*心の中の想い人
僕は、あれから考える──長い間じゃなかったけれど、彼らと一緒にいて面白かった。もちろん怖い思いもしたけれど、思い出す時の脳裏の映像は鮮やかで色あせない。
「大賀 由三郎はどうなるの?」とベリルさんに訊いたら、
「暴力団排除条例違反で逮捕されるだろう」と言っていた。
その通り彼は捕まった──テレビでは、暴力団と何らかの理由で揉めて家にまで押しかけられ、警備とぶつかったのだと報道されている。
でも、僕は本当のコトを知っている。
老人が関係を持っていたのはイタリア系アメリカマフィアだ。
それが表沙汰になる前に警察が排除条例で解決させようとしたのは、彼の持っている財産をアメリカに渡さないため──アメリカと少しでも関係性が見いだされれば、全て向こうに持って行かれてしまう。
そういう法律を向こうが作ると報告がきたとき、慌てて排除条例を作り阻止しようとしたんだ。
彼らは今、どうしているんだろう……と、ふと考える時がある。
そんな日常を取り戻した健吾のもとに荷物が届いた──小さい小包で、見回してもどこにも宛名が無い。
「?」
箱の端っこに見たこともないマークが捺印されていて、開けていいものか戸惑った。
「剣の柄に……翼?」
マークの角に小さく『B』という文字が見える。
「B……。! ベリルさん?」
健吾は急いで包みを開いた。
入っていたのは、折りたたみ携帯──よく見るとスマートフォンだ。
「?」
なんだろう? とりあえず電源を入れてみる事にした。
「!? あわわわっ!? なんだっ?」
途端に着信音が響いて、危うく落としそうになる。
「は、はいっ!?」
<いよう~元気にしてるか?>
「! 泉さん? あの、これは?」
<そいつはベリルからの贈り物だ>
「!? ベリルさんの?」
驚いて携帯を見直す。
シンプルな形状だが、初めて持つのに手にしっくりと馴染んでいた。店では見たことも無い風合いと手触りに、特殊なものなのかと思わせる。
<俺たちが使ってる携帯と同じ素材で作られてる。色々と巻き込んじまったから、それの侘びだ>
「いやでも……今の携帯以外に使い道ないし……」
<お前持ってるの、もう使えないぜ>
「はい!?」
慌ててキッチンテーブルに置いてある携帯を手に取る。
「……圏外」
ちょっと待って、いつの間にデータとか移したの。ていうかスマートフォンの使いかた全然解りませんけど!?
<簡単なマニュアルも包みの中に入ってるはずだ。あいつのお手製マニュアルだぜ、感謝しろよな>
「はあ……」
なんでお詫びの品に感謝しなきゃならないんだ。とは言えず、生返事を返した。
<他に何かあるか? 無いなら切るぞ>
「あ、あの……今なにしてるんですか?」
<ベリルは中東だ。俺は休暇でイタリア>
「!? 衛星通信!?」
<ああ、心配すんな。海外への通信はお前からでも料金はベリル持ちだ。使いすぎるなよ>
「海外に友達なんていません……」
<とりあえずそういうことなんで>
切られた携帯をしばらく見つめて、包みの中からマニュアルを取り出す。基本的な操作が書かれていて、確かに解りやすかった。
「わざわざお詫びくれるなんて、律儀だなぁ」
手の中の携帯を見下ろし、今までの事をゆっくり思い起こす。
僕は、確かにイエナさんに恋をしていたと思う……男だと知ってショックだったけど、それまでは彼女に本気で恋をしていたんだ。
スゴイ存在感なのに、どこか儚くて綺麗なエメラルドの瞳を持ったヒト。
「もうあんな人には出会えないだろうな」
そもそも存在してなかった人だし。と自嘲気味に笑う。
「! はーい」
玄関の呼び鈴が聞こえ、チェーンをかけたままドアの鍵を開けた。
「!?」
その隙間からのぞいた目に背筋が凍る。
「やっと見つけた……」
暗いスーツに身を包んだその男は、口の端を吊り上げ低い声で発すると、工具を手にチェーンを切って中に入ってきた。
「!? な、なんで?」
みんな捕まったんじゃなかったの?
「あんなジジイに義理立てする理由は無いからな」
見覚えのある顔は、鼻を鳴らして口を開いた。
アルジャンという男が立ち去ってすぐ、俺もあそこからこっそり逃げ出したのさ……言い放ち、土足のまま部屋に踏み入る。
「キサマだけでも痛い目に遭わせたくてね」
「!?」
男の目がギラリと輝き、青年は恐怖にじりじりと後ずさりした。
「助けは来ないぜ」
「う……」
執念深い奴だな! と声を張り上げたくても、喉が詰まって何の言葉も出ない。
少しずつ追い詰められていく──続きのリビングでテーブルに足を捕られ、よろけながらも倒れないように踏ん張った。
「死ねよ」
「!?」
懐から取り出したナイフが電灯の光を反射して銀色に輝く──健吾は思わず目を閉じた。
「ぐあっ!?」
「……えっ?」
男のうめき声に目を開くと、苦しい表情を浮かべて畳にへたり込んでいた。その後ろに見える人影を、足から視線を上げていく。
「!? ベリルさんっ?」
「怪我は無いか」
「うん……」
無事なのを確認し、未だ唸りを上げている男を一瞥した。
「警察の逮捕者リストに1人、名がなかったのでね」
「中東にいたんじゃ……」
「昨日までね」
この男の動きを追っていて、目的を察知したので仕事が終わったその足で日本に飛んで来たらしい。
「! 届いたか」
「あ、うん。ありがとう」
礼を述べ男を見下ろした。
「この人どうするの?」
「しばらくすれば警視庁の人間が来る」
「えっ!?」
「警視庁の知り合いしかいなくてね」
「う……くそっ」
男はベリルに睨みを利かせ立とうとするが膝がガクガクと震えて、あぶら汗を垂らしている。
「動けば痛みが増す」
「何したんです?」
「痛点を突いた」
それを聞いて再び男を見下ろす。
彼はいま、動けないほどの痛みを受けているんだと思うとその姿に悲哀を感じた。僕に仕返しなんかしても意味無いのに、怒りのはけ口が欲しかったんだろうな。
はけ口にされる僕はたまったものじゃないけど、逃げてた方がこんな痛い思いせずに済んだだろうに。
数分後──警視庁と名乗る人が2人ほど来て、ベリルに軽く挨拶を交わし男を連れて出て行った。
テレビドラマで見るような格好いい人相じゃないけど、妙な威圧感は漂っていた。
「すまなかったな」
そう言って背中を向ける。
「あ! あのっ……」
「ん?」
振り返ったベリルに少し戸惑ったあと、健吾はやや声を詰まらせながらも発する。
「あの……楽しかった。怖かったけど……。ありがとう」
その言葉に、彼はニコリと微笑んだ。
END
*最後までお付き合いいただきありがとうございます。
読んでくださった皆様が少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
河野 る宇





