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遊園地屋台の揚げ鳥

 空が晴れていた。


 そこかしこで嬉しい悲鳴が上がっていて、老若男女関係なくここでは夢を見ている。

 隣には従弟がいて、周りを見ては目を輝かしている。こういう休日もいいものだ。




 事の起こりは今日が従弟の10歳の誕生日だったという事だ。

 彼へのプレゼントはもう先払いで渡してしまったが、それでも会って一言は伝えたいと思って、私は叔母の家へと向かった。


 叔母の家に着いた途端、中から従弟が仮装のような格好で現れたのだ。驚いていると後から叔母が出てきた。なんでもこれから遊園地へ行くらしい。


「良かったら一緒に行かない?」という叔母の声と「いっしょにいきたい!」という従弟の弾むように言われた。

 従弟の誕生日なのだから、できるだけ良い思い出を作ってあげたい。そういう自分の気持ちもあって遊園地へ行くことが決定した。





 その遊園地は我が国で一、二を争う巨大遊園地だ。子供向けの物語をモチーフにしていて、そこかしこに物語の登場人物が歩いている、まさにお伽の国だ。

 従弟はどこから行こうかとキョロキョロと見回している。遊園地は彼が4歳の頃に行ったきりだし何もかもが物珍しいのだろう。


「あれ、乗りたい!」


 その声が上がると私と叔母は彼に着いていった。あれも乗りたいこれも乗りたいと遊園地を制覇する勢いだった。

 途中で叔母が疲れて「お昼にしよう」と言わなければ、そのまま帰る時間まで遊園地を駆けずり回ることになっていただろう。


 お昼。さて何を食べようか。私は考えた。

 遊園地の中は物価が高い。なのでちょっと高くても気にならない、子供が好きな物にした方がいいだろう。


 遊園地内の出店を見て回る。鳥足の燻製や無発酵パンのサンドイッチ、ピリ辛ソースのピザ、スパイススープ。多種多様な物が売られている。

 従弟は私について歩いていろんな料理を見ていた。家でもよく食べるのであろう、スパイススープの店で彼の足が止まった。

 お金を渡して彼にそのスパイススープを買ってきてもらうことにした。彼は大喜びで駆け出していった。


 さて、私は何を食べようか。そうして悩んでいると鼻を刺激してくる香りを感じた。

 よし。あれにしよう。私は鳥足の燻製に人が殺到しているのを見ながら、人が少ない揚げ鳥の店へ進んだ。


 従弟がスパイススープを手に帰ってくる頃には私も揚げ鳥を持って席に着いていた。叔母は芋で作った麺を買ってきていた。


「いただきます」


 皆で合掌する。従弟は言うが早いかもうスパイススープに手をつけていた。


 さて、私も食べるか。

 私が買ってきた揚げ鳥は唐辛子の辛味が強い物とそうでない物が入っていて、付け合わせに白い丸パンと刻み野菜のサラダがついてきていた。


 どれから食べるべきかと私は悩んだ。

 辛味揚げ鳥から食べてしまうと普通の揚げ鳥が弱く感じてしまうから駄目だ。味が弱いであろう白パンとサラダの味を見てからでないとわからないか。と考え、パンを口に運ぶことにした。


 私の拳一つ分ほどの白パンは、とても柔らかそうで小麦の甘い香りがする。私が普段食べている食パンよりも香りが強い。

 一口食べてみると予想を違わない味が口に広がる。塩気をあまり感じないほのかに甘いパンだ。これに有塩バターを合わせて食べれたらとてもおいしいだろう。

 これなら揚げ鳥と一緒に食べればちょうど塩気が足されて美味しいだろう。そう思い、一度パンを置いた。


 次はサラダを味見することにした。

 刻み野菜と言ったが様々な葉物野菜が粗みじんになっていて、その上から白濁したドレッシングがかかっている。量は少ないところを見ると清涼剤のように口の中をスッキリさせたいときに食べてもらいたいのだろう。

