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ネカマ族

作者: Renka



 「今度、オフ会しましょうよ」

 俺は、その言葉に興奮を抑えきれなかった。興奮し、身震いをした。他愛のないチャットの一文だけど、それだけで俺の感情は高ぶっていた。

 俺のことを、この人は何の疑いもなく、女子だと思っているのだ。このサイトは男子禁制の女子会用のチャットサイトなのだ。そこで、俺は興味本位で女性名義で入会してみた。そして、それから毎日のように女子会を募集するチャットルームに足を運んでいた。オフ会という話までいったのはこれが初めてである。毎回、途中で何か怪しいだのなんだの言われて、オフ会までたどり着いたことがなかった。そのたびに、自分がどこまでやれば女子っぽくなるかを研究した。そして、それが報われ、女子のオフ会に参加することが決定したのだ。

 「お洋服どうしようかな」

 このチャットルームには6人の女子がいた。と言っても、一人は俺だから、5人の女子がいたのだ。

 チャットルームのオーナーは、早宮凛という人。女子校出身で、今はキャリアウーマンとしてバリバリに働いているらしい。昔から男っぽいところがあり、同性にもモテていたらしい。俺も、この人のその男っぽい凛々しさに惚れていた。そして、もう一人がまだ女子高生でこのチャットルームのでは最年少の、赤坂りんご。あまり頭が良い子ではないが、人に対して気の使えるいい子である。俺を含め、チャットルームメンバー全員に好かれ、彼女自身もチャットルームの雰囲気を和らげている。そして、次に杏。杏は自分の話を一切しない。他人に質問をして、情報を集めているかのようだった。それに、オフ会にもすごく積極的で、早宮凛の提案に、いち早くOKを出したのは杏だった。そして、野中奈々。自称アニメオタク、サブカル系女子、アイドル博士という人だった。年齢は24と若い感じではあるが、知識はものすごい量だ。しかし、自称しているだけで、そのチャットルームにオタク的な人はおらず、本当かどうかはわからない。最後に、花園玲奈。俺よりも後にこのチャットルームの常連になった。しかし、花園玲奈から溢れる女子力というか女性らしさは、ずば抜けていた。花園玲奈の家は豪邸らしく、やり手のビジネスマンであると聞いた。そして、俺が一番惚れている、できれば付き合いたいなんて思ってる人がこの人である。

 このチャットルームの常連さんはすごくいい人ばかりで、自分にも暖かくしてくれて嬉しかった。きつい女子トークもしないし、男の悪口や愚痴だけで埋め尽くしてしまうような空間でもない。みんな清楚でおとなしく、自分までも、そうであるかのように錯覚できる空間であった。

 一週間後、それがオフ会の日にちだった。このオフ会に俺はどの恰好で参加するべきかを悩んでいた。21で大学を中退したときからひきこもりの俺に、男としてでも参加できる恰好がないのに、女性として参加できる恰好なんてあるわけなかった。できる限り、おしゃれではいようと思った。俺はネットサーフィンで得た浅知恵を頼りに、女子のファッショントークに入っていって、少しファッションには自信がある、みたいなことを言っていた。だが、カタカナを多用していい気になっていただけで、その実俺は何も知らなかった。

 だから俺は、男として参加することに決めた。普通の人たちなら怒って帰るか、俺だけをハミにして女子会をするだろう。でも、ここの人たちは違う。確証はないけど、そう直感した。ここの暖かさに、そんなことは起きないと、信じた。

 1週間はすぐに過ぎた。今はもう当日。通販で買った少しカッコいい服をきて、俺は半年ぶりの外に出た。日曜の朝の太陽はまぶしくて、日差しが目に入り込むと、鬱陶しいという感覚よりも、ドラキュラのような気持ちになった。このまま灰になるのも面白いと思った。家の目の前にある川を、見るたびに憂鬱になっていた川を、俺はなぜか美しく思えた。そう、俺は今浮かれているのだ。そう、わかった。駅の方角へとゆっくりと歩き始める。途中、メールが何件か入ってくる。

 『今日はいい天気ですね、会えるのを楽しみにしてます』

 と、赤坂りんご。俺はどうやって返信したものかと少し考えた。『そうですね』なんて簡単な文だと失礼な気がした。しかし、よく見ると全員に一斉送信しているらしい。だったらそれでもいいように思えた。だから、俺はただ簡潔に『私も楽しみです』と送った。

