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天使たちの鎮魂歌  作者: ちゅう吉
道化師
7/8

act:7 入学(前)

 入学式当日。集合時間よりはるかに早く到着したジークとフィオーネは、門の前でこれから通うことになる学び舎を眺めていた。


「……かなり、大きいんだよ」


 端から端までが見渡せないほど広大な敷地。そこには塔のような建物が幾つもならんでいた。そしてその中央に建てられているのは、巨大な石造りの城。そびえ建つその城は、首都の王城よりは小さいものの、その外観は見る者を圧倒するほど荘厳である。

 もっとも、これは平民たるジークたちから見た感想だ。城など見慣れた貴族からすれば、何てことはない建物かもしれないが。


「まぁ……城だな。生徒以外にも教員やら何やらで大勢いるんだしよ。これくらいじゃなきゃ入りきらんのだろ」


 ジークはそう言って、その美しい城を目を細めて眺めた。だが彼の連れの少女は、


「そんなことはどーでもいーんだよ。にーさま」


 城自体には、もう興味がないらしい。景観に見入っていたジークは、そんなフィオーネを横目で睨む。


「……お前、俺に喧嘩売ってんのか?」


「それよりそれより」


 しかし、フィオーネにはそれよりも気になることがあるらしい。彼女は、ジークの羽織っている黒のローブを引っ張っていた。


「ん?」


「結界あるんだよ? どーやって入るの?」


 彼女が門に手を伸ばすと、バチッと音がしてその侵入を阻む。それを見たジークは小さく笑いながら、懐から小さなケースを取り出した。


「学生証が通行手形の代わりになるらしいぜ」


 学生証を握った手をゆっくりと門に近付けると、彼の腕は阻まれることなく門を通過した。


「まぁ、取り出さなくても身に着けていりゃ問題はねぇらしいけどな」


 苦笑して学生証をしまうと、彼はそのまま門をくぐった。そして振り向いた彼は、


 見てしまった。目を輝かせた小さな妹分を。


「おぉっ!! にーさま、見てて見ててなんだよっ」


 飛び跳ねながらそう言うと、急いだ様子で学生証を取り出して。



 振りかぶった。


「えっ?」



 投げた。


「はぁっ!?」


 もちろん特に問題なく通過した。

 

 学生証のみだが。


 それを見たジークは、額を押さえて天を仰ぐ。

 あぁ、わが愛しの妹。お前はどこまで……。

 

「……お前……どうやって入るんだ?」


「あ。……………………エヘヘ」


 フィオーネはポリポリと頬をかきながら、ばつが悪そうに曖昧に笑う。


「エヘヘ、じゃねぇよ。ったく」


ため息をひとつ。地面にかがんでフィオーネの学生証を拾い、土を払った後、フィオーネへと投げ返す。


「ほらよ」


「ん、ありがとうなんだよ」


危なげなく受け取ったフィオーネは、学生証を胸のポケットへとしまった後、門をくぐる。


「んじゃ、いきますか」


「あいあい、にーさま」


 ゆっくりとした足取りで、城まで続く舗装された道を歩きだした。先を歩くジークのすぐ後ろを、小さい歩幅ながら飛び跳ねるようにフィオーネが続く。

 今日は入学式である。沢山の新入生で溢れかえっているはずなのだが、周囲の人影はまばらだ。不思議に思ったフィオーネは、隣を歩くジークに問い掛けた。


「……早く来すぎたみたいだよ?」


「入学式、だけ考えればそうなんだけどな。俺たちは、ジジイに挨拶せにゃならん」


 ジークは首を横に振り、面倒臭そうに言った。


「じーじ? いるのかな?」


「あいつは一応学院長だ。普段はどうか知らんが、今日ぐらいはここにいるだろよ」


「名ばかりでもな」と苦笑するジークに、フィオーネは納得した様子で「ほぉ」と呟いた。




 何か仕掛けでもあるのだろうか。門からかなり離れていると感じた中央の城まで、そんなに時間はかからなかった。二人が巨大な扉の前に立つと、触れもしないのにその扉がギギギ……と音を立てて開く。

 目を丸くしているフィオーネを促して、ジークは中に入った。

 

 中に入って二人が見たのは、巨大なホールだ。天井にはシャンデリアが、床にはカーペットが、壁や柱には様々な彫り物が施されている。

 二人は感嘆の吐息をこぼし、しばらく見入っていた。

 

