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洋食屋のオムライス

 さて、今日も仕事が終わった。


 今日の仕事はいつもより軽かった。指揮を取る者が有能だと部下は楽ができる。それを表現したような一日だった。

 これならば、精神安定剤代わりの紅茶は不要だな。と思い、今日は喫茶店通りから離れて食事を取ろうと思った。そんな時だった。


「今日はもう終わりか? なら一緒に飯食いに行かないか?」


 職場の同僚が声を掛けてきた。黒髪黒目の若い男だ。気安い性格とはっきりと物を言う歯に衣着せぬ言動で部下には好かれ、上司には嫌われる。そんな人間だ。

 彼は食べることが好きでよく私と食事をする。味付けの好みも大分似ていて、彼の薦める店は大抵が大当たりと言っていいような店だった。

 そんな彼の誘いだ。私はそれを喜んで受けた。


「そりゃあ良かった。お前最近良い店掘り当てたか?」


 掘り当てたとは良い表現だ。地雷に隠れた良店や逸品は中々見つからず、宝石を探し掘り出すような、そんな感覚がある。

 つい最近だと、怪しげな喫茶店を見付けたところだが、残念な事に彼は珈琲党だ。紅茶が美味しいとしても行かないだろう。

 なので、その旨を彼に伝えると彼は、


「そうか、それなら俺が見付けた店に行かないか? 喫茶店通りで旨い洋食屋見っけたんだ」


 と言った。前述したように彼の舌は確かだ。彼が旨いと言うなら確実に旨いだろう。

 しかし、洋食屋というのが引っ掛かった。彼は珈琲党ではあるが、洋食よりも和食が好きなはずだ。

 私がそこを疑問に思っていることに気付いたのか、彼は口を開いた。


「和食の方が好きなのは変わってないんだがな。ただ、そういう枠を越えた旨いもんってのもあるんだなと思ったんだよ」


 彼がこれほど言うのだ。これはなにがあっても行くべきだろう。

 人が見付けたものを横取りするような気もするが、料理とは共に食べることでより美味しくなるものだ。

 それに見付けた彼自身が誘ってくれたのだ。なにを遠慮することがあるだろう。




 彼は喫茶店通りを抜けた、一本の裏通りに入っていった。

 この辺りで洋食店ということは恋人向けの店なのだろうか?

 私がそう思いながら彼の後ろを歩いていると、やはりと言うべきか、恋人同士が食事をするような甘さを感じるこぢんまりとした店に到着した。


 御伽の国のようなお子さまのような甘さではなく、かといって年頃の女性が夢見るような姫のような甘さもない。

 大人らしい落ち着きを持った店だった。焦げ茶を基調とした色合いは同性同士でも、もちろん異性とも入れるようなそんな印象だ。

 中性的で、しかしどこかに甘さを残している。

 その店を簡単に表現するならば、恋人未満の大人の男女が、恋人以上になるために入る。そんな店だ。


 そういう店であろうが、他よりやや高めの料金設定だろうが関係はない。

 美食こそ全てなのだから。

 彼がどんな旨い物を見付けたのか、それだけを楽しみに私は店内に足を踏み入れた。


 店内は外装と違わず、大人向けの少し狭いが、落ち着いた空間が広がっていた。

 下手な怪しい雰囲気はなく、正しく少し高級志向の料理店という様相だ。

 この少しというところがミソなのだろう、店内には意外と人数がいた。

 一回食べるだけならそこまで懐は痛まない。そんな料金設定は頭がいいと言うしかない。

 喫茶店通りは結構な量の店を制覇したと思っていたが、まだこんな店を見逃していたとは不覚だった。


 店員に案内され窓際の席に座る。他にも席は空いているにも関わらず、窓際だ。

 ここは店の宣伝になる大切な席だというのに、わかっていないのだろうか?