 電車に乗り、目的地の駅までメールを見返していた。集合場所は都内にある料理屋である。幹事である早宮凛が個室を抑えているらしい。そこに、俺たち参加者が向かうという形である。俺は、その個室の扉を開ける時、どうやって詫びようか考えていた。謝る人数が多いと気まずい、と思っていた。だから俺は集合時間の30分前に料理屋につく計算でいた。早宮凛さんはそれくらいの時間にはもう個室を抑えているといっていたので、誰もいなくても個室には入っていようと思ったのだ。誰かいるとしても一人か二人である。だったら、全員に向かって謝るよりまだ軽いだろう。そこで許してもらえれば…。

 考えがまとまってきたあたりで、電車は目的の駅へと到着した。俺は電車をおり、少々の人の波に流されながら改札を出た。

 そこは、都会で人が多くて、ずっと一人でいた俺はその空間に酔ってしまった。気分が悪い。早く料理屋に入ろうと、用意していた地図を見て、目的地へと歩き出した。他の風景と人間を、視界に入れないためにも、なるべく地図を凝視した。

 料理屋は駅からさほど遠くなかった。5分程度で、少し大きめの和風料理店が目に入り、それを地図で確認したらそれが目的地であった。俺はその店に入ろうと扉の取っ手を掴んだ。そして、大きく息を吸って、扉を開けた。

 店内に入ると、従業員がいらっしゃいませと大きな声で、俺を出迎えた。そして、店員に「おひとり様でしょうか?」と聞かれ、いえ違います、と小さな声でいった。自分としてはちゃんと声を出したつもりだったが、なかなか出ていなかったと思う。

 「お連れ様がお待ちでしょうか?」

 そう聞かれて、俺は「早宮凛という人が」と答えた。従業員は「はい」と元気な声で言い、続けて「こちらです」と俺を個室のある場所へと案内した。そして、女性ものの靴が置かれている場所まで来て「こちらでございます」と言って、去っていった。

 俺は靴を脱いで、ふすまの前で恐怖を感じた。この先には俺を女性だと思っている女性がいるのだ。軽蔑されるかもしれない、悪口を言われるかもしれない。恐怖が一気にこみ上げてくる。しかし、同時にチャットルームでの会話を思い出す。この人たちの暖かさを。俺は、ふすまを開けた。部屋は少し広めの10人くらいが入れそうなお座敷の部屋だった。

 「お、来た…って、男?」

 奥の左側の席に、待っているかのように座っていた女性、おそらく早宮凛は俺に言った。早宮凛は長い茶髪で、恰好は大人の女性のような露出が抑えめの紫が基調の服だった。早宮凛の座っている座布団の脇には、あったかそうなコートがちゃんと畳んで置いてあった。俺は今まで考えていた詫びの言葉を言おうとした。しかし、それを遮るように早宮凛は喋り続けた。

 「あぁ~男か。まぁいいや、いいから、座って座って」

 早宮凛は、自分の前の席に座るように言った。俺は言われるがままに、座った。来ていたジャンバーを脱いで横に置き、早宮凛と対面する。俺は思わず、俯いて顔を合わせるのを避けた。早宮凛は少しニヤニヤしながらしゃべり始める。

 「いや、緊張しなくていいよ。俺も男だし」

 早宮凛は、はっきりとそういった。俺は俯いていた顔をあげ、目の前にいる早宮凛を見た。たしかに、男っぽい女性みたいな感じではあるが、そういうのではない、ただの男の部分が、男の俺にはなんとなくわかった。

 「俺さ、女が好きでさ。セックスとかそういうのもだけど、そうじゃなくて、性格とか喋り方とか、感情的なところとか。そういう女の全てが好きでさ、だから女に変装して、こういう女子会に忍び込んでいるんだよね。」

 聞いてもいないのに、早宮凛は勝手に語り始めた。

 「あ、自己紹介が遅れたね。俺は早宮凛。本名は言えないけど、よろしく」 

 そういって、握手を求めてきた。その手は、華奢ではあったが男性のものだと言われれば、納得できるものであった。俺は言い返すことも、よろしく、と明るく言う事も出来ずに、ただ握手に応じた。

