和君の提案
もう半分以上が過ぎました。
あと少しですが、宜しくお願い致します。
「おっ邪魔しま〜す」
どう考えても、この状況に当てはまらない気軽な掛け声で和君は、隅野君の家に上がり込んだ。今日は和君が公休日って事で、隅野君の家に来てもらっていた。勿論、目的は聡子の妊娠の件で。
「聡子ちゃん、おっめでとう〜。美鈴から聞いたよ。妊娠しちゃったんだって? ただ、これからは苦労するぞ〜」
(どうして和君は、こんなにも間が抜けているのだろう?)
そんな事を考えていた時だった。「隅野!!」と突然、和君の声色が変わったと思うと、隅野君を睨み付けた。
「は、はいぃ!!」
私も聡子もビックリしたが、一番ビックリしたのは言うまでもなく隅野君だっただろう。
「仕事、見付かったか?」
「はい。一応」
「で、貯金は?」
「す、少しだけ……」
そこまで聞いて、和君は、ハァ〜と溜め息をつくと、隅野君の頭をいきなり殴り付けた。それには隅野君も少し驚いたようで、大きく目を見開いて和君を見つめている。
「少しだけってお前なぁ……。出産にどれだけ費用がかかるかわかってんのか?」
「俺、今まで親の仕送りで生活してたから……」
「ふ〜ん。じゃ、バイトもせずに仕送りだけで生活してた訳だな?」
和君の目が恐い。
「うっ!! そ、それは……」
「それは?」
「まさか、こんな事になるなんて思いもしなくて……」
「こんな事になるとは思いもしないのに、避妊してなかった訳だ……」
ますます和君の目が恐くなっていく。
「い、いや……。そこを突かれると、かなり痛いんですけど……」
「んじゃ何か? お前は自分が出している物には、生殖機能が無かったと思っていた訳だ?」
「え? い、いや、そ、それは……」
何だか、どんどん和君の目が恐ろしいものに変化していく。口調が大人しい分、余計に恐い。
「バイトして、遊んで、仕送りの費用は最低限の生活費に当てて、貯金もせずに、聡子ちゃんとの行為をもっていた訳だ?」
「す、すみません!! お、俺が愚かでした!!」
とうとう隅野君が折れた。そして和君に土下座している。
「まぁ、俺に謝ったって何も始まらない訳なんだけどよ。隅野!! 先ずは頭を上げろ!」
そう言われて隅野君が頭を上げた瞬間、また、和君の拳が隅野君の左頬を貫き、隅野君を吹っ飛ばせていた。
「まぁ、隅野への対応はこの辺で置いといて、本題に移ろうか」
そう言って少しだけ和君は黙り込むと、「お前ら、歳は幾つだ?」といきなり意味不明な質問をぶつけてきた。しかも、その質問の矛先は、私にも向けられている。
「十九」
そう口々に答える私達に向かって、「お前らバカだろ?」と言った後に、「俺はな、お前ら今年で何歳になるんだ? って聞いてんだ」と続けた。
それを聞いた私を含む全員がハッと顔を上げた。
「二十歳だろ? 今年、成人式じゃねぇのか?」
そう言った後、「なぁ聡子ちゃん、未成年の結婚は親の承諾が必要だよな? じゃ、聞くけど、二十歳って未成年なのか?」と続ける。しかも和君の言葉は止まらない、「隅野! 未成年の出産は確か、親の承諾が必要だったような気がするんだけどよ、成人の出産にも親の承諾が必要なのか?」と畳み掛ける。
「え? えぇ!?」
その言葉は直ぐに隅野君は理解出来なかったみたいだった。でも、暫く経ってから、「承諾の必要はありません」と答えた。
「その通り。お前らは今年、成人するんだ。その意味がわかるな? と、いう事はだ、親の承認無しに出産が可能という訳だ。ここまでは理解出来たか?」
そう言って、私達を見渡すと話を続けた。
「但し、これには一つ大きな問題がある。しかもそれは、隅野にじゃなくて、聡子ちゃんにだ」
突然、自分の名前を呼ばれた聡子は、真剣に和君の目を見ている。
「このままの状態だと、お前らは大変な過ちをしてしまう事になる。隅野、それが何かわかるか?」
「え? い、いや、わかりません」
その答えを聞いて和君は、また大きな溜め息をつくと、「聡子ちゃん? 聡子ちゃんの保険証は何処にある?」と聡子を凝視した。「家」そう答えるのを予感していたかのように和君は、「隅野!! お前、十割負担で出産費用をもつ事が出来るか? 貯金、少ししかないんだろ?」と続ける。「で、だ。聡子ちゃん、暫く失踪出来るかい?」と聡子にとんでもない事を言い出した。「失踪と言っても、ただ、隅野の家に隠れ住むだけでいい。もし、聡子ちゃんの両親が捜索届けを出したり、隅野の家に押し掛けたりしても、隅野の家に隠れ住む事は出来るかい?」と、突拍子もない事を言っている。
しかし聡子は、何も言わずに和君の言葉を黙って聞きながら、頷いていた。
「それならば安心だ。聡子ちゃんも、もう心配する事はない。中絶は所謂ところの殺人と同じ行為だと思えばいい。但しこれには条件がたった一つだけある。聡子ちゃん、お腹の膨らみが、本当に目立って隠せなくなるまで、隅野の家に隠れ住むんだ。そして、そのお腹の膨らみを隠す事が出来なくなったら、家に帰るんだ。そして、そのお腹の事を包み隠さず両親に打ち明けるんだ。きっと、聡子ちゃんの両親は、急いで産婦人科に聡子ちゃんを連れて行くだろう。でも心配する必要はない。中絶をするには、期間があるんだ。その期間を過ぎると、中絶はれっきとした殺人罪に変更される。そこまできたら、もうこっちの勝ちだ。既に出産という選択肢しか残されていない状況に変化する。だから、聡子ちゃんの望み通り、隅野の子を出産する事が可能になる。後は隅野!! 貴様の出番だ! 聡子ちゃんの家に行き、謝罪すると同時に、結婚の承諾を得るんだ。たぶんというか、まあ確実に、顔が隅野とわからない位の状態にされ、血を吐く程、痛め付けられるのは間違いないから、そこんとこは
キチンと覚悟を決めて行けよ。これで、結婚と出産、そのどちらも解決出来る筈だ。しかも喜べ隅野、出産費用はきっと、聡子ちゃんの両親がキチンと払ってくれる。でも、それは借りだ。聡子ちゃんの両親への借金だと思え。そして、少しずつでも良いから、確実に全額返金しろ! それがお前のケジメだ!! わかったか?」
そう言って、聡子と隅野君の頭を撫でている。そして私を抱き寄せると、二人の前だというのに、深くキスをした。「久しぶりだな美鈴。寂しかったか?」そう言って私の事を強く抱き締めたと思うと、「隅野!! ケジメだぞ、ケジメ!!」それだけ言い残して隅野君の家を跡にした。
「おっ邪魔しました〜。二人とも、しっあわせになれよ〜」
と、来た時と同じような場違いの挨拶をして。
(和君、本当にあれで良かったの?)
そう疑問に思ったけど、私にはその方法を論破する方法が思い付かなかったから、何も言えなかったけど。でも、そんな事も直ぐに吹き飛ぶ結果になった。和君が私を車に乗せると、そのままホテルに直行したからだった。