兄と少年
俺が部活を終えてロッカーを開けると携帯に着信が入っていた。確認すると着信20件、メール14件。何これ怖い。恐る恐る中身を開くと全部翔だ。一瞬携帯を力強く投げ捨てたくなる。あいつ何なの?暇なの?悪いが俺は忙しい。そんなことを思いつつとりあえずメールを確認してみる。
from:城戸 翔
件名:ちよつとこれどういうこと?おれきいてないよ。ちやんとせつめいしろ
受信BOXの一番上、つまり一番最後に送ってきたメールを見るとよほど急いでいたのか件名に本文が書かれている。お前はどっかの母さんか!平仮名ばっかとか読みづらいんだけど。つか小文字変換くらいしてくれ。意味が分からん。と軽くつっこみを入れていると添付ファイルがあるのに気付く。本文を開くと雅と西高の制服を着た男が楽しそうに笑いあっている写メが写し出された。
何じゃこりゃ!俺は反射的に翔に電話をかける。雅!お前に彼氏はまだ早い。せめて兄ちゃんに相談してからにしろ!
翔が出るまでの数コールが異様に長く感じられた。
翔と電話で話してから数分後、俺は町中で翔と合流していた。隠れてずっと様子をうかがっていたらしい翔は、俺を見るなり肩をつかんで前後に激しく揺すってきた。目には涙をたたえていて今にもこぼれ落ちそうだ。やべぇキモい。
「ちょっと!どう言うことだよ。これえええええ!オレの雅があんな得体の知れない男とデ、デデデデートしてるとかあああああ!」
初めこそあまりのことに頭の中がパニック状態になった俺だったが、その混乱ぶりに逆に冷静になる。つかどさくさに紛れてお前のにすんな。
「ちょっと落ち着け。これ以上揺すられたら吐く…。」
そう言ってひとまず揺するのをやめさせ、周囲の状況を判断する。
雅は………あそこか。
視線の先には確かに雅がいて、西高の制服を着た男と雑貨屋の中で楽しげにお買い物中だ。ただし男の方は緊張しているのか表情が硬い。これは彼氏ではなさそうだ。そうなるとあれは雅にやられた被害者だな。
そこまで考え何となく男を哀れみのこもった目で見てしまう。
しばらく様子を観察するとあることに気づく。あれ…あいつどっかで見た事あるような…。俺は記憶の箱をかき回して該当する人物を検索する。
先々週雅の体操着を盗もうとした奴…違う。奴はボコった。
先週雅の上目遣いにやられて抱きしめようとした奴…いや。あいつも制裁した。
一昨日雅につきまとってたストーカーもどき…あいつは本物のストーカーが世にも恐ろしい方法でお仕置きをしてるのを見かけた。
あれでもないこれでもないと検証していくとふと引っかかる記憶が出てきた。西高の制服で男のくせに妙に可愛いあの顔。
「あいつだ…」
「知ってるのか!?」
ボソッと呟くとそれを耳ざとく聞きつけた翔がオレに迫ってきた。オレの肩に手を置いてすがりつくように顔を近づけてくる。ちょっ…近い!唾がかかるだろ!周囲の通行人からチラチラと向けられる視線が痛い。遠くからあの二人どういう関係!?とキャーキャー言ってる声が聞こえるのは気のせいだ、そうに違いない。
「分かったから、落ち着け。順を追って説明する。」
そう言って一度距離をとると、俺は今朝寝坊したところから話しだした。
話が進むにつれて俯いて身体を小刻みに震えさせる翔に、こいつ大丈夫か?と思っていると、小柄な男とぶつかったところで話を遮られる。
「少女マンガか!」
いきなり発せられた大声にあわてて翔の口をふさぐ。
「ばっか!雅に見つかるだろ!」
小声でそう怒鳴りつけると翔も慌てたように小声で話し始める。
「もうその話はいい。どうせそこに雅が現れて場を取りなすとかしたんだろ。」
何こいつ、エスパー?まさに話そうとした内容をピタリと当てられ、俺は驚愕のあまり翔の顔をマジマジと見入ってしまった。翔は疲れたように肩を落とすと可哀想なものを見るような目で俺を見てくる。
「お前もう外を出歩くな。頼むからさ。お前が何かやらかす度に雅に男の影がふえるんだよ…。」