 「たしかに、この手じゃ女装は無理か」

 笑いながら早宮凛は俺に言った。握手が終えると、早宮凛は飲み物を注文するように俺に言った。そして、俺は安めのビールを頼もうとした。すると早宮凛は「この時間帯からビールは早いよ。これはあくまで昼食だから。夜に仕切りなおして飲むから、今はやめておいたら」と、言った。だから俺はウーロン茶を頼んだ。

 「君は、なんでこのオフ会に参加したの?」

 注文を終えて、従業員が出ていってすぐ、会話を始めるためにか、早宮凛はそう質問してきた。なんで。そう聞かれると、自分でもよくわからない。ふわっとした解答はあるが、決定的なものはない。ただ、女子として見られるのも悪くないと思ったから。もしくは出会いがほしかったから。である。

 「チャットで……じょ、女子が……俺と……話してくれたから……」

 どもりながら、俺は喋った。それをきいて早宮凛は大爆笑をした。

 「君、もしかしてひきこもり?」

 失礼な質問を平気で早宮凛はしてきた。そして、俺は何故かうなづいた。

 「そうかいそうかい。それは面白いね。」

 何が面白いというのだろうか。

 「あ、そういえば。これから女の子がまた来るから、その時は俺のこと男だってこと、秘密にしといてよ」

 男の俺に、男の早宮凛はウインクして、そう言った。その姿は、正直言って女性と言われても納得し、かわいいとさえ思える。

 「あのー、入いりますよ」

 若い女の声が聞こえた。そして、ふすまを開けて女子が入ってきた。おそらく女子高生の赤坂りんごである。身長がすごく低く、パッと見て大人でないというのがわかった。そして、恰好はピンクのロリータファッションだった。フリルがついた、ここまでくると痛いといってもいいほどの可愛らしい恰好だった。カバンにもキャラクターのストラップがついており、女子高生らしさが一目でわかる。

 「え!?」

 赤坂りんごは俺の姿を見るなり、仰天した。まさか、女子会だと思ったここに、男が一人いたのだから当然である。

 「赤坂りんごちゃん?」

 早宮凛はそう聞いた。赤坂りんごは、はい、と答えた。そして、さっき俺にしたのと同じように座って座って、と今度は自分の横に座らせた。

 「ふーん、赤坂りんごちゃんは女子高生だっけ?」

 早宮凛の声は、さっきの俺に対する男の声とは違い、女性のような高い声になっていた。ちゃんと使い分けができるらしい。

 「はい、そうです」

 赤坂りんごのその答えに、早宮凛は「ふーん」とだけ言って、赤坂りんごの全身をなめるように見渡した。気まずい空気になり沈黙が流れた。

 「君、男の娘だよね?」

 その気まずい空気をぶった切るように、早宮凛は言った。赤坂りんごは「え!?」と、さっき俺を見た時よりももっと仰天した。かくいう俺も、仰天した。このかわいい女子高生が男だと。

 「りんごちゃんのその格好は、やりすぎだよ。」

 早宮凛は、それだけの理由で赤坂りんごを男だと決めつけたのか、と思った。それに、それを言い返そうとしたのか赤坂りんごが喋ろうとした。しかし、それを遮り早宮凛は喋り続ける。

 「でも、それだけだと私は気づかなかったと思う。でも、声でわかったよ。」

 声。たしかに、違和感を感じるかもしれないようなハスキーではあったが、そういう女性もいるだろうと俺は思っていた。

 「俺も男だからね」

 声を男の声に戻して、早宮凛はそういった。赤坂りんごはそれに驚き、そして、少し間があき、ため息をついて「ばれましたか」と中学生の男のような声を出した。

 「すごいですね、ばれたことないのに」

 赤坂りんごは男の声でそうつづけた。俺は、女性にしかみえない容姿の二人が、男の声を出して喋る姿を、違和感をものすごく感じながら見ていた。

 「ま、俺じゃなかったら気づかなかったかな。」

 と、自信満々に早宮凛は言った。確かに、俺はまったく気が付かなかった。もう本当に、頭が混乱しそうである。

 オフ会参加する6人中3人が男。つまり、半分が男なのだ。この状況で女性が来ても、もしかしたらそのまま帰ってしまうんじゃないか。という不安はあったが、その不安の解決策を、俺がその不安を言葉にする前に、早宮凛が出した。

