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ミッドナイト・キャナル  作者: 河野 る宇
◆第2章~怪盗
3/27

*ニヤニヤが止らない

 健吾はバイトを終え、今夜の食べものを買ってアパートに戻る──質素な部屋は、夏にもかかわらず肌寒ささえ感じられた。固定電話の料金を払う金も無いので設置すらしていない。

 テレビをつけて、コンビニの袋からミートスパゲティを取り出し、リサイクルショップで購入した小さいテーブルの前に腰掛ける。

 画面には、また怪盗についてのコーナーが映されていて健吾はいい加減うんざりした。

 本当の怪盗なら予告状とか送ってそうだけど、さすがにそこまでドラマや映画みたいな訳にはいかないか……そんなの、ただのバカだし。

 小さなテレビにツッコミを入れつつ、ミートスパゲティを口にほおばった。

「!」

 しかし、次に報道されたニュースに目が留まる。そこには昨日、盗みに入られた店が映し出されていた。

「今度はアメジストか、目的はなんだろう」

 さすがに、アメジストで数億なんて額にはならないみたいだけど、珍しいタイプの紫水晶だったから店に展示していたのだそうだ。

 これで盗まれた宝石は4つ──まだ盗む気なんだろうか。

「まあ僕には関係ないけどね」

 つぶやいて、流しに食べ終わったパックを置いた。

 明日もバイトだ、歯を磨いて寝よう……小さく溜息を吐くと洗面所に向かう。このアパートだけは幸運だった。

 トイレと風呂はセパレートだし、家賃もさほど高くない。リビングと台所が続きにはなっているが、快適だった。

 時々、隣で深夜に妖しい男女の声が聞こえてくる以外は、いたって平和そのもの。独り身にはわびしい声だけどね。と、肩を落として布団に潜り込む。

 暗闇で天井を見つめた──その口元が、だらしなく緩んでいく。もちろん、考えていたのは今日、出会った女性のことだ。

「また会えないかな」

 そうつぶやいて意識を遠ざけた。


 翌朝──

「わぁー!? 遅刻ちこくチコクー!」

 大あわてで家を出る。

 彼にとってはいつもの朝だ。サイフを手にしてニヤけている場合でもない、足早に駅に向かい、入ってきた電車に飛び込んだ。

「はぁ~、なんとか間に合った」

 ぱたぱたと手で風を起こし、通り過ぎる風景を視界全体で捉えながら息を吐き出す。

「!? あっ! うそっ!?」

 ドアのガラス窓から見えた人物に声をあげ、思わずへばりついた。

 昨日の彼女じゃないか! まさかこの近くに住んでるとか!? いやでも今はバイトだ……この駅で降りたい衝動にかられたが、バイトを投げる訳にはいかない。

 口惜しいが、バイト終わったら即行この駅に来る! と決意を硬くし、バイト先に向かった。


 バイトは週四日の6時間で、時給は900円と悪くない。もう少しでパート扱いになりそうなのだ。そこから社員になれればと、淡いかもしれない期待を抱いている。

 都心のファストフード店は連日、客がごった返しているため忙しいこときわまりない。彼は店で一番シンプルなバーガーを作る担当だ。

 必死でバーガーを作り続け、終了は午後3時──終わりが早いと、色々と出来る時間があって良い。

 健吾はさっそく、例の女性を見かけた場所に向かおうと駅に急いだ。

 意識していなくても駆け足になる。

「うえ!? いたしっ!?」

 駅に向かう途中で、視界に入った人影に意味の解らない声を上げ、目の前の背中を凝視した。

 忘れるハズのない後ろ姿は、まさしく彼女だ! 昨日とは違った服だが似たような服装である。

 僕が間違えるはずがない。

 そして、彼女が視線を向けている方向に目を移した。

「?」

 店を見てる? なんの店だろう。

 そこは宝飾店らしかった──女性がそのような店を見ていても不思議ではないし、違和感も無い。

 見ていると、彼女が店に入っていった。さすがについていく訳にもいかず、出てくるのを待とうと街灯に背を預けた。


 数分後──出てきた彼女に歩み寄る。

 思っていたより歩行速度が速くて、健吾は足早に見失わないように必死だった。何せ、人が多くてなかなか追いつかないのだ。

 背中から汗が流れてくる。

 見失ってなるものか! とにかく何が何でも足を止める! でもここで声をかけたら逃げられそうだから……と、体に触れられる距離まで詰めた。

「待って!」

「!」

 肩を掴むと、女性は驚いて振り向いた。

「あれ? カラコンしてるの?」

 青い目に首をかしげる。

 女性は無言で健吾を睨み付け、小さく溜息を吐き出した。

「あ、ごめんなさい。だってまだお礼してないし」

「いらんと言った」

 ちゃんと反応してくれた事に健吾は、嬉しくて青い目の彼女を見つめる。

 青い目もいいけど、やっぱり本来のエメラルドの方が魅力的だよなぁ。存在感が増すっていうか……と瞳から鼻、形の良い唇に視線を移していく。

「あのサイフには僕の全財産が入ってたんだ。それを拾ってくれた君にお礼しなきゃ」

「5千円で残りの生活は持つのか」

「ぐっ!?」

 痛いところをつくなぁ……中身見られたんだ。誰のサイフか確かめるために見たんだろうけど、情けないとこ見せちゃったな。

「お? 長身の美女」

「!? あっ……」

 知らない男が声をかけてきて隙を見せてしまった。

 名前を聞く事も出来ずに人混みの中に消えていく姿に手を伸ばして、がっくりと肩を落とした。

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