act:8 入学(後)
入学式のためだろうか、綺麗に飾りつけられた廊下を、ジークは少し早足で教室にむかう。ラグーに手渡されたクラスわけを見ながら、彼は隣を歩くフィオーネに話しかけた。
「クラス、1Sだとよ」
「じゃあ、2Sもある?」
「数字は学年だろ。Sがトップクラスで後はAから順に、らしいぜ」
「ふぃーたちがトップ?」
「おぉ」と他人事のように感心するフィオーネに、ジークはニヤリと笑う。
「お姫さんに合わせたみたいだな。まぁ、試験を受けたところで、俺たちより強い人間なんてものが存在するはずもないが」
「うんうん。そーだよねぇ」
何度も頷くフィオーネからクラス分けの紙に視線を戻した。ラグーの手書きだろう。ご丁寧に、学院長室から教室までの案内図まで書いてある。それに感謝しつつ、記された道順に従い、二人は教室に辿り着いた。
「1S、ここか」
教室の扉に掲げられたプレートに、確かに『1S』と書いてあることを確認し。「やっとついたぜ」と呟きながら手に持っていたクラス分けの紙をはらりと落として、パチンッと指を鳴らす。
一度フワリと浮上った紙は、たちまち炎に包まれ灰になって消えてしまった。
それを確認し、ふとフィオーネを見てみると、窓から教室の中を覗いている。何をしているのか不思議に思い、その視線を辿ると。
そこには報告書の写真と同じ顔があった。
「ターゲット確認、なんだよ。……消す?」
囁くようにそう言うフィオーネに、ジークは呆れた様子で首を横にふった。
「消してどうする。護衛目標だっつうの」
「……そだった」
ポンと手をうち、納得した様子で頷くフィオーネ。彼女は曖昧な笑みを浮かべつつ、ジークを見上げた。
「守るのは初めてだよ、にーさま。いつもは情報集めたり流したり、後は懲らしめたり消したり」
「まぁ、難しく考える必要はねぇよ。特に何をするわけでもなし。怪しいやつを消せばいいだけの話だぜ、フィー」
彼女の頭にポンと手を乗せ、励ますようにそう言った。
「さー、いえっさー」
それで励まされたのかはわからないが、彼女は嬉しそうにそう言うと、軽い足取りで教室へと入っていく。その背中を見つつ、一人残されたジークは不安顔で呟いた。
「……ホントに大丈夫かよ?」
当然、その問いに答える者はいない。彼は不安げな表情のまま、彼女を追って教室の扉を開けた。
教室の中では、生徒たちが思い思いのところで談笑している。ジークは教室の一番隅にフィオーネを見つけた。どうやら席は自由のようだ。
当たり前の話ではあるが、皆揃いの制服姿だ。上は黒い詰め襟の制服。肩のあたりが厚くなっており、短剣を模した金具の装飾が施されている。襟元には校章。両の二の腕あたりには金輪。男女に違いがあるとすれば、男子は下は黒いスラックス、女子はスカートというぐらいか。今日は式典のため、校則で着用が決められている黒いローブを、その上から羽織っている。
素早く視線をめぐらしてはみたが、教室内に、特に異常は見当たらなかった。いくつかのグループに分かれ、談笑する生徒たち。学生の多くが貴族という学校だから、知人が多いのだろう。騒がしすぎず、静かすぎず。これから見慣れるであろう日常の風景。
それを記憶に刻み込んで、ジークはフィオーネのもとへと足を運んだ。
☆☆☆☆☆
ジークがフィオーネの隣に腰掛けて数分後。教室の前の扉が開き、教師と思われる人が入って来た。鮮やかな紫色の髪。すらりとした長い手足。色白の肌に緑色の目をした女性。その女性は教壇に立つと、手をパンパンッと叩いて皆の視線を自分に向けた。
「皆さん、席についてください。あぁ、空いているところに自由に座っていただいて結構です」
立ち上がったまま談笑していた生徒たちが、慌てた様子で手近な席に腰をおろす。その様を見て満足そうに頷いた女性は、ゆっくりと教室を見渡した後、口を開いた。
「それではまず自己紹介を。私の名前はカナリア・エンフィーです。1Sの担任を務めさせていただきます。これからよろしくお願いいたします」
丁寧に一礼するカナリア。だが彼女の自己紹介を聞いた生徒たちは、ザワザワと騒ぎ出した。
ジークの隣でもフィオーネが目を見張っている。しかしそれは当然の反応ともいえるだろう。何故なら―――
「……『真貴族』のエンフィー家?」
その問いにジークは小さく頷き、フィオーネに囁いた。
「恐らくな。……魔力の色、見えるか?」
人々の持つ『魔力』には色がある。火属性なら赤、水属性なら青といった具合に、その人間の持つ得意な属性に合わせた色である。
フィオーネが目をこらして、カナリアに見た色は―――
「……緑。それも濁りのない色だよ。純粋なる風。そうだ。『エンフィー家』は―――」
「『風』の真貴族。間違いない、あいつは本物の『エンフィー』だ。外に出てる真貴族なんざ、久し振りに見たな」
ジークは感心したように吐息をもらし、目を細めてカナリアを観察する。『真貴族』の四家は、魔術の四大属性と言われる『火』『水』『風』『土』のうち、いずれか一つに秀でているという。
その真貴族の一角である『エンフィー家』、その一族が秀でているのが『風』属性だ。
「どうだ? おなじ『風』として、感想は?」
ジークはフィオーネに、笑いを含んだ声で楽しげにそう聞いた。
