*たまには嬉しいことだってある
「……」
健吾とぶつかりかけた女性が立ち止まり、何かを考える仕草をした。
都心に流れる川のほとり──憩いの場として綺麗に舗装されたその道路は、この時間には珍しく人通りは少ない。
「!」
ふと堤防の脇に目をやると、サイフが落ちていた。やや眉をひそめて拾い上げる。
二つ折りのサイフは高級でもなさそうだが、使い込まれている事が窺えるほど茶色い表面はくすんでいた。
開いて中を物色する──カードが何枚か入っていて、その中の1枚に眉間のしわを深くした。
そこには、先ほどぶつかりかけた男性の顔がハッキリと写されているではないか。彼女は、しばらく考えたあと小さく溜息を吐き、もと来た道を戻っていった。
一方の健吾──
「ああ……どこにやったのかなぁホント」
泣きたい気持ちをこらえ、健吾はサイフを探して歩く。
これで見つからなかったら警察に届けよう……中には僕の全財産、5000円が入ってるんだ。
次の給料日まで一週間以上ある。
あれが無くなったら、腹を空かせてバイトをしなくてはならないのだ。電車は別にカードを持っているので問題は無いが、弁当持参のバイトでは餓死寸前まで何も食べられない事になる。
アパートに残っている食材では絶対に一週間も持たない。
「!」
叫んでしまいたい衝動にかられていた彼の肩を、誰かがトントン……と叩き、振り向いた先にいた人物にこれまた叫びを上げそうになった。
「き、君はさっきの……。!」
驚く彼の前にサイフが差し出され、しばらく無言になる。
「ああっ!? 君が拾ってくれたのか!」
ようやく理解して発すると、女性はまた無言で頷いた。
「あっ!? ちょ、ちょっと待って!」
口を開かず去ろうとする彼女にハッとして、その左手を掴む。
「!」
随分と筋肉質な腕……鍛えてるのかな。などと思いながら、拒否するように腕を離され初対面の女性に触れた失礼に顔を赤くした。
「ごっ、ごめんなさい! そんなつもりじゃなくて……あのっその、拾ってくれたお礼にお茶でもおごろうかなって」
しどろもどろする彼に、女性は首を横に振る。「いらない」という意思表示なのだろうか……もしかしてこの人は言葉が? 思いつつ、健吾は続けた。
「いや、ホントに。何か変なこと考えてるとかじゃなくて、純粋にお礼がしたいだけなんだ」
「いらん」
ようやく聞こえた言葉に、女性にしては少し低めだなと小さく微笑む。
こういう声の方が彼女には合ってるよね……と、声を聞けた事に心中で歓喜していた。しかも、返ってきた言葉が日本語ときた日には「会話が出来る!」と心が躍る。
整った顔立ちは魅惑的というか妖艶な瞳というか、とにかくどうしようもなく美人だ。
「あ」
「え?」
女性がつぶやいて見た先に視線を移す。
「? 何かあ……ああっ!? いない!?」
こんな手に引っかかるなんて! 落胆しながらも、手にあるサイフを見つめて彼女のことを思い起こした。
「……いい香りだったな」
自然と口元がニヤリと吊り上がる。