act5:思惑
この話を書き始めたのが、中学生のころ。
でも、未だに文才は変わらず、厨二満載の内容が思いつくとか。
……悲しくなる。
城を後にしたジークは、その足でギルドへとまっすぐに向かった。内心の不機嫌を隠しつつにこやかにギルドの受付を通り抜け、すぐにギルドマスターの執務室へと到着した。
「ったく、面倒なことになったぜ、じいさ―――」
「にーさまっ!」
いつもとは違い少々乱暴に扉を開けて(周囲に人がいないのは確認済み)中に入ったジークは、突然何かが飛び付いて来た為、言葉を中断した。怒鳴りつけてやろうと思い、正面から首に腕を絡ませぶら下がっている物体に目をやる。
嬉しそうに目を細めてジークの胸に頬擦りしているのは、小柄な少女だ。さらさらとした銀髪のショートヘアー。透き通るような白い肌、パッチリとした大きな目の色は青。まだ幼いが間違なく美少女だ。
見た瞬間にそれが誰か気付いたジークは、たちまちその表情が明るくなった。
「フィーじゃねぇか! こんなとこにいるたぁ、今日は仕事か?」
「うん。今日はほーこく。あとじーじの顔を見に」
嬉しそうに言いながらも、ジークの首にぶら下がり続けている少女。名をフィオーネ・ウィン。ジークの家に住んでいる小さな居候である。
だが、ただの少女ではない。
「【風守】、報告はまだ済んではおらぬと思うが?」
微笑ましい光景に口元に笑みを浮かばせつつ、目を細めてフィオーネを見やるラグー。
【風守】。それが、目の前の少女の異名である。彼女はジークと同じ、『朧月』に所属する凄腕の魔術師だ。……仕草や言動が幼すぎて、とてもそうは見えないが。
兄とのスキンシップに満足したらしいフィオーネは、笑顔のままジークから手を離し、ぴょんッとジークの前に降り立つと、不意に後ろに体を倒してきた。ジークは苦笑しつつ、倒れてきたその体を受け止める。今の彼女は、ジークによりかかり体重を預けている格好だ。フィオーネの身長が140cmほどと小柄なため、彼女の頭はジークの胸元に納まっている。
フィオーネはその体勢のまま、ラグーに視線を移した。
「ほーこくならした。『動く気配なし。ただ不思議な影あり。ちゅーいされたし』なのだ。」
少女は腕を組み、誇らしげにそう言う。彼女をよく知るジークには、その言葉と態度から「褒めて」という無言のオーラが見えた。だが、その報告内容では曖昧すぎる。
再度苦笑しながら、真下の彼女に話しかけた。
「フィー、それじゃわかりにくいぜ? せめて『不思議な影』とやらを具体的に言わにゃダメだろ」
「うむ、もう少し詳しく頼みたいところじゃな」
「ぬぅ……。」
二人に褒めてもらえず、フィオーネは顔をしかめる。顔を見ずとも彼女が不機嫌になったのを察したジークは、困惑気味のラグーに助け船を出すことにした。
「ま、火急の件じゃねぇんだろ? 先に俺の話から片付けてもいいか?」
「……そうじゃな。【風守】のほうはまた後で詳しく話を聞こう」
国王の依頼の件を思いだしたラグーは重々しく頷いた。ジークはフィオーネの体を離すと、ソファに腰を下ろす。その首に、フィオーネが当然のように後ろから抱き付いて来るが気にせずに、ジークは国王から受けた依頼について報告した。
☆☆☆☆☆
「ふむ……。姫殿下の護衛とな。これはまた予想外じゃ。」
一言も口をはさむことなく報告を聞き終えたラグーは、やがて思案顔で呟いた。それにジークは真顔で頷く。
「俺もさ。だけどよ、学院に入って護衛なんて無茶な話だぜ? 下手すりゃ、卒業まで出てこれないなんてことにもなりかねない」
「確かにのぅ……」
「それにだ、今更何かを習うことなんてない。学院なんて大層なとこにも、できれば近づきたくはないんだが」
そう言って肩をすくめるジークに、ラグーはもっともらしく頷く。
「お主にしてみればそうじゃろうな。学術探求の場に近づきたくはあるまい。しかし、ワシとしては嬉しい話でもあるのぅ」
「あん?」
どういうことかと問い掛けると、ラグーは申し訳なさそうに彼を見た。
「今まで、おぬしに子供らしい生活をさせてやれんかったからのぅ。そう考えれば、これはこれでよい機会かもしれぬ」
そうしみじみと呟くのを見て、ジークは一瞬驚いた後、何ともいえない表情をうかべてラグーから視線を外した。
「……『朧月』に空席ができるぜ?」
「構わぬよ。必要とあらば学院からおぬしを呼び出すまでじゃ。実は、アレスト高等魔術学院の長はワシじゃからな。なんとでもなる」
楽しげに笑うラグーに、ジークは嫌そうな目を向け呟いた。
「……そいつは初耳だ」
