第8話 Side レア ファーストコンタクト
「・・・?」
あたくしのナイト様は何のことかよく分からないといった風に首を傾げている。きょとんとした様がちょっと可愛い。
それはそうね。順序だてて説明しないと分かるはずもない。もしかしてあたくしは頭のおかしい奴とでも思われてしまったかもしれない。
そう考えてまずは挨拶しようと思ったらジーク含む近衛騎士たちが声をあげながら駆けつけてきた。
「レア様!ご無事ですか!?」
そこまで心配しなくても見たら分かるだろうに、ジークにしては珍しくかなり気が動転しているのかもしれない。
「ええ、こちらの方が守ってくださいましたわ」
「それは・・・レア様が危ないところを助けていただきありがとうございます」
ジークたちが少女の方を向き、右手を自らの左胸に軽く添える。それは騎士が感謝を示すときの動作だった。
「私もバジリスクに撥ねられ地面に叩き付けられそうになっているところを助けていただきました」
クリフは右手を添えたまま少女に向かって深く礼をする。
あたくしからは見えなかったが、そんなことがあったらしい。通りで派手に宙を舞ったクリフに大した怪我がないわけだ。
それにしても騎士が王族や貴族以外にここまで礼を尽くすのはかなり珍しい。
「あっ。落ち人さん、無事で良かった」
少女からほっとしたように声があがる。
「お、落ち人ですか・・・確かに落ちているところを助けられはしたが」
ふふっ、それは確かに落ち人だ。
まるで都落ち|(都を追われて地方へ逃げること)した人を彷彿とさせるような呼び方と、笑顔を引きつらせているクリフの顔が面白くて、思わずくつくつと笑いが込み上げてくる。
「でも、元はといえば私がバジリスクを逃がしちゃったせいだから・・・ごめんなさい」
少女がしゅんとする。
あたくしは少女の言葉に思わず目を見開いた。
あの巨大なバジリスクがこの少女から逃げてたって言うの!?
確かに結果だけ見れば一人で倒してしまったが、暴獣がたった一人の人間から逃げるなんて話は聞いたことがない。
でも確かにもしバジリスクが命に関わるほど危険な存在から逃げていたというなら、いくら攻撃を受けても止まらなかったのには納得がいく。それに何よりこの少女がそんな嘘を付く理由がない。もちろんこの少女の勘違いと言うこともありえはするが・・・。
とは言え、今回のことはこの少女に責任はない。
「あたくしたちも危険を承知で森の近くまで来たのよ。あなたが責任を感じる必要はないわ。リセの竜殺しさん」
あたくしの言葉を聞いてまたも少女がきょとんとする。
「リセの・・・・・・竜殺し?」
「あなた自分が何て呼ばれているか知らないの?ここリセ地方の竜を殺した野蛮で凶悪な悪鬼としてあなたの噂は王都の方まで届いてたわよ?」
「野蛮で凶悪な・・・あっき・・・」
少女はうわ言のようにあたくしの言った言葉を繰り返した。この少女は本当に何も知らないのだろうか。
このようなリセの片田舎から王都まで噂が聞こえてくるなんてよっぽどのことだ。それがまさか本人のいる町中で噂になっていないなんてことはあるのだろうか。
「曰く、魔獣の森で竜を殺した。曰く、食べたパンより殺した魔物の方が多い。曰く、近づく者は皆殺し。ってね」
あたくしは身振りをまじえながら、語り部の如く大仰に語ってみせた。
「でも、竜となんて戦ったことない」
少女は眉をひそめながら答えた。
「それはそうでしょうね。竜なんて討伐してたら今頃国から表彰されてるわ。それにしても噂なんて当てになるのかならないのかよく分からないものね。確かにあなたは竜でも殺してしまいそうなほど強いけど、ふふっ、野蛮で凶悪には見えないわ」
あたくしは思わず笑いをこぼす。
クリフを助け、あたくしを守ったこの少女からは野蛮や凶悪なんて言葉とても想像できない。
「ごめんなさい。自己紹介がまだだったわね。あたくしはレア・ノワール・ローゼンシア。この国の第2王女よ」
「王女様・・・」
「そしてこの者たちはあたくしを守る近衛騎士よ」
そういってジークたちの方に右手を広げる。
「我々の紹介はひとまとめですか・・・」
ジークが渋い顔で抗議してくるがあたくしは華麗にスルーする。
こんなところでジークたち一人一人を紹介していっても仕方がない。
「さぁ、今度はあなたの名前を聞かせてもらえるかしら」
「私・・・私は、カーミラ」
少女は名前を聞かれたことが嬉しかったのか、笑顔で答えてくれた。