「……かなり強いんだよ。体を巡ってる魔力がとても濃い」
「だな。こりゃ、ホンモノだわ。じいさんが自慢するのもよくわかるな。いくらフィーでも、魔術だけでは勝ち目はないな」
面白そうな玩具を見つけたような目でカナリアを眺めるジークの言葉に、フィオーネは不機嫌そうに頬を膨らませた。
「……本当のフィーなら、勝つんだよ」
大好きな兄に馬鹿にされたと思ったのだろう。膨らませた頬と視線は、フィーは起こっていますと強く主張しているし、誉めた対象であるカナリアに対しては、やや嫉妬の色すら見えた。
こちらの想像通りの反応に、ジークはくすりと笑ってしまう。打てば響くような素直な反応は、フィオーネの長所の一つである。
もちろん、ジークとてわかっている。たとえ真貴族が相手であろうとも、この妹が全力を出せば負けるはずがない。だが、今の状態のフィオーネでは勝ち目はないだろう。フィオーネ本人もわかっているのか、そのことに関しては反論していない。
しかし、敬愛する兄の評価が、自分より高いのは気に入らないようだ。こんなところで大切な妹の機嫌を損ねるわけにもいかないジークは、小さく笑ってフィオーネの頭をくしゃっと撫でた。
「わかってる。お前のほうが強いよ」
「ぬぅ。当然なんだよ」
撫でてもらえたことが嬉しいのか、崩れかけた不機嫌顔を維持しながらも、フィオーネの口元がややひくついていた。単純な妹である。
ところで、話をしているのはジークたちだけではない。エンフィー家という真貴族の登場に、何十人もの生徒たちが一斉に喋り出し、教室は騒然となっていた。
その時、再びパンパンッと手を叩く音が教室に響き渡った。生徒たちがすぐさま押し黙りカナリアに視線を戻すと、壇上のカナリアがその端整な眉をしかめながら腰に手をあてている。
「皆さん、静かに。私の生まれなど、どうでもいいことで騒がないでください」
ジークには「どうでもいい訳ないだろ」という周囲の生徒たちの突っ込みが聞こえた気がしたのだが、カナリアには聞こえなかったらしい。平然と話を先に進めた。
「さて、生徒同士の自己紹介は、後々各自で済ませてください。時間に余裕がありません。それでは皆さん、講堂に移動します。入学の式典がありますから、急いで並んでください。順番は適当で構いません」
それだけ告げると、先にたって廊下に出ていった。彼女に促され、生徒たちは次々と席をたつ。
当然、ジークとフィオーネもカナリアに従った。
☆☆☆☆☆
式典の為に見事な装飾が施された講堂に移動し、入学式が開始されてはや一時間。だが、行われる予定の十二項目のうち、まだ二つしか終わっていない。というのも―――
「………諸君らは………………であるから………………よって………………と言う訳で…………じゃからぁ……………」
入学式典のプログラムの三『学院長の挨拶』。壇上ではラグーが大演説を繰り広げている。
ジークはチラリと講堂にある時計を見た。
……ついに四十五分を過ぎたぜ、じいさん。
周囲を見渡すと、座り疲れた新入生たちがぐったりしている。教員たちですら目が座っていた。
しかしそんなことはどうでもいい。今のジークの懸案事項はただ一つ。
「……じーじ、話しが長い。」
となりで眉間に皺を寄せ、ラグーを睨み付けているフィオーネだ。先程から彼女の機嫌は下降の一途を辿っており、いつ爆発してもおかしくはなかった。
「あのジジイはほんっとにどうしようもねぇな」
しかしジークも精神的に疲れていたのだろう。特に何も考えずにこう呟いてしまった。
「ったく、誰かが引きずり降ろせばいいのによ。いつまで話す気なんだ、あのくそじじい」
それはあまりにも不用意な発言。それを聞いたフィオーネの眼がキラリと光る。
「……【纏う風、吹き荒ぶ嵐。我に従いし風の精、巻いて―――」
重ねた両手をラグーに向けて突き出すと、おもむろに言葉を紡ぎ出す。彼女の呪文が何を引き起こすかをすぐさま悟ったジークは、慌てて彼女の口をふさいだ。
「馬鹿、止めろっ。ジジイを天井まで打ち上げる気かっ!?」
「……じーじが悪いんだよ。ふぃーは、もうへとへとなんだよ」
「入学してたったの数時間で暴れんじゃねぇ!!、バーロー!!」
式典中であるため大声は出せない。小声で怒鳴るという大技を行なったジークは、疲れ果てた表情で「もうやるなよ?」と念を押す。
「うん」
あっさりと頷いたフィオーネに、ジークは疑いの目をむけた。
「……今日はやけにあっさり退いたな?」
「だってじーじ、もういないから」
そう言って壇上を指差すフィオーネ。
はっとジークが振り返ると、すでに壇上にラグーの姿はない。視線を移せば、舞台袖で小さく舌をだすラグーが見えた。
「……あんのクソジジイ」
ラグーはフィオーネの魔力に気付いたのだ。
そして彼以外にも気付いている者はいた。そのうちの一人が、1S担任であるカナリア。
「一瞬だけ感じたあの魔力……質のいい『風』でした。ふふっ、今年の新入生は期待できそうです」
彼女は嬉しそうに目を細めて、フィオーネの座っているあたりを見つめていた。
何度読み返しても、やはりひどい文章力。
というか、地の文が台本化し始めているという……
どこかに文章力って売ってないかなぁ……