*怪盗
「ねえ、テレビ見た? またあの怪盗が出たって」
「あー! 見た見た!」
「カッコイイよねぇ~」
「……」
何がカッコイイというんだろう……女子高生たちの会話を耳にしながら1人の青年が横をかすめて通り過ぎる。
大体、怪盗なんて俗名で警察では番号で呼ばれるんだ。ただの泥棒に何をトキメいてるんだか……などと思いつつ、辺りを見回し歩く。
もうしばらくすれば、太陽の光が都心に建ち並ぶビルの壁や窓ガラスをオレンジに染めていくだろう。
彼の名は渡瀬 健吾、フリーターである。
ブラウンのパンツにストライプのTシャツを合わせた恰好で、特に印象深いとか背が高いとかいう特徴もなく、ただただ普通の24歳男性だ。
彼は今日、とんでもなくツイてない日だった。そのせいでイライラしている。
先ほど女子高生たちが騒いでいたのは近頃、巷を賑わせている窃盗事件の話である。
深夜に誰もいない宝石店に侵入し、たった一つだけ宝石を奪っていく──特定の商品だけを盗んでいく姿はまさに『怪盗』
テレビ局はこぞってこの事件を取り上げた。
取り上げると言ったって、解っている事と言えば金髪のショートヘアくらいで他は特に情報はない。
たったそれだけの情報でよくもまあ騒げるもんだなと健吾は呆れていたが、狙われる宝石店が同系列の店舗だという事は解っていた。
その店に訊ねても、
「何故、弊社の商品ばかりを狙うのか解らない」という解答が返ってくるだけで、警察の捜査も遅々として進まず難航していた。
これまで盗まれたのは、各店舗に展示していた『スタールビー』『スターサファイア』『パーフェクトエメラルド』と呼ばれている3つの宝石だ。
どれも貴重な石で、軽く数億円はするという品物。
しかし、こんなものを盗んで売ればすぐに足が付く。それを知らないとも思えないほど、鮮やかなプロの手口らしい。
「何か他の理由でもあるのだろうか?」
みんなが騒ぐのにはそういう訳があった。
全てが謎めいた窃盗犯──怪盗と呼ばれるのも頷ける。
「金髪か……外国人かな」
彼とて興味が沸かない訳じゃない。
防犯カメラに写っているわずかな映像を警察が調べ「細身の男性」という処までは断定出来たらしい。
それをマスコミは、これまたおもしろ可笑しくかき立てる。
そんな事を考えていたとき──
「!?」
突然、目の前に金髪女性が姿を現して健吾は肝を潰した。彼を一瞥した瞳に一瞬、引き込まれたように体を強ばらせる。
やや乱雑な金の髪は背中まであり、エメラルドのようにキラキラ光る瞳に整った目鼻……そして、女性にしては長身だと思われる背丈は健吾の目を丸くさせた。
170㎝の彼より若干、高いと思われる外国人らしいその顔立ちに、身長はさして違和感を持たない。
その女性は無言だったが、小さく会釈して遠ざかっていった。
「……」
ホントにいるんだ、あんな美人……消えた後ろ姿を追うように呆然とする。
着ている服はボーイッシュというのだろうか、白いブラウスに青いストレッチパンツとトレッキングシューズが彼女のアクティブさを物語っているようだった。
「!?」
そんなことよりもサイフを探さないと! 思い出して、また周りをキョロキョロと見回した。
そう、彼はサイフを落としてしまったのだ。
バイトの帰り道、ブラブラと街中を歩いていてふと気がつけばパンツのポケットに入れていたはずのサイフが消えていた。
慌てて通った道を折り返し、探している最中なのである。
「ホントにツイてないよ……バイトには遅刻するし、定期は昨日で期限終わってたし」
ほぼ自身の凡ミス感は拭えないが、とにかく彼にとって今日という日は最低の日なのだ。ついでに言えば、歩いていてけつまづき電柱にしこたまおでこを打ち付けてもいる。