*レッドブラウンの狼
渋谷──街は朝から大勢の人々が行き交っている。
そんな街の一角にある小さな公園で、何やら揉めている青年たちの姿があった。1人の男性相手に、3人ほどがつっかかっている。
「集まれば勝てるとでも思ってるのかね」
「あ? なんだとてめぇ」
185㎝ほどの長身の男が薄笑いで発すると、青年たちは目を吊り上げて語気を荒げた。赤茶色の髪と瞳の男は30代に入ったばかりだろうか、鍛えていることが窺える体格をしている。
一方の青年たちは20代に入ったばかりかもしれない。
「謝れっつってんだよオッサン」
「ぶつかってきたのはそっちじゃなかったか」
1人が男の顔を見上げてすごむが、当の男性は呆れた表情を見せて小さく溜息を漏らす。草色のカーゴパンツに、グレーの前開きシャツと深緑のベストを合わせた服装だ。
男のガタイは良く鋭い瞳に威圧感を漂わせているが、自分たちは複数なのだという安心感が虚勢を張らせていた。男にはそれが見て取れて、自然と口の端が緩む。
「ボコられたくなかったらサイフよこしな」
その言葉に男はニヤリと口角を吊り上げた。
「カツアゲするなら相手を選ぶんだな」
「いいからカネだ……っ!? がはっ」
青年が言い終わらないうちに、その胸ぐらを掴んで足払いをかまし地面に転がす。
「!? てめっ! なにやっ……ひっ!?」
身を乗り出した青年に突きつけられた手には、他の人間には見えないようにナイフがチラリと覗いていた。
「相手を選べと言ったはずだ」
「……っ」
先ほどとはガラリと変わった雰囲気に、青年たちは喉を詰まらせる。
「力の使いどころを考えな。クソガキども」
ギロリと睨まれて、青年たちはそそくさと逃げていった。それを一瞥し、木にもたれかかってこちらを見ている女性に笑顔で軽く手を挙げる。
「待った?」
「もう少し自重したらどうだ」
腕を組みながら溜息を吐き出した。背中までの金髪にエメラルドの瞳が男を見上げる。
「……? どうした」
複雑な表情を見せている男に眉をひそめた。
「いや……どうもソレだと、俺の食指が動かなくてな」
苦笑いで恰好を示す。ソフトデニムのジーンズに白いブラウスとグレーのジャケットを合わせた姿で、確かに女性らしいものではない。
「私としては願ったりだがね」
「言ってくれる……あといくつ?」
「2~3ほどと思われる」
「まったく、あとからあとから増やされるのは勘弁したいね」
男は薄笑いで肩をすくめた。
「まったくだ。お前といつまでいなければならんのか」
「そこ?」
地味に凹むこと言ってくれるよなぁ……と、さして気にする風でもなく緩い笑みを返す。
「今日のタゲは?」
「裏通りにあるケファロスという店だ」
「名前の付け方に問題ないか、それ」
男は複雑な表情を浮かべた。
「配線を頼む」
「おう。そっちも偵察気をつけてな」
確認しあうと先にイエナが離れていくが、ふと何かに気がつき振り返る。
「泉」
「あん?」
「イレギュラーがあるかもしれん。警戒はしていてくれ」
「……イレギュラー?」
発して再び歩き出すその背中に、男は首をかしげた。