 透明な窓は中から見る景色もいいが、外から終始見られる。ここに仲睦まじい恋人が座っていればそれだけで客を増やすことができる。

 店側としては予約でもない限り、仲の良い見目麗しい男女に座ってもらうべき場所だ。

 このような場所には例え間違っても私達のような十人並の人間を置くべきではない。

 これはある意味、店員教育が行き届いていないとも取れる。


「オムライスを二つ頼む」


 私は我に返った。彼は私の分の料理も頼んでくれたようだった。

 彼との付き合いはこの仕事に就いてからだ。なのでまだまだ短い期間でしかないが、同じ食道楽としてある程度の互いの趣味嗜好は知っている。

 そういう理由から彼が勝手に頼もうが、私が苦手な物は頼まないだろうという信頼から気にならないのだ。

 なにより、彼が美味しいものを見付けたのだから、彼に従った方が良い。


 オムライス。とても有名な家庭料理だ。

 この料理を語るにはまず、その元になったオムレットについて語るべきだろう。


 オムレットは卵を混ぜて焼いた料理だ。他の卵焼きとは違うところはあまり焦げ目を付けずに、木の葉か小型の船の形になるように焼くことだ。

 また、かっしりとした焼き方よりもふんわりとした物が多いのも特徴かもしれない。

 味は軽い塩味にトマトソースが多く、スパイスソースやデミグラスソースなど、様々な味付けが似合う懐の深い料理だ。

 卵の優しい色合いと柔らかい触感にソースの味付けで特に子供に好かれる。それがオムレットだ。


 そして、オムライスとはそのオムレットの中に好きなソースで炒めた米を包んだ、これまた子供好きする料理なのだ。

 面白いことに横文字の名前に似合わず、オムライスは我が国由来のものだ。私はこれを知ったとき、料理は名前だけではわからないのだと知った。

 一昔前は洋食屋には当たり前のようにあったが、最近では家族向けの料理店でないとなかなか見ない。

 理由は簡単なことだ。家庭でも簡単に作ることができるし、そこそこの味の物ができる料理だから、わざわざ外に来てまで食べないのだ。

 なので、今でもしつこくオムライスを出す店となるとかなりの自信があるということでもある。


 一応、次に来たときに頼む物に迷わないように菜譜にも目を通す。

 どうやらこの店の自信がある料理はステーキのようだ。オムライスは端の方に小さく書いてある。

 ステーキも単純だが難しい。焼き加減も細かく、塩加減や油の入り加減や様々なことを気にしながら焼かなければならないからだ。

 それに自信があるのなら、この料理店の主は随分と繊細な人間なのだろう。

 大雑把な料理人よりも良い。私はそう思った。

 これから食べるオムライスは細かな火加減とフライパン捌きが必要となる、崩れやすい料理だ。

 そんな料理を大雑把な料理人には任せたくはない。本当に神経質なくらいがいいのだ。


 そんなことを考えていると私と彼の前に、オムライスと小さな壷が届けられた。

 私はそれを見て驚いた。赤茶に炒められた米の上にそのままの形のオムレットが乗っていたからだ。


──タンポポオムライスだ!


 これを頼んだ彼を見ると、何食わぬ顔をしてオムレットにナイフを入れていた。

 元々彼は知っていたのだから、当たり前だ。だが、今は彼に一杯食わされたような気がしてそれが無性に苛ついた。


 美味しい料理を前に苛ついていても、意味がない。

 そう思い直して私は彼と同じようにオムレットに横向きにナイフを入れた。

 やわやわとした半熟卵独特の感触がナイフを通して伝わってくる。

 柔らかい卵を真っ二つにしないようにナイフはオムレットの表面を走らせる。そうすると、切れ目からとろっとした濃い黄色が顔を覗かした。

 その黄色を広げるようにナイフとフォークを優しく動かす。まるでタンポポの花が開くように米の上に黄色の絨毯が広がった。

 なんて美しいんだろうか。ついつい私はそう思ってしまった。

 卵の固まりきっていないところと固まっているところが凸凹と、まるで海の波のようだ。


 嗚呼、早く食べたい。そう逸る気持ちを抑えながら私は壷に手を伸ばした。

 壷の中身はトマトソースだ。これをかけてこの料理は完成する。

 どろっとした濃いトマトソースを黄色い花の上にかけていく。まるで新雪を汚していくようだ。


 これでこの料理は完成した。


 やっと食べられると思いながら前の彼を見ると、もう食べ始めていた。興奮故か薄目を開いたやや気持ち悪い顔をしている。

 恐らく、私も美味しいものを食べるときはこんな顔をしているんだろうかと思うと複雑な気分だ。


 とりあえず一口食べる。

 ふるふるやわやわとした卵とそれを支える赤茶の炒め飯、濃赤に染めるソース、それらが一まとめになって口の中へ入っていく。


 まず下味のよくついた炒め飯の味がまず口に広がる。トマトソースで炒めているようであっさりとした味だ。

 ソースを使っているのでべっしょりとしやすいのだが、どういう手段かそのべしょべしょ感は感じなかった。

 そこに濃厚な卵が、トマトソースが一噛み毎に混ざっていく。


 ふわふわの卵が固めの米と共に舌を踊る。食感の違いが卵の印象を強くして、卵の味を舌にしっかりと伝える。

 半熟卵独特の濃い味が米の爽やかな味付けごと包み込んだ。そこから更に濃厚なトマトソースが味を安定させる。

 米のトマトソースとかけたトマトソース。味が全く違うのが際立っていた。

 米の方があっさりとしていてあくまで下味としているのに対して、かけた物はこってりと濃厚なのだ。

 この二つの味の差が、料理に奥行きを作り出しているのだ。

 もっと食べたい。そう思うほど美味だった。


 そこからは仕事終わりの空腹も手伝って一気に腹へ流し込んだ。

 ひとしきり食べ終わって前を向いたら、彼がにやにやとしてこちらを見ていた。

 私が彼の気持ち悪い顔を見たのと同じように、彼も私の感極まった顔を見てしまったのだろう。

 何となく弱みを握られた気がしていやだったが、こちらも彼の顔を見ているのだから、おあいこだ。


 そう思って、私と彼は今日の料理について話し合って店を出た。

主人公の性別がどちらに思われてるか心配です。

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