 「俺とりんごちゃんは、女の子が来たら女ってことで通すから。君は、くれぐれも言わないでくれよ」

 そう、俺に言った。もし、女の人が次に来たとしたら、俺だけが男になってしまうのか。何か、理不尽な気がした。

 「失礼します」

 明らかな男の声が、ふすまの向こうから聞こえた。そして、こちらが何か言う前に、その声の主はふすまを開いた。そこにいたのは、オタクの男。キモオタという言葉が似合いそうな肥満体質の男。俺よりもファッションセンスが悪い、最悪だ。

 「野中奈々さんだよね?」

 早宮凛は、男を見るなりそう言った。決めつけるように。

 「好きな声優の名前だけをつなげるニックネームはネカマとしても最低だからやめたほうがいいよ」

 そう言いつつ、早宮凛は俺の隣を手で示して、座るように促した。野中奈々は俺の横にちょこんと座り、俺を怪訝な目で見ていた。俺と明らかに同類であるはずの野中奈々は、一番俺に対して敵意を持ったようなまなざしを向けてきた。だから俺は言った。

 「この人たちも男ですよ」

 それを聞いて、はっとした野中奈々。二人に視線を向けると、早宮凛はにっこりと笑い、赤坂りんごは申し訳なさそうにした。

 「そうそう。俺も、男。こいつも、男の娘だ」

 そして、続けて「俺の名前は早宮凛。よろしく」と握手した。華奢な手と男のごつく汚らしい手が握手しているのを見ると、それは本当に女性と男性の握手にしか見えなかった。

 「あ、赤坂りんごです。よろしくお願いします」

 赤坂りんごも続けて握手する。しかし、野中奈々の汚い手に対して、赤坂りんごは露骨に嫌な顔をした。野中奈々はそれにまったく気づいておらず、赤坂りんごの体ばかりを見ていた。本当に男かどうか確認するかのように。

 そこからしばらく、早宮凛が仕切って話が始まった。飲み物を決めるところから、一通りのチャットルームではしてないような男としての自己紹介や、最近の話までも、全てが早宮凛の主導で進んだ。

 その話をまとめると、早宮凛は実はホストらしく、女の扱いには慣れていると語った。そして、そのうちで女の子であるという事に興味を持った。とも語った。赤坂りんごは単純にネットで流行っている女装男子に挑戦してみて、それが自分にやけにはまり、声を出してみると、声変りが完全ではなかった時だったので、わりとすんなり出せた。と語った。そして、野中奈々は特に理由はないが、リアル女子に触れたかったとか、よくわからない持論を展開していた。早宮凛が途中で止めるほど、その話はちぐはぐで聞くに堪えなかった。

 「そろそろ、杏さんが到着するんだって」

 という早宮凛の声と共に「失礼します」と女性の声がした。少し遅れてきたメンバー。おそらく花園玲奈。

 ふすまを開けると、そこには最も綺麗で本当に女性らしい人がそこにいた。やっと、本物の女性が来たと、心の中で少し安心した。チャットのイメージとぴったりで、清楚でおしゃれで、そして髪が長かった。

 「どうも、花園玲奈と申します。よろしくお願いします」

 花園玲奈はわざわざお辞儀をして、挨拶してきた。俺と野中奈々がただ男の恰好をしているというのを全く気にせずに。

 「礼儀いいですね。私は早宮凛です。こちらが、赤坂りんご。それで、この男の人たちが……」

 そう言って、俺と野中奈々を花園玲奈に紹介した。早宮凛は本当に、女性が来たら自分を女性として通すつもりらしい。そして、俺たちは花園玲奈に彼らが本当は男性だということも言えずに、ただ申し訳なさそうにお辞儀した。

 やはり早宮凛が誘導し、赤坂りんごの隣に花園玲奈を座らせた。

 「まさか男の人がいるなんて、驚きましたよ」

 と、くすっと笑って花園玲奈は言った。早宮凛は「私も」なんて同じトーンで合わせて言った。お前もだろうが、と心の中で突っ込む。そして、それは赤坂りんごや野中奈々も同じであろう。