やがてジークが「さて」と呟いて、周囲を見渡す。


「さっそくじいさんの所へ向かわなきゃな」


 腰に手をあてそう言うジークに、フィオーネがおどけた仕草で敬礼する。


「あいあいさーだよ。でもにーさま、学院長室、わかるの?」


「お前なぁ……」


 深々とため息をつき、彼はフィオーネを見る。


「入学要項ぐらい読んどけ」


「にゅーがくよーこー?」


「『しおり』だ、馬鹿」


 そう言ってジークが向かったのは、壁際に置いてある円柱型の不思議な置物。

 そこに学生証を置いて、


「学院長室」


 すぐに置物から拳ほどの青い球体が飛び出して来て宙に浮かんだかと思うと、フワフワと漂ってゆっくりとした速度で飛んで行く。ジークは学生証をしまいつつ、フィオーネを振り返った。


 彼の視線の先では、彼女が再び目を輝かせていた。


「おおっ!? にーさま、見て―――」

「フィー、もう止めようぜ?」


 優しい声でニッコリと笑うジーク。それが逆に不気味だ。

 フィオーネは慌てて学生証を隠しつつ、ビシッと敬礼した。


「あっあいあいさーだよ、にーさま」




 青い球体の案内で、何事もなく学院長室につく。球体の消失を確認したジークが扉をノックし、二人はその中へと入った。


「オラッ、来てやったぜ、じいさん」


「おらっ、きてやったぜ、じーじ」


 ポケットに手を突っ込んだジークと、偉そうにふんぞり返っているフィオーネのコンビは、扉の前に仁王立ちしている。部屋の奥で何やら書類を片付けていたラグーは、咎めるようにフィオーネのみを見た。


「フィオーネちゃん、そんな言葉遣いはいかんのぅ」


「にーさまの真似」


 偉そうに胸を張るフィオーネ。ジークは無言で制裁を下す。


「ぬぅっ!?」


ジークのチョップを頭にくらい、蹲るフィオーネ。ジークはそれを放置してラグーに顔をむけた。


「ったく。それよりジジイ、何か―――」

「フィオーネちゃんには飴をあげようかの」


 完璧にジークを無視して、ラグーは机を迂回してフィオーネに近付き、どこからか取り出した飴をフィオーネに差し出す。


「ホント?」


「うむうむ」


「ありがと、じーじ」


 幸せそうなフィオーネと満足そうに頷くラグー。無視されるのにたまりかねたジークは、


「コラッ、クソジジイ! 無視すんじゃねぇっ!」


 ラグーはゆっくりと振り返り、嫌そうな視線をジークに向ける。


「五月蠅いのぅ。それで、何の用じゃ?」


「入学式前に挨拶に来い」と呼び出したのはラグーである。このとぼけた老人に対して、ジークはピキリとこめかみに青筋をたてた。


「……一遍死にてぇらしぃな?」


 殺気のみなぎる押し殺したような声である。普通ならば身体が震えだすのを堪えられないはずなのだが、部屋にいる二人は平然としたものだ。


「じーじが呼んだって。にーさまが言ってたよ?」


呑気そうにフィオーネが言い、


「はて?」


ラグーが首をひねる。


ブチッ。聞こえるはずのない音が、ラグーには聞こえた気がした。


次の瞬間、ジークの身体が跳ねあがった。


「生まれる前からやり直せっ!」


空中で回転しての、飛び後ろ回し蹴り。風をきる音さえするほどに鋭い蹴りが、ラグーの頭を狙って放たれた。


……が、


「ほっ! 危ないのぅ」


ラグーは上半身を反らせるだけで、それを避ける。ラグーの目の前に着地したジークは、そのとぼけた老人を睨み付けながら、低く唸るように言葉を発した。


「ジジイ。その頭、かち割るぞ?」


「それは嫌じゃ」


「なら、さっさと思い出せ」


「ジョークじゃよ、ジョーク。用件はきちんと覚えとる」


ラグーはふぉっふぉっと笑う。ジークは舌打ちをして「クソジジイめ」と呟くと、再び扉の前へと戻った。


再び二人並んで扉の前に立つ。すぐさまジークは口を開いた。まだ微妙に怒っているのか、端麗な眉の間に皺がよっている。


「んで? 用件は何だ?」


「うむ、まずは二人のクラスじゃ。二人とも、王女殿下と同じクラスにしといた。そのほうがやりやすいじゃろ?」


本題に入ったことに内心安堵しつつ、ジークは頷く。


「まぁな。だが後できちんと発表されんじゃねぇのか?」


「いや、もうされとる。新入生の家には、クラス分けの紙が配達されるのじゃ」


「ほれ、これじゃ」と二人に紙を渡す。


そこにはズラッと名前が並んでいた。だが二人は、この紙に見覚えがない。


「じーじ、ふぃーはもらってないよ?」


問い掛けるフィオーネに、ラグーは微笑む。


「配達員がジーク家の場所が分からんかったらしくての」


「こないだの報告書と一緒に渡しゃよかったんじゃねぇか?」


首を傾げながら「何か理由が?」と問うジーク。ラグーは「うむ」と一度頷いて、


「忘れてたのじゃ」


真顔でそう言うラグーに、唖然とするジーク。


「は?」


「さて、次の話じゃが」


我に返ったジークは、この老人に再び怒りをぶつけた。


「てめぇ、話を逸らすんじゃねぇよっ」


「時間がないのじゃよ」


不機嫌そうに言うラグーに、ジークはボソッと呟いた。


「いつかシメる……」


当然、ラグーは聞こえないふり。ジーク達に背を向け、「はて、どこに置いたかな」と資料で埋まる机をひっかきまわし戻ってきた彼の手には、二つの箱があった。特に飾りなどもない真っ白な箱である。


