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天使たちの鎮魂歌  作者: ちゅう吉
道化師
3/8

act;3 依頼主

『道化師』は踊る。

屍を積み上げ、血に塗れ。

ただ死神と舞踏曲(ワルツ)を踊る


それだけが彼の生きる術。


他の生き方は―――



知らない。



翌日。


ジークは王国の中央部に位置する首都、『アクス』に来ていた。

王国の中心というだけあり、見渡す限り人、人、人、である。



そんな大賑わいの通りを、ジークはゆったりと雑踏に紛れて歩いていた。

いつもの不敵な笑みや鋭い眼光は影を潜め、穏やかな表情である。


活気あふれる町並みを眺め、様々な店を上機嫌に覗いていた彼だが、とある建物の前で立ち止まる。

大小様々な店が並ぶその大通りの中でも、一際大きく歴史を感じさせる古めかしい建物。


少々厳ついアーチ型の門には、クロスした剣のマーク。

そのやや下には、『ギルド』と掲げられていた。



ギルド。


その活動は所謂『請負』である。

人探し等の小さな用件からモンスター討伐等の危険な事柄まで幅広く依頼を受け付けており、人々に馴染みの深い組織だ。

王国の様々な町や都市に支部を持つが、中でも首都にあるこの本部は規模も大きく、所属する者の質も高いことで有名である。


そんなギルド本部の前でその建物を見上げていたジークは、大きなため息をひとつ吐くと、やがてゆっくりと足を踏み出した。


門をくぐり、入口の重い扉を音を立てて開く。

すぐに聞き慣れた喧騒と風景がジークを迎え入れた。


いつも通りザワザワと騒がしく、たくさんの人々が忙しそうに働いている。

依頼をしに来た人、依頼を引き受けに来た人、情報を交換しあっている人、その合間を縫うように飛び回る事務の人。

多くの人々でごった返す部屋の中を、ジークは慣れた様子で歩を進めた。


側を通過した何人もの人々の視線を感じる。

「こんなガキが何故?」という訝しげな視線や、知り合いの親しげな視線、頬を赤らめている女性からの熱っぽい視線等々。


それら全てを無視して部屋を横断した彼は、建物のさらに奥へと続く扉に近付くと、その近くにいた事務員に声をかけられた。


「あら、ジーク君じゃない。久し振りね。元気?」


にこやかに話しかけてくるその女性に、ジークもニッコリと笑みを返す。


「はい。怪我も病気もなく、健康そのものです」


彼が門の前でため息をついていた理由がこれである。

ジークは『正体』を隠す為に、大人しい少年を演じている。

ギルドに来るたび仕草の一つ一つにまで気を使うため、疲れることこの上ない。それでもいつもの乱雑な口調で、何年もかけて作り上げてきた『無害』な印象を崩す訳にはいかないと、常に笑顔で愛想を振りまいているのである。