「当然じゃ。言ったことがないからのぅ」
☆☆☆☆☆☆
これから始まる学院生活を考えて、嘆きたくなってきたジークだったが、ふと妙案を思い付いた。ラグーが学院長ならば―――
「でもよ、それなら逆に好都合だ。」
「何じゃ?」
「フィーも一緒に入学させてくれねぇか?」
「ぬ?」
今までの間、ソファの後ろからジークの首に両手を絡めて抱きつき、その左肩にあごをのせていたフィオーネ。目を細めて幸せそうにしていた彼女は、突然名前を呼ばれてピクリと身動ぎした。
「何故じゃ? フィオーネまで連れて行くことはないじゃろう? お主だけで十分足りるであろうに」
「まぁ、な。依頼に関してだけ言えば、俺だけで足りるだろうぜ。フィーがいれば頼もしいが」
「ならば?」
「だが、こいつを一人にして、何日堪え切れると思う? 俺と離れたら、一日で不機嫌になるようなやつが」
「むぅ……」
「最悪、仕事すら放棄して学院に特攻をかける。冗談ぬきで」
そう言ってフィオーネの髪をぐしゃぐしゃとかきまわす。
「ぬぅ~っ!?」
頭を振って抵抗するも、フィオーネはジークから離れようとはしない。それを見て苦笑しつつ、ラグーは得心がいったという顔で頷いた。
「……確かにのぅ。能力的なモノだけ見れば、かなり優秀なんじゃが……」
「見ての通り、精神年齢が足りてねぇ」
ラグーの言葉を引き継ぎ、ジークはわざとらしく肩をすくめる。
「ぬぅ。ふぃーは大人だよ。れでーだよ。」
真横にあるジークの顔を横目で睨むフィオーネだったが、
「レディーだ、アホたれ」
抵抗むなしく、再度乱暴に髪をかきまわされた。
「ぬぅー」
そんな兄妹の様子をじっと眺めていたラグーは、小さく「仕方あるまい」と呟くと二人に笑顔をむけた。
「わかった。入学書類を用意しておこう」
「サンキュ、じいさん」
「さんきゅ、じーじ」
たちまち嬉しそうな御礼が二重で返ってきた。それだけでラグーは満足だった。
「なぁに、お易い御用じゃ。」
ふぉっふぉっと笑っているラグーが、「さて今後は依頼の担当を組み替えねば」と内心ため息をついていたのには、誰も気付かなかった。
☆☆☆☆☆
それからジークは、今後の依頼の処理についてラグーと話し合っていた。フィオーネはジークの膝枕でくつろいでいる。これから始まるであろう学院生活に話題が移った時、ジークはポツリと疑問をもらした。
「しかし、だ。何度考えても不自然なんだよなぁ……」
「何がじゃ?」
首をかしげながら言うジークは、いつのまにか真顔になっていた。
「じいさん、よく考えてみ? 同じ年頃の護衛を探すったって、何でわざわざ俺なのかね?」
「それは説明をうけたんじゃろ?」
「そうだけどよ。改めて考えてみっと、やっぱり不自然だよなぁってな、思ったわけさ」
そこで一呼吸いれる。膝上のフィオーネの髪を愛しげに撫でながら、ジークはラグーに疑問をぶつけてみた。
「騎士団に若いのがいないってわけでもないはずだ。たかが護衛に何故凄腕を、ってので都合がつかないなら、別に見習いでもいいだろうし。一人じゃ出歩けないほど危険、てわけでもないだろ?」
そう問うジークに、ラグーは頷く。
「加えて、防御結界は王宮とおなじ王国トップクラスっつう話だ。なぁにをあんなに不安がってんのかねぇ?」
最後の方は誰に言うでもなく、呟くように言った。だが近くにいる耳聡い少女は聞き逃さない。
「不安?」
「ん? あぁ、不安っつうか何つうか……。そんな気がしたんだ」
「ふむ……」
「うぬぅ……」
フィオーネがのそのそと起き上がり、ラグーに顔をむけた。ラグーも、フィオーネを見ている。
「ひょっとしたら―――」
「じーじ、『あの話』?」
この少女、ジークにはいつも「精神年齢が低い」と言われている。現にその行動は幼いものが目立つ。だが、一概に精神年齢が低いとはいえない。何故なら、頭の回転はかなり早いのだ。
「ん? 二人には心当たりがあんのか?」
ジークは驚いて、二人の間で視線を行ったり来たりさせた。フィオーネは人差し指を唇にあてる可愛い仕草をみせた。
「にーさま、これは極秘じょーほー」
「ん?」
「おーきゅーの結界、こないだ破られたよ。被害はなかったみたいだけど。だからとっても焦っているんだよ」
「なっ!?」
事も無げに言うフィオーネだったが、その内容はかなりヤバイものだ。ジークは驚愕して目を剥いた。一方、大好きな『にーさま』を驚かせて大満足のフィオーネはといえば、胸をはってかなり自慢げだ。
「エヘンッ」
「……どこのどいつだ?」
慎重に聞くジークにフィオーネは首を横にふった。
「んー、ふぃーは知らないんだよ」
