4話 逃げろバデール
転移が成功した後、俺は村にある櫓に登る。森の先にロアン人が来た雰囲気は感じない。聞くと早足で2日の距離まで来ているという。村の残っているのは80人程だ。村長の家に集まり話が始まる。そして木板に地図を書いて皆で見ながら話し合う。
見回りの人の報告では西からロアン人が森蟻よりも多い数で、こちらに向ってきているとの事で、その速さは間違いなく2日後にはこの集落に来るという事。東に逃げれば?俺は思ったが、既に村長が調べに行かせていたらしく、そちらの結界も無くなっているという事だった。
俺は話し合いを黙って聞いているが、横にいるバケログテさんの腕を突いて聞いてみる。
「バケログテさん、森の中で隠れてやり過ごすって事はできないのかな?」
「分かるもんか。ただ……まともに戦っても勝てないのは分かるな」
何刻話し合ったか分からないが、最終的に皆で可能な限り助け合って、東に逃げることになった。だが、バケッドさんのお爺さんやお婆さん達は、この村に残ると言って聞かず、結局60名程で東に逃げる事になった。
村を出る時、バケットさん夫婦が俺を呼ぶ。
「バデールや、これを持ってお行きなさい」
バケットさんのお婆さんは俺にネーズ蜘蛛で織られたローブをくれた。
「これからの季節、少し冷えるからね。風邪を引くんじゃないよ」
ありがとう。そう答えるとその日の夕方には東に向った。
村を追われた俺達の行進が、森の中を進む。
道の無い原生林を歩くのは疲れるものだ。更にそれに加えて故郷を追われて逃げるということは肉体的にも精神的にも疲労が重く圧し掛かってくる。狩りのときには、結構な距離は歩くが、それは少ない荷物で、小まめに休憩を入れながら進むので耐えられることで、今回のように家財道具や多くの荷物を抱えて何時間も進むのは楽ではない。幸い60名近い仲間で移動してるせいか、獣は襲ってこないのが救いだ。
森の中は起伏がある。苔で滑って石で転んだり、擦りむいたり、折れた枝で足を刺して唸る声も時々鳴らしながら俺達の行進は進む。最初は皆で回復魔法を掛けあいながら、励ましあって進んだが、日が上がるぐらいになると、誰も言葉を発せず、黙々と森を進んだ。昼前に少し休憩しようと声が掛かり、休憩になった。
そして、見回りの人が木に登って村のほうを見たら、煙が黙々と上がっているのが見えたと伝えてきた。
___奴らは早く来てるぞ!!急いで先に進むぞ!
そう誰かが言い、皆は追われるように進む。足を止めず、俺は荷物から干し肉を齧りながら歩いた。もう足が痛いから無理だと言う数名が、ここで隠れるからと、この行進から離脱して行った。その離脱は数刻毎に報告も無しに続き、翌日の朝、川に着いたときには俺達は30名ほどになっていた。
もう歩けない、そう膝をついて水面から両手で水を掬って喉を潤す。横に立っているバケログテさんに声をかける。
「バケログテさん、疲れましたね……」
「あ、あぁ」
バケログテさんは、そう搾り出すような声で、川を見続けている。
どうしたのですか?俺は彼の視線の先を見た。
そして、俺も見た。
川の対岸に弓を構える無数の邪悪なロアン人を。