今も早く会話を終わらせたいと思いながら、柔らかい微笑みを意識して作っていた。


「お祖父様に用があるのですが、奥にいますか?」


「うん。マスターならいつも通り執務室」


そう言って彼女は扉を指差した。


ジークはギルドマスターの孫という『設定』だ。

周囲に疑われないようにマスターに近付くという意味もあるが、彼自身が望んだことでもあった。


「ありがとうございます。それでは、失礼しますね。」


まだ話を続けたそうな女性が口を開くより先に、彼は御礼を言い会釈することで会話を打ち切る。


残念そうなその女性の前を足早に通過すると、廊下へと続く扉をくぐった。

途中で何人もの人々と挨拶を交わしつつ、長い廊下を進み最奥の部屋へと到着した。


周囲の部屋に比べて少し大きめの扉の前で足を止め小さく深呼吸をした後、コンコンッと扉をノックをする。


「誰じゃ?」


「ジークです。お祖父様、入室してもよろしいでしょうか?」


「うむ、よいぞ」


「失礼します」


音をたてずにゆっくりと扉を開き中に入ると、すぐさま後ろ手に扉を閉める。


さて、演技はここまで。

コキッと首を鳴らした後、全身の力を抜き自然体で扉を背にして立つと、何気なく部屋を見渡す。


パッと目に入るのは、大きな机とその前に向かい合わせで置かれた二つのソファ、あとはびっしりと本が並んでいる大きな書棚だ。

相変わらず華美な装飾の少ない部屋。


そこには、年老いた男性と麗しい美女の二人がいた。


大きな執務用の机についている男がギルドマスター、ラグー・ソルト。

白く立派な長い口髭が目立つ老人で、とても穏やかな目をしている。


その後ろに控えている女性が、マスターの秘書官であるライヒ・ネストー。

長く美しい金色の髪の美女で、空色の瞳をもつ優しげな微笑みが魅了的である。


二人を見たジークは、それまで浮かべていた作り笑いとは違う、普段通りのふてぶてしい笑顔になっていた。


「よぅ、じいさん。元気そうで何よりだ。くたばる予定はいつだい?」


ジークは親しげな笑みをうかべながら、開口一番にそう言った。



☆☆☆☆☆



「相変わらず口が悪いのぅ。先程の『お祖父様』と呼んでくれたのとは大違いじゃ。そんなんじゃ嫁の貰い手がいなくなるぞい」


機嫌良さそうに笑うくそじじい――もといギルドマスター。

ギルド所属の者ならば誰もが敬意を払うこの老人の前でさえ、彼の態度は変わらない。


ポケットに手をつっこみ、不機嫌さを隠しもせずにラグーを睨む。


「いよいよ耄碌したか? くそじじい。俺は男だ。んなことも忘れちまうようじゃ、もう先も短いな。後任、探したらどうだ?」


「何を言う。わしゃまだまだ若いぞい」


だがラグーは全く気にしない。

一度思い知らしたろかと思い、ジークの右手が腰元に隠し持っているナイフに向かい動く。


「それより、何か用があったのではないか?」


その言葉に慌てて右手にストップをかける。

危ない。あと数センチでナイフに手が触れるとこだった。


「……この前の依頼の報告。まぁ、問題無し。対象は殲滅。言われた通りだろ?」


「うむ。誰かを後で確認に向かわせよう。まぁ、おぬしがやったのなら間違いはないだろうが、のぅ」


頷くラグーを横目に見つつ、ジークはソファに座り足を組む。


「お疲れ様。コーヒーでよかった?」


この場にいたもう一人、ライヒがすぐさま彼の前にカップを置く。


「ん、サンキュ。何も入ってねぇよな?」


「えぇ。大丈夫よ、あなたの好みはちゃんと覚えてるから。」


そう言ってウインクをする。

そんな彼女を見て、ジークはニヤリと笑う。


「その記憶力をじいさんにも期待したいんだけどな……。歳はとりたくないねぇ、まったく」


「だからワシを年寄り扱いするでない。まだまだそこらのひよっこどもには負けんぞ」


ムキになって言い返すラグー。

身を乗り出す老人を見て、ライヒは苦笑しつつ再びラグーの後ろに控えた。


「ほぅ、どの口がほざくんだか」


「何じゃ。含むところがある言い方じゃの?」


訝しげにジークを見るラグーには目を向けずに、ジークはカップに口をつける。

一息いれた彼は、ゆっくりと口を開いた。


「なぁ、じいさん。依頼についてだけどよ。あの場に集まっている人数を何人と言ったか、覚えてっか?」


「はて? 何人だったかのぅ。」


とぼけるように言い視線を逸すのを横目に見つつ、ジークはすぐさま答えを教える。


「『十人足らず』と。忘れたんならあんたの脳みそは蛆が湧いてると思うぜ? 切開して除去してやるから見せてみな」


「うっうむ、確かに。ワシ、そう言った。だから簡単な任務じゃったろう? いい骨休めになったはず――」

「五十はいたんだけどよ?」


「……」


思わず黙り込むラグーに、ジークはさらに畳み掛ける。


「そういや『連中は幹部会とかで全員丸腰だ』っつう情報も、前もって教えてくれたよなぁ。その事については?」


「そっ、そうじゃ! そうじゃった! 丸腰の敵なんぞ、何人いようがお主の敵ではな―――」