 口に運ぶ。シャキシャキとした食感が口の中に広がり、あっさりとした味がそれに追従する。確かにこれは清涼剤だ。

 もう一口と手を運びかけたが、量が少ないのを思いだし止めた。


 とりあえず、これで食べる順番は決まった。揚げ鳥を食べてから辛味揚げ鳥を食べ、合間合間にパンとサラダを挟むのだ。



 揚げ鳥には衣がついているものが多い。ここの揚げ鳥もそういう種類だ。肉にしっかり下味をつけた後、衣で風味の方向性を決めるのだ。

 肉そのものの味も大切だが、衣の味と食感がそれを生かすか殺すかの大きな差になってしまうので、この料理は職人と素人の差が大きく出てしまう。

 衣の水加減は湿度によって変えないと食感を損なってしまうし、衣の味付けも味見してもわからないので難しい。更に大きな釜で適温で適度に揚げるという事が素人にはできない。

 単純に見えてとても難しい。揚げ鳥というのはそういう料理だ。


 一口目で味がわかる。そう知っていると口に力が入ってしまう。私はその力のまま、揚げ鳥を噛み切った。

 カリッとした食感を歯に伝えたと思った次の瞬間、舌に熱い油が落ちた。

 熱い。だが美味しい。香草の香りと肉の味が混じっていて口と鼻を同時に刺激してくる。一口噛む毎に肉の狭間から染み出してくるそれがとても美味だった。

 しかし、口の中が油で溢れるようで食べ進めるにつれて気持ち悪くなってきてしまう。


 なるほど。ここでパンの出番か。と私は思った。口の中にパンをちぎって放り込み、口の中の油と塩気を吸わせるようにして食べた。

 バターとは風味が違うがこれはこれで美味だ。


 パンで汁気を吸われてしまった口内が少しパサパサとしてきてしまったので、ここでサラダを口に運んでみる。

 残っていた油のベタつきと口の中の乾いた感覚が新鮮な野菜でリフレッシュされ、まだまだ食べ進められる気がしてくる。

 不思議なものだ。一つ一つだと一味か二味足りなかったり、余分だったりするのに組み合わせればこんなに美味になる。


 そう考えているうちに手は勝手に進んでいき、揚げ鳥を腹の中へと詰め込んでしまった。


 次は辛味揚げ鳥か。そう思い、残っているパンで指の油を拭き取り口の中から揚げ鳥の残滓を追い出した。

 新しい味を迎え入れるのに前の味を口の中に残したままではもったいないからだ。


 明らかに先ほどの揚げ鳥とは見掛けからして違う。身に辛そうな赤を纏っている。

 口を大きく開けてかじりつく。先ほどの揚げ鳥とは違った食感が口に伝わってくる。

 ん? と思い考える間もなく口の中に燃えるような熱さを感じた。辛い!

 ひーひー言いながら従弟にジュースを一口もらう。高くなるからと言って飲み物を買わないでいたのがここに裏目に出た。

 口の中は落ち着いたので、第二陣に備えるためにジュースを買いに走った。


 店員にジュースを頼んでいる間、私は考えていた。

 先ほどの食感の違いはなんだったのだろうと。揚げ鳥を食べたときはカリッとした食感があり、容易く肉へと到達できたのだが、何か間にもう一つあったのだ。肉と衣の間にもう一つ。


 その謎は席についてから、辛味揚げ鳥の断面を見て氷解した。

 辛味揚げ鳥は一度素揚げしてあったのだ。

 恐らく、最初に下味として辛味をつけてそれを素揚げしているのだ。そうすることで辛味と旨味がしっかりと封入されて油と共に染み出してくる。

 そしてカリッとした衣を後付けして、仕上げる。

 辛味も食感の違和感もこれが理由なのか。私はそう思った。


 料理というのは本当に奥が深い。そう思いながら私は口の中を焼いていった。


 この揚げ鳥はなかなか旨い。今日は良いものを引き当てた。私はそう思った。

 そうして私が食べ終わった頃、従弟はもう食べ終わっていて、早く次へいこうという顔でこちらを見ていた。




 そんな彼がジェットコースターで泣きっ面を見せるまであと20分。

実在する遊園地とは関係ありません。

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