、俺達は山間を進みながら、いくつもの日を過ごした。未だにこの山間を抜けないが、渓谷では俺の腕ほどの川魚がいて、バケログテさんが器用に小刀を枝に括りつけた銛を3人分用意してくれて、3人で名前も知らない川魚を捕まえたり、芥子菜を摘んだり、見かけた猪を皆で雄叫びを上げながら、追い詰めて袋叩きで狩ったりと、“ここで生活できるのでは?”と思えるぐらいに意外と充実した日々が続いた。
渓谷で捕まえた川魚は枝に刺して、焚き火で炙って芥子菜に巻いて食べ、狩った獣は肝や肉など捌いて、夜のうちに燻して、それは翌日に歩きながら食べ、皮や毛皮は樹皮や蔦を手で良く揉んだ紐で、粗雑に縫って服や靴にした。村で過ごした日々よりも、俺達は野蛮な格好になったが……まぁ、これはしかない。それと革の内側の処理が雑で、汗をかくと内側がネチョネョして気持ち悪いが、まあ贅沢は言えない。逃亡中だからな。
正確に数えていないが、感覚的にもう2月以上は山にいるのではないだろうか。そんな日々の中、俺達3人はやっと山を越えた。
そして……その先に広がる平野を高い崖の上から見た。