 「早宮さんは、私と同じ女子校出身でしたよね?都内の学校ですの?」

 お嬢様口調の喋り方が、不自然ではないほどの綺麗な人だった。

 「はい。ここから近くの」

 「もしかして、あの学校ですの!?私も同じですわ」

 ここからは女子校トークが続いた。花園玲奈はともかく、なぜ早宮凛は女子校トークができるのだろうか。不思議でならなかった。俺は、ホストにやってきた女がその学校出身でその話をよく聞いていたから、と勝手に推理した。赤坂りんごも少々話に混じったが、ばれないように緊張している様子だった。男の俺と、野中奈々にはどうやって話を振っていいかわからない様子であり、まったく話は及ばなかった。

 「あ、杏さん、ついたみたいだよ」

 携帯を確認しながら、早宮凛はそういった。そして、そう言っているうちに、ふすまが開けられた。

 その先にいたのはごつい男だった。オカマでもなければ、俺や野中奈々のような貧弱男子ではない。筋肉がよく、顔に少し傷がある男だった。

 「誰ですの?」

 花園玲奈は怪訝な目で、少し声を強くしていった。

 「……杏です。よろしく」

 男の声で、何も取り繕うことなく言った。それから杏は部屋にいるメンバーを睨んだ。そして、早宮凛を見つけて「やっぱりてめーいたのか」と荒々しく言った。

 「誰ですか?」

 早宮凛はとぼけた。おそらく、男である早宮凛の知り合いであると俺は勝手に思った。

 「名前を見た時から、わかってたぜ。……お前の隣にいるのは誰だ?」

 杏は早宮凛が自分の知り合いだと勝手に確信し、赤坂りんごに話を変えた。その目は、誰を睨むよりも強烈に睨んでいた。

 「赤坂りんごさんだよ」

 早宮凛がそういう、その名前を聞くと杏の表情が鬼のように険しくなる。

 「お前、本当に赤坂りんごだったんだな。こんなとこにのこのこと参加しにきたのか」

 杏がそう強く言った。赤坂りんごも、杏の顔を見て何か思い出したのか、顔がこわばる。杏は足音を大きく立てて、花園玲奈の後ろを通って、赤坂りんごのところまで歩く。そして、赤坂りんごのフリルのついた胸倉をつかんだ。

 「金、返してもらうからな。覚悟しろよ」

 そういって、杏は強引に赤坂りんごを立たせようとした。杏の後ろにいた花園玲奈が止めようと、動いた。

 「やめてください」

 赤坂りんごが嫌がり、か弱い声を出す。男として守ってやりたいが、こんなごつい男に向かうことはできなかった。

 「やめなさいよ」

 花園玲奈はさっきよりももっと強めに、杏に言った。杏は「あん?」と威嚇するように言って後ろを向いた。

 「女は黙ってろよ」 

 杏は赤坂りんごを掴んでいた手を放して、今度は花園玲奈に喰ってかかった。

 「それともなんだ?俺とやり合おうってのか?嬢ちゃん」

 花園玲奈に詰め寄る杏。早宮凛は花園玲奈をかばおうと、座っていた腰を上げた。

 「ここは男子禁制ですよ」

 と、花園玲奈は言う。早宮凛は、様子を見るように、腰を少しおろした。杏は他の連中、つまりは俺や野中奈々、そして赤坂りんごと早宮凛を見渡した後、「お前以外男しかいないじゃねーか」と言った。

