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天使たちの鎮魂歌  作者: ちゅう吉
道化師
2/8

act2:最凶

最強

其が示すは最も強き者


最凶

其が示すは最も悪しく惨き者




ACT.2 最凶


ランディス王国北部、本日の天気は傘マーク。


 昨日から降り続く雨は止む気配を見せず、それどころかその雨脚は強まるばかり。

このような天気では人々は好き好んで出歩いたりはしないものだ。


 そんな日に、『彼』は人里離れた森にある細い街道で、雨にうたれながら立ち続けていた。


 その服装は黒一色。特に飾り気のない黒い上下の服に、これまた漆黒のコート。手袋も黒なら靴まで黒である。背丈は175cmほどで、細く引き締まった体付き。髪の色は服装と同じく黒。だが、まるで黒い髪に白い絵の具で線を引いたかのように、所々に白色の束がまじっている。


 顔立ちは。不思議な仮面をつけているためわからない。左半分が白、右半分が黒いその仮面には目の辺りに穴が開いており、そこから覗けば『彼』の一部が僅かに見える程度だ。仮面の左目下に描かれた大きな赤い涙がとても印象的である。


 そんな彼が両手に持っているのは二本のナイフ。くの字型に湾曲したククリと言われる種類。刃は40cmはあるだろう、大きなナイフだ。そのククリもまた、刃の先まで黒一色。


 だが黒いのはその『彼』だけだ。


 薄暗い森の中、しかも天候は雨だというのに、全てを覆い隠すことはできない。それ程に強烈な色。


 それは赤。辺り一面の血の色だった。


 『彼』は血の海に立っていた。


 細い道を埋め尽すように散らばる数十の死体。飛び散った血は周囲の木々にも付着し、その惨劇の凄まじさを物語る。むせ返るような血の匂いと凄惨なる光景は、常人ならば吐き気を催すことだろう。だが『彼』は身動ぎもせず、打ち付けるように降り注ぐ雨を全身で受けながら、天を仰いでいた。


 やがて雨音のみが支配していた場に『彼』の声が響く。


「なぁ、いつまで待てばいい?」


 天を仰いだまま呟くように言う『彼』。誰に対してなのか、その声は不思議と響き渡った。


「あいにくと、こっちは暇じゃない。隠れんぼは止めにしようぜ? 時間は誰に対しても有限だ。大切にしないと――――なっ!!」


コートの内側にある小型のナイフを一本指に挟むと、振り向きざまに流れるような動きで放る。それは空気を裂いて飛び、小さな音をたて真後ろの木に刺さった。


「ひぃっ――」


 微かな悲鳴と共に、その木の後ろから音がした。木々の隙間から中年の男が転がり出てくる。その顔は恐怖にそまり、全身はガタガタと震えていた。両手で握り締めている剣を、今にも取り落としてしまいそうである。


「ずっと見てただろ、あんた。一人ずつ仲間が消えてく気分てなぁどうだい? 自分の無力を呪いたくならないか?」


 『彼』はそこで一度言葉を切るが、恐怖で震えている男からは返答がない。しかし答えなど期待していなかったらしく、『彼』はすぐに言葉を続けた。


「最悪な気分だろ? わかるぜ。だけどよ、安心しな。俺も雨ん中で時間をかけるつもりはない。すぐに同じとこに逝けるさ」


 軽い調子だが背筋の凍るようなその言葉を聞き、男は思わず後退りする。『彼』から少しでも離れたいがための行動だったが、男は自分の周囲が死体で埋め尽くされているのを忘れていた。