「完全武装でお出迎えだったぜ?」


「……」


「……」


対峙するラグーとジークの間を、沈黙が支配する。

だが両者の様子はまるで違う。


ジークは微笑みながらもすぅっと細められた目がまったく笑っていない。

一方のラグーは、冷や汗を流しながら顔を背けていた。


その沈黙を破ったのは二人のどちらでもなく、ライヒだった。


「何にせよ、無事に帰って来てくれてよかったわ。せっかくの綺麗な顔が傷だらけになってしまったら、みんな大騒ぎするもの。もちろん、私もね。」


ニッコリと微笑みながら言う彼女に、ジークは不満げである。


「何だ、心配するのは顔だけか?」


「だって、あなたを殺せるモノってなかなか想像できないんだもの」


柔らかく笑ったまま言うのを聞き、ジークは苦笑しつつ両手をあげて降参を示した。



☆☆☆☆☆☆



しばらく二人と談笑していたジークは、チラッと壁に目をやり掛かっている時計を見た。

この後の予定は特に無いが、長居してギルドマスターたちの仕事を妨げるのは不本意である。


早々に退散しようと思い立ち上がった。



「さてっと……報告はきちんといれたぜ。何もなければこの辺で失礼しようかね」


わざと大袈裟に一礼するジークにラグーは頷きかけるが、用事があったのを思い出し慌てて引き止めた。


「あぁ、そうじゃった。お主に用事があったのを忘れておった」


腰を折ったままだったジークは、顔をあげてラグーを睨む。


「雑談なんかよりそれのが優先だろ。また依頼か?」


「うむ。それも飛切りのでかいヤツじゃ」


「……」


「そんな嫌そうな顔をするでない」


「ジジイが『飛切り』っつうのはめんどくせぇのが多いんだよ。やりたくねぇなぁ……」


わざとらしく深々とため息をつくジークに、ラグーは苦笑して首を振る。


「残念ながら断ることはできぬよ。ワシの依頼じゃないからのぅ」


そう言って、ラグーは机の上で組んだ両手に顎をのせた。


そんなラグーに対するジークはその紺色の瞳を瞬かせ、不思議そうに相手を見つめ返した。


「……珍しいこともあるもんだ。俺はあんたの部下だと思ってたんだけどよ?」


再びソファに座りなおし、視線をラグーに向けることで先を促す。


「いかにも。おぬしも、おぬしの属する『朧月』もワシの直属じゃ」


もっともらしく頷くラグーに、ジークは眉をひそめる。




ギルド登録者は実力によって、F~A、そしてかなり実力の高い者にはSのランクが付けられる。

ランクが高位の魔術師はその知名度も高く、名指しで依頼を受けることも少なくはない。

だが、ジークのギルドランクはF。

つまり最低ランクだ。

表向きにはジークは『どこにでもいる魔術師』ということになっている。

何よりギルドには登録しただけで、依頼は全てギルドマスターから直接受けているのである。


『魔術師ジーク・ルドナー』を知る者は多くはない。もしかしたらいないかもしれない。


普通なら指名などくるはずがないのだが―――



「依頼主は国王。依頼の相手はワシと【道化師】、じゃ」




☆☆☆☆☆☆



道化師。


その正体は不明。


個人の名か、それとも組織の名か。それすらもわからない。

だが確かに存在する、冷酷無比な暗殺者。

白と黒の不思議な仮面をつけた、惨劇をもたらす死神。


それが【道化師】。


裏の世界で多大なる畏怖とともに囁かれている異名だ。




「ご丁寧にお主の名前入りじゃった。あちらさんには正体が割れておるよ」


《道化師》とはジークを指す言葉。


一瞬呆気にとられたジークだが、すぐに我にかえると忌々しそうに舌打ちした。


「全て知られている、か。さすが王族と言うべきか、ジジイの怠慢を責めるべきか……どっちだと思う?」


深刻そうな顔のジークとは対照的に、ラグーはふざけた調子で頬を膨らませた。


「ワシ、知らない」


「知らないで済むわけねぇよ。『朧月は隠密・暗殺・高位魔族の討伐を担当するギルドの闇。故に隊員の情報は秘匿とする』、そう言ったのはあんただぜ?」


「そうじゃ。表沙汰にはできん依頼を密かに片付ける、それが『朧月』。陛下は組織の存在は知っておるが、隊員の情報までは知らぬはず……だったのじゃが」


ジークの咎めるような視線を受けて、ラグーは困惑した表情になる。


「だとしたら、情報漏洩っつうやつだ。やっぱりあんたの手落ちだぜ、じいさん?」


「わかっとる。異名持ちの本名がバレとるのはワシも流石に驚いた。じゃが、今更手は打てぬ。まさか陛下を消す訳にはいくまい」


そう言って肩を落としたラグーは、机に両肘をつき頭を抱える。


「何のための『異名』なんだか。素性を隠すためだろうに」


ジークは憮然とした態度で腕を組むと、ラグーから視線を外した。


「俺だけじゃなく、他の連中もバレてそうだな。これを知ったら怒るぜぇ、あいつら。【火鳴(ひなり)】あたりは暴れるかもしれねぇ。【蒼姫(あおひめ)】は笑いながらジジイの首を刈りそうだし。【風守(かぜもり)】は……俺が抑えるけどよ。ジジイ、命日が近そうだぜ?」


