逆鱗
タイトル通り、二年間を全九話で構成しています。
しかも、各話の文字数が二千文字前後。なので、話はドンドン飛びます。
日常生活なんて、大きなイベントが少なくて当たり前なのかもしれませんが、それでも話の内容は急展開ばかりを繰り返します。
私と先輩が付き合いはじめて、一ヶ月が過ぎた。私のファーストキスは奪われたけど、嫌な気分にはならなかった。どちらかと言えば、愛されているんだなぁ。と思う気持ちが強くなる程、優しいキスだった。友達の話を聞いていると、ファーストキスで舌を入れられたとか、キスをすれば無条件でいきなり下着の中に手を入れて身体に触れてもOKなんて男もいるって聞いてたけど、先輩は唇を軽く重ね合わせるだけのキスだった。
今では、もう先輩なんて呼び方をしていない。和博って名前だったから、今は和君で通している。最初は和博さんなんて呼び方をしていたんだけど、和君から「そんな他人行儀な呼び方やめてよ。でさ、歳の差なんて一つしか変わらないんだから、さん付けもやめて欲しいな」なんて言われたので、今の呼び方に定着した。
ただ気になるのは、私が和君と付き合い出してから、クラスの男子の目が変わった事だった。今までなら、素通りしていた男子も私を振り返るようにしてすれ違うようになった。理由はわからないけど、私が和君と付き合いはじめたからだと思い込むようにしていた。
けれども、それは大きな間違いだった。男子の目が変わったのは、私に何故彼氏が出来たのか? という疑問からだったのだ。
それはある日の放課後、いつものように和君の授業が終わるのを待っていた時だった。「もう一度言ってみろ!!」と和君の怒鳴り声が校舎の外から聞こえてきたのだ。「先輩……、どうして桐島なんてデブブスを彼女にしたのかって聞いてるんですよ……」その声には聞き覚えがあった。私のクラスの男子の声だったのだ。その瞬間、グシャッと何かが潰れるような音がした。恐る恐る校舎の外を見てみると、同級生の男子の鼻がねじ曲がり大量の血を流していた。「貴様ぁ!! もういっぺん言ってみやがれ!!」そう言うが否や、和君はそのねじ曲がった鼻、そして顔面の至る箇所を殴り続けていた。もう同級生の男子は意識を喪失しているらしく、コンクリートの足場に倒れ込んだまま微動だにしない。しかし和君の表情は、私が見た事もないくらい怒りに満ちていて、耳まで真っ赤にしながら意識を失っている男子を殴り続けていた。
「止めて!! もう止めて!! 和君! もう止めてあげて!!」
その状況を傍観していた私だったが、(もうこれ以上殴り続けたらあの男が死んじゃう!)と思った瞬間、同級生の血で真っ赤に染まった和君の手を止め、和君に抱き付いた。
「美鈴……」
突然の出来事に身を硬直させた和君だったが、「こいつが悪ぃんだ!! 美鈴の事をデブだのブスだの罵りやがって」
「それ本当の事だよ。私、デブだし。ブスだし。仕方ないよ。そう言われても仕方ないんだよ」
「それは大きな勘違いだ! 人にはな、価値観ってもんが存在するんだ。皆が美鈴の事をどう思ぉうが勝手だ。でも、それを口に出すか否かによっちゃぁ話は変わる。俺は言ったよな。美鈴は可愛いって。ぽっちゃりしてるけど、可愛いって。それは俺の価値観だ。誰にも否定される事じゃねぇ。それをこいつは、美鈴の事を、デブだのブスだのと罵り倒しやがって……。それは美鈴への侮辱でもあると同時に、俺への侮辱でもあるんだ。俺の価値観は曲げる気はねぇ! それを愚弄する奴は死ぬ寸前まで、痛め付けてやるんだ。これが美鈴の、そして俺の心の痛みだってな!! でもまぁ、美鈴が止めに入ってくれて良かったよ。もし他の奴が止めに来てたら、俺は、そいつも殴り倒していただろうからな」
そう言って和君は、同級生の男子から離れた。私は急いで先生を呼びに行き、気性が荒立っている和君の代わりに状況の説明をした。和君は、やりすぎだと先生から注意を受けたらしいけど、状況が状況だった為、「以後、行動には注意しなさい。それでないと、貴方だけでなく桐島さんも傷付く事になるのよ」と注意だけで済まされたようだった。
今日は、ホームルームの時間が早く終わって、いつもとは逆に私が終わるのを待っていてくれたらしい。しかし、下駄箱で発せられた男子の一言でキレてしまい、結果、あのような結末になったという事だった。
「私の事なら大丈夫だよ。これ迄の十八年間で、ずっと言われてきた事だから。だから私の事を悪く言われたからっていって、和君が激怒しなくていいんだよ」
「いや、そうはいかない。美鈴への愚弄・冒涜は、俺自身への愚弄・冒涜に匹敵する。しかも、アイツ、美鈴が痩せたら可愛いかもな。なんてヘラヘラ笑ってやがったんだ。美鈴が許したって、俺が許さねぇ」
「だからって、あそこまで殴る事はないと思うよ。私……、はじめて和君が一瞬、恐い人に見えたよ」
そう言った途端、何故か涙が溢れ出た。それを見た和君は、急にオロオロしはじめたかと思うと、いつもより強く私を抱きしめ「ごめんな。恐い思いをさせてごめんな」といつもの声に戻り、私に謝罪の言葉を繰り返し続けていた。
(でもね和君。こんなに私の事を自分の事のように怒ってくれる男性に好きになってもらえて嬉しいよ。これは本当だよ。ありがとう)
そう心の中で呟いた。