真面目に意味が分からん。俺が何かやらかそうが、やらかさまいが雅には関係ないじゃねぇか。俺がキョトンとして翔を見ると奴は諦めたように俺の肩をたたいてため息をついた。
「お前に言ったオレがバカだった。忘れてくれ。そんなことより動き出したぞ」
そういわれて視線をやると確かに店から出てくるところだった。雅がしきりに頭を下げているのを見ると何か買ってもらったらしい。知らない人から物をもらうなっていつも言ってるのに。
時刻はもうすぐ7時。俺が回収して帰るか。
「翔。後は俺が何とかする。お前は先に帰れ。」
「嫌だ。絶対オレも行く。」
「お前が行くと面倒くさいことになりそうだから絶対に来るな。もし心配ならここから見てろ。」
いいな。そう釘をさし翔をその場に残して俺は雅の方に歩き出した。
俺は後ろから雅に近づくと両手を雅の両肩に乗せて声をかける。
「雅。こんなところで何やってんだ。」
「あっお兄。お兄こそなにしてんの?私はこちらの東くんにお茶をご馳走してもらって、買い物に付き合ってもらってたんだけど」
雅はいぶかしげな顔で俺を見上げてきた。それはそうだ。学校から家に帰る方向とは全く違う。
「俺?俺は小腹が空いたから何か食おうと思って」
「それで独りでこんなトコまで来たの?寂しい奴」
哀れみのこもった目を向けられ俺は心に大きなダメージをおう。
「別にいいだろ!それより一緒に帰ってやるからちょっと付き合え!」
え~何で私がぁ。そんな言葉を呟きつつ雅は東くんとやらに向き直る。
「そういう訳だから、私お兄と帰るよ。ゴメンね。送ってくれるって言ってたのに。今日は楽しかった。」
「僕の方こそ。無理やり誘ったようなものなのに来てくれて嬉しかった。ありがとう。」
雅にそういうと今度は東くんとやらは俺の方を見る。相変わらず気弱そうな表情で朝と同じように深々と頭を下げた。
「その節はすみませんでした。よそ見してたから気づかなくて。怪我とかはないですよね?あの後気になっちゃて。」
なんだこいつ。いい奴じゃねぇか。雅はいつも変な奴ばっかり引っかけるから心配したけど、たまにはこんな奴もいるんだな。俺は少しホッとして東くんとやらに向き直る。
「いや。俺も注意力散漫だった。すまなかったな。お前の方こそ怪我はないのか?」
互いに尻餅をついてたし俺の方が随分でかいから心配になって聞くと、心配いらないと返ってきた。俺たちの話が一段落つくと雅の方から声がかかる。
「じゃあお兄、そろそろ行こうか。」
そういうと雅は俺の腕に腕を絡めてきた。恥ずかしいから止めろと言おうとしたとき、俺の耳に微かな舌打ちと呪詛のような言葉が聞こえてきた。
「兄だと思って調子に乗ってんじゃねぇぞ。このデカ物が。」
そちらを見ると相変わらず気弱な表情の東くん。なんだ気のせいか…そう思って再び雅に向き直ると今度はさっきよりハッキリと言葉が聞こえてきた。
「僕たちの後をずっと付けてきたやつも鬱陶しいな。どうしてやろうかな。」
俺ニハ何ニモ聞コエテナイヨ。ってちが~う!!何こいつ二重人格なの!?よく見ると気弱そうな表情をしつつも、瞳の中には獰猛な肉食獣のような光がともっている気がする。翔うぅぅぅ!逃げてえぇぇぇ!!!俺が戦々恐々としているとホントに何も聞こえてない雅が東くんに声をかける。
「じゃあ東くん今日はありがとう。また機会があったらよろしくね」
「こちらこそありがとう。あの…メールとか送っても迷惑じゃない?」
獰猛な気配をきれいさっぱりしまい込んだ東くんは遠慮がちに雅にたずねる。
「もちろんだよ。これからもよろしくね。」
「ホントに!?ありがとう。すごく嬉しい」
雅の笑顔に微かに頬を染めて花が綻ぶような笑顔を見せる東くん。一瞬さっきのは夢なんじゃないかと錯覚しかけるがそんなはずないと思い直す。
とりあえず翔に逃げるように言わなきゃ。と俺は携帯を取り出した。
今回も思ったより長くなってしまいましたσ(^_^; 兄の話はまだもう少し続きます。
それから前編の手直ししました。話の大筋は変わりませんが、もしよろしければのぞいてください。
では次回もご覧頂けると幸いです(^o^)