 どうやら、早宮凛と赤坂りんごが男だという事を知っているらしい。

 「この赤坂りんごはなぁ、女だって俺に嘘をついて付き合って、何万も俺に貢がせた野郎なんだぜ」

 杏は赤坂りんごを指差しながら怒鳴った。花園玲奈はそれにひるみはしなかった。

 「それは……も、もしかしたら、赤坂りんごちゃんは男だってことが言えなかっただけで、あなたのことが本当に好きだったかもしれないじゃないですか」

 花園玲奈の凛とした態度が、杏をさらに腹立たせたようだった。杏はみんなが囲んでいる机を強く蹴った。そのせいで、俺と野中奈々は腹を机で痛めた。

 「とにかく、こいつには落とし前をつけなきゃいけないんだよ。」

 杏はもう花園玲奈を構わず、赤坂りんごの腕をつかみ、立たせ、連れて行こうとする。

 「ここじゃ埒があかん。事務所、来てもらおうか」

 そう杏は赤坂りんごに言った。その事務所という単語に、花園玲奈ははっとした。

 「あなた、やくざなんですの?」

 やくざに、やくざですか?と聞くほどの勇気は、俺にはない。しかし、この花園玲奈にはあるらしい。緊張が一気に、さっきまでより張りつめられる。

 「だったらどないやねん?」

 何故かいきなり関西弁になった杏。いかつい。

 「どこの、組ですの?」

 花園玲奈は、それを聞くと同時に、立ち上がり、顔を杏に近づけ、睨んだ。

 「丸口組や」

 その言葉を、花園玲奈は鼻で笑った。杏はそれをみて、怒り狂った。

 「それがなんやいうんや!?お前も事務所連れてって、痛い目あわせたろか?」

 その叫び声を聞いて、早宮凛は携帯を取り出した。こんな時に何をするのか。

 「いい度胸じゃないですか。痛い目?誰に口きいてるかわかってるんですか。私は花園組、次期組長、花園玲奈ですよ?」

 花園玲奈は、急に男の声のように低くなり、杏よりも強い声を出した。杏は少し考えて、正体に気づいたかのように、顔が青ざめていく。

 「まさか……花園組のニューハーフの若頭って……」

 花園組、というのはどういうものか俺には見当もつかないが、おそらくこの杏が怖れるくらいの組織なのだろう。早宮凛は小声で「警察ですか」と警察を呼んでいた。

 「このままおとなしく、警察が来るの待つか、私にケンカ売って抗争始めるか、どっちがいいんですか?もっとも、あなたみたいにすぐに事務所やなんやいうやつは、下っ端でしょうから。そんなやつが私にケンカ売ったとなると、抗争なんてものじゃすみませんね」

 杏は赤坂りんごを掴んでいた腕を離して、降伏するように手を挙げた。

 「いい、判断ですわ」

 花園玲奈は、そういって杏を睨み、しばらくしてさっきの女性らしい笑顔に戻った。

 「警察が来るまで行儀よくしといてね」

 花園玲奈は、そう言って笑った。






そんなことから、三日たった。俺は変わらず、ひきこもりでチャットルームにもいかなくなった。あの後、警察が入ってきて、事態を説明するために俺たちは晩まで交番にいた。そのことを、俺はどういう感情で受け止めていいかもわからず、家に帰ってからすぐに寝たのを覚えている。メンバーからのメールは一通もなく、1日たって杏から謝罪のメールが届いた。それは一斉送信で、何よりも花園玲奈にあてられたものだということはわかっていた。だから、返信も特にしなかった。あれはなんだったのか。面白かった気もするが、やはり恐ろしかった。

 そんなことを考えて、ただ何もない自分の部屋を眺めていると、携帯が震え、着信音が、何の音もない部屋に響いた。

 『また、会いましょう。あのメンバーで』

 早宮凛からだった。彼……いや、彼女は、何を考えているのか最後までわからない人だ。

 『そうですね』

 赤坂りんごがそれに対して返答する。あんな怖い思いをしたというのに。

 『今度は女装していこうかしら』

 野中奈々はそう返した。俺はその姿を想像して吐きそうになった。

 『杏さんも、一緒に。』

 あの微笑みを思い出せるような文は、花園玲奈からだった。

 『玲奈さんがそういうなら、ぜひ行かせていただきます。』

 おびえきった杏からの返信。二人の間には、俺たちの知らない何かがあったのだろう。

 そして、俺はその返信を悩んでいた。でも、思い出した。ここの人たちは俺が男であることを、何も攻めなかった。杏さんは怖い人だったけど、もう暴走することはないだろうし。なによりも、あの暖かなチャットルームの雰囲気を思い出すと、心が温かくなれた。

 『私も参加させていただきます。今度はもっとファッションに気を使ってきます』

 なんて、白々しいがまだネカマのように、返信をした。彼女らも、きっとそうするだろう。本当の性別なんて、現実の仕事なんて関係ない。彼女らは、あの暖かなチャットルームは、確実にどこかに存在して、それはあの空間にもあったのだろう。

 だから、私はもう一度参加することにしたのだ。


やっつけというか、合間があったので書いた小説。

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