ジークはただ一人の『上司』に確認をとる。
「ジジイ――――」
「事実じゃ。ワシが【風守】に依頼し、得た情報。さらにそれを基にして、【火鳴】にも動いてもらって確かめたのじゃ。間違いはあるまい」
【道化師】、ジーク・ルドナーが戦闘を得意とするように、【風守】、フィオーネ・ウィンにも得意分野がある。それは、『情報収集』及び『情報操作』。『情報』のエキスパート。それが【風守】たるフィオーネである。彼女がジークにもたらす情報なら、まず間違いはない。
だが、それでも。
「簡単には信じられんな」
「事実は事実。今も月華が動いておるのじゃ」
そう言われて、ジークははっと辺りを見渡した。そういえば、ライヒの姿がない。
「あいつまで動かすんか……マジなんだな」
「あやつ以上に『潜入』の依頼を上手にこなすものがおらぬのでな。今は報告待ちじゃ」
ジークは額を押えて俯き、低く呻いた。
「やっぱりありえねぇ。王宮の結界てのは……」
「うん、おーこくで一番だよ」
いつもの調子で頷いたフィオーネに、ジークは顔をあげる。
「だろ? それを破られるなんて―――」
「こないだね、ばーんってなって破られたの。『風』のせーれーが怯えてたよ」
「……」
身振り手振りで『ばーん』を示しながらそう言うフィオーネに、ジークは押し黙った。フィオーネがここまで言っているのだ。その情報に間違いがあるはずがない。
「確か学院も同じ結界だよ。じーじも大変だねぇ」
他人事のように呟いたフィオーネの頭を軽く撫で、ジークは考えてみる。
王宮の防御結界を破るほどの力。これが必ず敵に回るというわけではないが。最悪の事態は常に考慮に入れておく必要がある。
「……冗談じゃねぇぞ。ありゃ、今の俺でも容易には破れねぇ代物だぜ?」
「ん~、ということは。にーさまさいきょー説はなかったということに」
小首を傾げてジークを見る。とても愛らしい。だが、ジークにとってはそれは見慣れた仕草だ。問題は言われている内容。
「なっ!?」
一瞬言葉に詰まる。そんなジークをいたずらっぽい瞳で見つつ、フィオーネは楽しげに続ける。
「いつも言ってる『俺様は世界さいきょー』という看板は取り下げないとだよ。『俺様は世界第二位以下』にへんこーしなきゃ―――」
「どの口がほざきやがるんだ、コラァ!!」
ジークは手近にあったフィオーネの頭を両の拳でぐりぐりぐりぐり。
「ぬぅ~っ!?」
「今のっつったろ? 本気になればできるっつうの!」
手を離して腕を組むジークに、フィオーネは頭を押さえて涙目になりながら睨む。
「プライドの高さなら多分世界さいきょーだと―――」
「まだ言うかっ」
「ぬぅ~っ!?」
再び『ぐりぐり』をくらい、フィオーネは頭を押さえて床に蹲った。
「まぁ、いいさ。取り敢えずは気をつけようぜ。それがマジなら、かなり力のつえぇやつがいやがることになる」
「ぬぅ……いたい……」
重々しく頷くジークの足元で、フィオーネはまだ蹲ったままである。
「いつまでも蹲るな、フィー。学院に行くからには、買い出しやら何やらで忙しくなるぜ?」
「あたまに……深刻なダメージだよ……」
フィオーネが涙目でジークを見上げる。
「死にゃしねぇよ」
「にーさまならハゲてるぐらいのダメージだよ。……というかハゲちゃえ」
「……またやられたいみてぇだな?」
拳を見せるジークに、フィオーネは床に『の』の字を書き始めた。
「……おーぼーだよ、独裁主義者め……ふぃーはいつか……虐げられている人民と共に……立ち上がるであろう……なのだよ……」
「訳わっかんねぇこと言ってんじゃねぇよ」
呆れたジークは、フィオーネを抱き上げると床に立たせる。それだけでフィオーネの機嫌はなおったようだ。嬉しそうにジークのローブの裾を掴む。やれやれと肩をすくめたジークは、ラグーに視線を移した。
「……ったく、前途多難だ」
疲れてため息をつくジークに、それまで微笑ましく眺めていたラグーが呑気そうに笑い声をあげた。
「ふぉっふぉっ、仕方あるまいよ。何か起きるまでは学院生活を楽しむとよい。入学は一ヵ月後じゃ。用意はしっかりするのじゃぞ。」
「あぁ、そうするぜ。フィー、帰るぞ。」
フィオーネの頭をポンッと優しく叩き、ジークが身を翻す。
「あいあい、にーさま。」
フィオーネもラグーに敬礼した後、その後ろ姿を追う。
フィオーネに開けっ放しにされた執務室の扉が、風に押されてゆっくりと動き始める。それはゆっくりとゆっくりと動き、まるでジークの退路を断つかのように、音を立てて閉ざされた
いつも読んでくださってありがとうございます。