*アクション
賑わいを見せていた裏通りも深夜になると、ひっそりと静まりかえる。
全ての店が閉じられたこの通りに人影はほとんどなく時折、酔った若者たちが威勢の良い声を張り上げて通りの入り口を行き交う程度だった。
ジュエリーショップ「ケファロス」──路地にある裏口から、黒い影が静かに出てくる。
その影に素早く近づく、これまた黒い影が3つ。裏口から出てきた黒服の影は、睨み付ける3人の男をエメラルドの瞳で一瞥していった。
「盗んだ宝石を渡せ。でなければ痛い目をみることになるぞ」
共に、黒いスーツに身を包んでいる男の1人が手を出して発した。その手を見つめて目を細める。
「どうした。渡さないつもりか」
他の2人は身構えて、いつでも攻撃出来る体勢を取っている。
「クク……」
その様子に、黒服の影──怪盗は小さく喉の奥から笑いをこぼした。それに頭に来たのか1人の男が攻撃を仕掛け、怪盗はその男に回し蹴りを食らわせた。
「!? キサマ!」
それを見た2人の男が一斉に掴みかかる。
しかし、怪盗は落ち着いた様子で右にいた男の手首を掴んで引っ張った。
「!? なっ?」
バランスを崩された男は止まる事が出来ず、もう一方にいて同じように掴みかかってきていた男にぶつかる形になった。
「ぎゃっ!?」
「うわっ!?」
それを確認した怪盗は、地面に転がった男たちを飛び越えて路地から走り去る。
「待って!」
怪盗の前に現れた人物──健吾だ。
少し尻込みして怪盗の瞳を見つめ声を絞り出そうとしたが、輝くエメラルドの瞳と目が合い動けなくなった。
威圧されている訳でも、睨まれている訳でもないのに、どうしてだか微かな声さえも口をついて出ない。
怪盗の存在感に圧倒されている。ただ見つめられているだけなのに、恐ろしいほどの強さが滲み出ているような気がした。
動かない青年を確認し、怪盗は無言で健吾の前から去っていく。
「ああ、行っちゃった。折角、見つけたのに」
「おいっ! お前!」
落ち込んでいる暇もなく声をかけられる。
なんだか少しふらついている3人の男が、青年に近寄りながら懐に手を入れた。
その様子に、健吾はゾワリと嫌な予感を覚える。
「どうしてこんな所にいる」
「え……えと、別に大した用は」
「さっきの奴と話をしていたな」
「し、してないよ。いきなり目の前に現れたからびっくりしたんだ。あんな恰好してるんだもん、誰だって驚いて声くらい出すよ」
「いい加減なこと言ってんじゃねぇぞ」
「……!?」
懐から抜き出した手に黒い塊が見えて、健吾は喉をゴクリと鳴らした。
刹那──
「がっ!?」
「ぐおっ!?」
「うっ!?」
怪盗が走り去った右の方向から、小さな破裂音が連続で3回聞こえ男たちが叫びを上げ倒れていく。
それぞれに太ももを押さえていた。
「!? まさか、撃たれ──?」
言い切るより先に腕を掴まれて、ビクリと体を強ばらせた。
「!? かっ、怪盗!?」
顔の半分ほどを覆う黒いマスクを付けた金髪の男が健吾を睨み、あごでついてくるように示す。
「……っ」
少しためらって、怪盗のあとを追った。この男たちに捕まった方が危険な気がしたからだ。
通りの入り口にさしかかると、一台の黒いワンボックスカーが目の前で止まった。後部座席のドアを開き、青年を押し込むように中に促すと怪盗も続いて乗り込み、その場をあとにする。
「そいつがイレギュラーってやつか?」
車を走らせながら運転している男が発した。
「な、なに……?」
訳が解らず、運転席と隣の男を交互に見やる。
「──っ」
怪盗が左耳に装着していたヘッドセットとマスクを乱暴に外すと、健吾はその顔に目を丸くした。
中性的とも言える顔立ちは、やはり日本人ではなく同じ男でさえも見とれてしまうほどの容姿──そして、表情の見えないエメラルドの瞳に背筋が凍った。