自分と同じ、朧月に所属する異名持ちの魔術師たちの顔を思い浮かべる。

あいつらならマジでやりかねん……

自分で言いながら彼らの怒れる様を想像し、微かに身震いした。


「マズイのぅ、まだ死ぬ訳にはいかんのじゃが……。ジーク、何とか止めてくれんかの?」


沈んだ表情は消えふざけた調子の戻ったラグーに、ジークもニヤリと笑い返す。


「嫌だね。特に【蒼姫】の双子にゃ会いたくねぇんだ」


「あんなに愛されとるのにか? 贅沢な奴じゃのぅ」


「あんた、眼も衰えてんな。あいつら、会う度に人を氷漬けにしようとしやがんだぜ?」


「一種の愛情表現じゃ。多少歪んではおるがな」


「歪み過ぎだ。この間なんか―――」


「ジーク、話が逸れているわよ。問題から目を背けるのはよくないわ。マスターもです。あまり時間がありません。きちんと説明なさいませんと」


身を乗り出す様にして朧月の同僚について語ろうとしたジークとラグーは、手を叩く音を聞き、二人そろって顔だけ音源にむける。

そこには呆れた様子で腰に手をあてたライヒが、二人を見ていた。


「ちっ……」


「むぅ……」



窘められた男二人が、低く唸り声をあげ、俯く。


しばらくして、肩を落としていたジークが顔をあげた。

その端整な顔に力のない笑みを浮かべ、半ば投げやりに口を開く。


「迷うこともできやしねぇよ。正体がバレてるっつうことはだ。最悪の場合、大量殺人とかの罪で指名手配されてもおかしくねぇ。断るっつう選択肢は初めっからねぇんだ」


「ワシが心配しておるのはじゃ。お主自身の『本当の正体』じゃよ。《道化師》の秘密など、どうでもよい。『あの件』がバレていたら――」


そう言って、心配そうなまなざしをジークに向けるラグー。


「万に一つもありえねぇ。資料は全て消した。力を隠している今、俺と『あれ』を結ぶものなど存在しねぇよ」


だがジークは首を横に振って不安気なラグーの心配を一蹴する。


「まぁ……そうじゃのぅ」


だがラグーはまだ不安そうだ。


再び重たくなった雰囲気を変えようと、ジークは少し明るい声で話を進める。


「それより今は依頼の中身だ。国王陛下は俺に何をお望みなんだ?」


「……知らぬ」


「は?」


「極秘裏に話したいそうでな。直に会うそうじゃ。そのためにもワシが必要な訳じゃが」


(ほぉ、よほどヤバイ内容なのか……。伝言じゃいけねぇっつうことは、大勢には知られたくねぇってこと。他国の要人を暗殺してほしいとかか? ちっ、政治とかにゃ関わりたくねぇんだけどなぁ……)


ジークは小さく嘆息する。

どうやらとてつもない厄介事に巻き込まれそうだ。


「……王宮まで来いってか。俺の身分じゃ王にゃ会えねぇし、ジジイが通行手形だな。随分慎重なこった。なぁ、全くわかんねぇのか?」


「うむ。王宮の秘密主義にも困ったものじゃな」


「呑気に言ってんじゃねぇよ。そういや、何で俺なんだ? 王宮には騎士団がいるだろ。それを理由に断れねぇかな……」


なるべくなら、こんな得体の知れない依頼は断りたい。

しかし、ジークにもわかっていた。

国王が相手なのだ。迂闊な返答は身を滅ぼしかねないということを。


「指名されておると言ったじゃろう。お主の気持ちもわからんではないが……何だかんだ言ってはみたがな、相手が相手だけにのぅ。断ることは、できん」


ゆっくりと首を振りそう言うラグーを見て、ジークは一度目を瞑りもう一度深々とため息をつくと、心を決めた。


「……とりあえず会ってみるか。出たとこ勝負になっちまうが。まぁ、何とかなんだろ」


「そうしてくれると助かる。急ですまぬが、明日でよいかの? 王宮の連中が急かしてきての」


「あぁ、構わねぇよ。……ったく。今日は何だか疲れちまった。この辺で失礼するぜ」


そう言いながら立ち上がるとラグーに背を向け、一度片手を振り扉から退出した。

うひゃ……相変わらずの病気が……

読んでくださってありがとうございます。

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