 数歩もいかないうちに、男はつい先程まで仲間だった者たちの死体に躓き、剣を落として尻餅をついてしまった。


「いかんなぁ……。一人だけ助かろうっつうのは虫がよすぎないか?」


『彼』は呆れたように言い、肩をすくめる。転んだ衝撃で男は我に返ったが、立ち上がることもできず彼を見上げていた。


「たっ助けてくれ!! 欲しいモノは何だってくれてやるっ!! だから―――」


「なぁんにもいらねぇよ。俺はあんたらみたいな欲深い輩とは違うんでね」


 恐怖にかられ叫ぶ男の声を『彼』は遮る。ダラリと下げたその両手に持つククリから、ポタリと血が流れ落ちた。


「さぁて、懺悔の時間といこうか。迎えに来んのは、救いの神じゃなく死神様だが。まぁ、一応名前が神だし許してくれよ」


ピッとククリを振り、流れ落ちる血を飛ばす。そんな『彼』に対する男は、尻餅をついたまま、両手両足をつかい少しずつ距離をとろうと試みる。


「そっそんなことはないだろっ? そうだ、いっいくらで頼まれたんだ? 倍! その倍は出してやる。金でも女でも、何だって盗ってきてやるから―――」

「その辺で止めときな。ったく、随分と斬新なこった。昨今の世の中にゃ、犯罪予告の懺悔っつうのを聞き入れる神様がいるのかね? まぁ、迎えは早まりそうだけどよ」


 早口でまくし立てる男の言葉は、呆れた様子で頭をかく『彼』に再び遮られた。


「くだらねぇ時間になっちまった。さぁて、終幕にしようか? フィナーレに飾る言葉は何だ?」


 ダラリと腕を下げゆっくりと一歩踏み出した『彼』を見て、男は叫びながら『彼』に背を向け、四つん這いで逃げ出した。


「やめっ、助け―――」

「冴えねぇな。独創性の欠片もない。個性って大事だぜ?」


 転げるように逃げ出す男は耳元で呟かれた言葉を聞き―――


「それじゃ。これに懲りたら、次はもうちょっとまともに生きようか」


 周囲に転がる仲間と同じく、物言わぬ死体の一つとなった。


☆☆☆


 全ての血を洗い流すかのように降り注ぐ雨。


 『彼』――ジーク・ルドナーはゆっくりと仮面を外した。


 仮面の下から現われたのは、白い肌。整った顔立ちの美少年だ。まだ若い。15、6といったところだろうか。その黒に近い紺色の瞳は、澄んだガラス玉のように静かな眼をしていた。


 ジークは、両手に持ったナイフをクルリと一回転させ逆手に持ち替えると、腰の後ろに備え付けた鞘に戻す。


 今の彼は降り続く雨にうたれ続けているため、全身がびしょ濡れである。一度頭を振り、髪から滴り落ちる水滴を飛ばすした後、雨粒のせいで肌に張り付く前髪をかきあげ、周囲を見渡した。


 周囲にあるのは森の木々と―――たくさんの死体だ。彼が街道に積み上げた骸は、優に五十を超えている。だがその地獄のような光景を見ても、その瞳には何の感情も浮かびはしなかった。


「つまらん仕事だ。ったく、ジジイが適当な情報を寄越すから、手間取っちまった。追加請求ぐらいはしてやらにゃ、割に合わん」


 小さく舌打ちをしてそう呟く。彼が引き受けた依頼は、『不穏分子数名の排除』である。

明らかに、依頼前の説明と数が違う。後で文句の一つでも言ってやらねば気がすまない。


 そう思いつつゆっくりと死体の間を歩いていたジークは、散らばって倒れている死体たちの中心付近で足を止める。


「このあたりでいいか。後片付けってのは大事だよな、っと」


 ぼやきながら、小型のナイフを取り出して指に小さな傷をつける。すぐに溢れてきた血の一滴を、静かに地面に垂らした後、ゆっくりと目を閉じた。


 右手を前に突出して、その掌を地面に向ける。風もないのに、ジークの前髪がフワリと舞う。その直後、足元が黒く輝き、地面に記号が描かれ始めた。


 完成したのは魔法陣。それは一度輝きを増したかと思うとすぐに消え去り、代わりに地面には漆黒の影が生じた。この場に他の誰かがいれば、震えるほどの寒気を感じたであろう。だが幸いと言うべきか、ここにいる生きた人間はジーク一人だ。


 ジークの足元で生じた円状の影は、その面積を増していき。すぐに付近一帯に広がった。


 ジークは右手を戻してゆっくりと目を開くと、満足そうに頷いて、パチンッ、と。左手で指を鳴らした。


 それを合図に影がグニャリと歪み、もう一度だけ光輝くと。地響きにも似た音を立てて、その上にあるあらゆる物を飲み込み始めた。それは死体だけでなく、草花や木々など。そこに存在した物たちが、ゆっくりと歪みの中へと沈んでいく。半径は五十メートルほどであろうか。中心にいるジークを残し、全てのモノが消え去った。


『闇』属性の魔術、【冥宮の門】。


 その有効範囲内にあれば、万物を消し去ることのできる高等魔術。だがこれだけの範囲を一瞬で消し去ることのできる者は―――魔族、精霊、霊獣といった種族を考えても―――数えられるほどしかいまい。


 まして人には、絶対に存在しない。


 だがそれだけのことをした少年は、いたって涼しい顔をしていた。大量の雨水を吸い重くなったコートを翻す。


「もうここに用はないな。報告は……明日でいいか」


 死体どころか何も存在しなくなった一帯に背を向けて、ジークはゆっくりと森の入口を目指して歩き始めた。

連続投稿 1。

やっぱ、ひどいなぁ……病気が全力全開……

感想、その他、お持ちしています。


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