「おぬしらの魔力量は強大じゃからのぅ。下手をすれば体調不良を訴えるものが出てしまうじゃろう。それに、生徒は別にしても、幾人かの教員はおぬしたちに不信感を抱くやもしれん。各人かなり優秀じゃからな。年齢にそぐわない実力を、怪しむ者もおるじゃろうて」


ラグーはそう言いながら、二つのうち片方の箱を慎重に開いた。


ジークとフィオーネはそろって箱を覗きこむ。中には小さな指輪が一つ。こちらも飾りなどがない、シンプルな銀色のリング。


「この指輪は体外に漏れる魔力を抑制する魔具じゃ。ワシの特製でな。かなりの自信作じゃ」


そう言って箱を閉じると、ラグーは二人に手渡した。その後、二人に背中を向けると少し早口で語りだす。


「そいつは市販品とは大違いじゃぞ。何故ならのぅ、流れ出る魔力を抑えるのではなく、その指輪自体が魔力を喰らうのじゃ。これなら一般的な魔術師の魔力量と同量に―――」

ビキィッ!!


自慢げに自信作とやらを語っていたラグーの言葉が止まる。恐る恐る振り返ったラグーは、


「わりぃ、壊れた」


悪びれず、むしろガラクタとなった指輪を床に放り投げ、両手の破片をはたき落しているジークと。


「ふぃーもだよ。じーじ、これ欠陥品なんだよ」


可愛く頬を膨らませて訴えるフィオーネ。


らぐーは、顔面を蒼白にした。


「ワッワシの自信作がぁぁっ!!」


ラグーは慌てて駆け寄るが、そこにあるのは砕け散った指輪の残骸のみ。


「わりぃ、じいさん。こんなんじゃ許容量が足んねぇわ」


悲しみに暮れるラグーから視線を逸らしつつ、ジークは謝る。


一方フィオーネは、


「じーじ、欠陥品はいらないんだよ。『じしゅかいしゅー』だよ」


追討ちをかけるようにラグーを責めていた。わなわなと震えるラグーをよそに、彼を責めることに飽きたフィオーネはゴソゴソと自分のポケットを漁る。


「じゃーん。質より量なのだよ」


そう言う彼女の手の平には、指輪が三つ、ネックレスが一つ、ブレスレットが二つ、イヤリングが一組。


全て魔力量を抑制する魔具である。しかし彼女は、これだけつけてようやく人並である。ラグーの魔具一つで済むはずがない。


恨みがましい目で二人を睨みつつ、ラグーはジークに問い掛ける。


「……おぬしはどうするのじゃ? おぬしも大量の魔具か?」


「はんっ。んな魔具に頼らんでも何とでもなるさ」


そう言って目を閉じたジークは、大きく深呼吸。行なったのはただそれだけ。それだけなのに、ジークから感じられる魔力は極端に弱くなった。


ラグーは驚きに目を見張る。


「……おぬし、何をしたのじゃ?」


「秘密だ」


ふふんっと自慢げなジークの脇で、フィオーネが嬉しそうに口を開いた。


「あのね、じーじ―――」

「ひ・み・つ・だっ」


「……だって、じーじ」


「ケチじゃのぅ」


拗ねたようなラグーの視線を介さずに、壁の時計を見る。遊び過ぎたらしい。時間はあまりなかった。


ジークはラグーに視線を戻す。


俺の力(・・・)を知ってるあんたなら、聞かずともわかるだろうが。んで、話は終わりか?」


彼につられたように壁の時計を見たラグーは、「そろそろじゃな」と呟きつつ頷いた。


「うむ。もう集合時間じゃしな。クラスに行くとよい」


それを聞くが早いが、ジークは部屋の扉に手をかけた。


「あいよ。じゃあな、ジジイ」


「バイバイ、じーじ」


慌ててフィオーネも後に続く。


「うむ、イジメに気をつけるんじゃぞ?」


「馬鹿か。できるもんならやってみやがれってんだ」


「やってみやがれってんだぁ」


そう言いながら二人は部屋を退出した。

読んでいただいた方、ありがとうございます。

こんな駄文ではありますが、よろしくお願いします。

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