少女のような(実際に少女だけど)あどけなさを残した無垢な笑顔で。
やばい。もしあたくしが男だったらその日のうちに父上に紹介していたところだわ・・・。もちろんそんな考えはおくびにも出さずに私は話を続ける。
「カーミラ、素敵な名前ね。実はあたくし、あなたにある仕事をやってもらいたくてここまで来たの」
「私に仕事?」
「ええ、詳しい話はあなたの家に着いてでいいかしら?」
「ん・・・でも私に仕事なんて・・・」
カーミラは自信なさそうに顔を俯かせる。
だけど私は一目見てピンと来た。あなた以上にこの仕事に相応しい人はいないと。
「心配しなくても、きっとあなたにぴったりの仕事よ。さて、それじゃああなたの家に行く前に・・・この死体はどうするのかしら?」
あたくしはバジリスクの死体に目を向けた。
死体からは大量の血が流れ出しており、綺麗に切れた断面からは内臓が見え、正直見ていて気持ちのいいものでは・・・とても気持ち悪かった・・・。
「ん、それはこの魔法石を使えば回収してくれる」
そう言ってカーミラは袋から青色の魔法石を取り出し、握り潰した。
バキンッという音を立て魔法石が粉々に砕け地面にさらさらと落ちていく。
「ふーん、居場所を知らせる魔法石かしら」
「そのようですね、さすがにこれほどの魔物を一人で持ち帰るのは無理でしょうから、その魔法石を目印に回収する商人たちが来る手筈になっているのでしょう」
「それじゃあ、待ってる間に被害状況の確認でもしようかしら」
あたくしは当然無傷だったが、騎士たちの中にはバジリスクの体当たりをもろに受けた者もいる。しかし、さすがに近衛騎士にまで上り詰めた者たちだけあって深い傷に至っている者はいないようだ。
傷を負った者たちは各自魔法を使い、自らを治療にあたる。近衛騎士は守るべき王族が傷を負うことを想定し、治癒魔法の心得がある。とはいえ治癒魔法は神聖魔法に属するため、神官や神殿の騎士たちが使う治癒魔法ほどの効果は望めない。それでも今回はそれで十分だった。
全員の治療が終わり、程なくすると商人たちが大きな荷車を引いて現れた。
その商人たちの中からリーダーらしき人物が近づいてくる。お腹が少し出ていて恰幅のよい、いかにも商人然とした格好だ。
「これはこれは騎士様方、お勤めご苦労様でございます。私ゴールドマイン商会のゲッセンと申します。このような場所でお会いできるとは思いもよりませんでした」
商人はもみ手をしながら低い姿勢をつくりあたくしたちに向かって挨拶にする。
面倒ね、面倒事はジークね。
そう思ってジークに目配せするとジークがやれやれという表情をして、前に進み出る。
「我々はカーミラ殿に用があってここにいます」
「そうですか!我々もカーミラ殿にはよくお世話になっております。相変わらず素晴らしい剣の腕前をお持ちのようで」
そう言って商人はバジリスクの死体を見上げる。
なるほど、どうやらこの男は今までいくつかの仕事をカーミラに依頼していたらしい。
「騎士様もカーミラ殿に何かご依頼を?」
「それを聞いてどうしますか?国家の秘密漏洩は大罪になりますが。それがもし意図せず関わったことだとしても」
「決してそのようなつもりは!申し訳ございません」
「そうですか、ならば我々のことは気にせず自らの勤めを果たすといいでしょう」
「は、はい。それでは失礼させていただきます」
商人に取り付く暇を与えないとは、さすがジーク。これで早いところこの場を後にできるというもの。
商人のゲッセンは恭しく頭を下げるとカーミラの方へ向き直った。
「カーミラ殿、バジリスク討伐ありがとうございます。報酬の方はいつも通りうたげ亭の主人に渡してありますので、そちらでお受け取りください」
「ん」
「それでは私どもはバジリスクの解体に移らせていただきます」
そう言ってゲッセンはすぐに後ろの商人たちに指示を出し始める。
きっとバジリスクの素材はお金になるのだろう。確かにあの皮膚の硬さは尋常じゃなかった。きっといい防具になるに違いない。しかし・・・
「まさか騎士に対して探りを入れてくるとはね」
「彼らからすれば、情報もお金になるのでしょう。そしてそれは国も同じです」
「そうね・・・まぁいいわ。じゃあ、次はそのうたげ亭の主人とやらに会いに行くのかしら」
「ん」
カーミラが頷くのを確認してあたくしたちはその場を後にした。
そしてうたげ亭に着くと、あたくしは信じられない言葉を耳にすることとなる。




