兄とロリコン 前編
人気のない夜の公園。目の前には変態ロリコンストーカー。後ろには壁。俺、相澤 総司は今絶体絶命のピンチに陥っている。何故急にこんな状況に陥っているか…それは十数分前にさかのぼる。
東くんと別れた後、俺は翔に警告メールを送り、雅を腹ごしらえに付き合わせてから帰宅の途についた。後少しで家にたどり着くと言うところで恐怖は向こうからやってきた。
「ミヤ、ソウ、今帰りか?今日は遅かったな」
隣に愛犬を従えた恐怖は、夜には似つかわしくない爽やかな笑顔で俺たちにそうのたまった。恐怖の名前は佐伯 一馬。近所に住んでいる大学院生だ。ノンフレームの眼鏡がよく似合う一見穏やかなこの青年は、雅にとっては優しい近所のお兄ちゃんだが俺にとっては最悪の天敵にして恐怖の魔王である。
奴との出会いは俺が小学校二年生の頃だ。その日俺は雅と二人で下校していた。いつもと変わらぬ日常だったのが一匹のハスキー犬の登場により一変した。ソイツは大きな声で吠えたてこっちに向かって迫ってくる。視線は俺に固定されており、明らかに狙いは俺だ。
マ ジ デ !?
俺はとっさに雅を突き飛ばし、竦みそうになる足を叱咤してその場から駆け出した。これ追いつかれたら死ぬよね?たぶん死ぬよね!?
後ろから徐々に近付いてくる鳴き声に俺はまさにパニック状態。顔中涙と鼻水とよだれでベトベトにしてひたすら走りつづけた。まさになりふり構わず。人生であそこまで必死に走ったのは今のところ最初で最後だ。
だが所詮は人対獣。しかも八歳児では勝負は始めからついていた。健闘むなしく終わりは早々にやってきた。俺はあえなく捕まり服の裾を噛まれて、玩具のように振り回されるのに為すすべもなく翻弄されていた。
しかしそこに救いが現れた。雅だ。泣き叫んでいる俺とは対照的に雅はキリッとした表情で、おもむろにカバンから給食で残したと思われる黒糖パンを取り出すと、意を決したようにソイツに手を伸ばした。
ソイツはそれに気付くと俺の服をパッと離しパンにかぶりつく。雅はしゃがみ込んで夢中でパンを食べるソイツを眺めていた。
そこに現れたのがヤツだ。もう中学生だったヤツは優しげな表情でこちらに近付くと、ゴメンね。と頭をなで俺たちに謝罪した。ハスキー犬はヤツの愛犬だったようだ。ヤツの手の温もりにホッとしたのは一生の不覚だ。まさかヤツが俺の最悪の天敵になるなんてこの時の俺は夢にも思わなかった。
ヤツが本性を現したのはそれから数ヶ月後。俺と雅が公園で遊んでいた時の事だ。雅がトイレに行った少しの間に事は起きた。俺が池のほとりで雅を待っていると、後ろから足音が聞こえてきた。誰かと思い振り返るとそこにはヤツが立っていた。ヤツは微笑みながら近付いてくると突然俺を池の中に突き落とした。辺りには丁度誰もいない。何これ。どう言う事!?俺何されたの?意味分からん。
「雅の兄だと思って我慢してたけど、ちょっと我慢できなくなっちゃった。ゴメンね。この事、雅には内緒ね。」
しゃべったら何するか分かんないかも。そう言い残してヤツは去っていく。しばらくして雅が戻ってくるまで俺は池の中に座り込んでいた。
それからと言うものヤツは事あるごとにヤツの愛犬コタローをけしかけたりと、俺に嫌がらせをしてきた。最初は訳が分からなかったが、しばらくすると俺もヤツが何故嫌がらせをしてくるのか分かってきた。嫉妬だ。ヤツは中学生のくせに小学一年生の雅が好きだったのだ。
それから九年。ヤツはいまだに恐怖の魔王として俺の前に君臨している。恐怖の魔王の雅への執着ぶりは現在に致まで変わることなく健在だ。
今も一見偶然かち合ったように見せているが俺は知っている。どう監視しているかは知らないが、ヤツは雅が帰るタイミングをはかって愛犬の散歩に出たのだ。
「一馬お兄ちゃんこそ今日のお散歩遅いんじゃない?」
雅は数年前に俺からは剥奪されたお兄ちゃんの称号で奴を呼ぶと、盛大にしっぽを振りながら雅を見ている奴の愛犬コタローに手を伸ばす。雅がコタローにかまいだした瞬間眼鏡の奥の瞳がキランと光り俺をとらえた。
オニイサン目ガ笑ッテイマセンヨ…。
正直、俺ニハ何ノ覚エモアリマセン…。
やべぇ。俺、今日こそ死んだかも。
兄の不幸の半分は雅で出来ています(笑)
書きながら不憫でなりませんでした(/_;)
この回で終わる予定でしたがまた終わりませんでした。それに伴って前編、中編のサブタイトルを変更します。
それではもう少しお付き合いくださいm(_ _)m