勇者は魔王を倒すまで死ねない
「トッドを勇者とし、ここに宣言する!」
王様からサークレットを授与された瞬間、俺はすべてを思い出した。
お腹に痛みが走る。見ると鮮血と刃物。意識が現実を拒否し、アスファルトに尻餅をつく。手についた自分の血がぬらぬらしている。脳から血の気が引く感覚、悲鳴。救急車の音と、名前を言おうにも声が出せないもどかしさ。
ズキン、頭にヒビが入って顔を上げると、王家の紋章のネックレスを受け取っていた。俺は自動的に自分の首にネックレスをつけると、質問しようと口を開く。
「…………」
(あれ? 声が、出ない)
パクパクと口が開いたり閉じたりと、まるで金魚だ。
「勇者トッドよ、いざ魔王討伐に向かうのじゃ」
[はい・いいえ]
脳内にはイエスかノーの二択。『はい』を選択すると、腹の肥えた装飾過多の王様が笑う。
「その意気じゃ。まずは仲間を集めるためにルーイの酒場へ。そして最低限の武器と防具を『勇者屋』で揃えるのじゃ」
[はい]
今度はイエスしかない。任命されたからこれは拒否できないというのか。俺は不服ながら『はい』を選択し、王城をあとにした。
手には『ひのきのぼう』と幾ばくかのお金。トッドの記憶からすると庶民なら三ヶ月は暮らしていける程度の額だ。
パクパク。口は動くが声が出ない。独り言も、村の人に声をかけるのも叶わないのか。そう思っていたが、村人に近づくと『話しかける』という文字が脳内に浮かぶのだ。
「おお、トッド。いい天気だね」
「ルーイの酒場? それなら西に行った先にあるよ」
何度話しかけても、同じことしか言わない。
トッドの記憶ではこんなに人間味のない村人たちではなかったはずだ。
チャリ、ネックレスが胸元で揺れる。俺はサークレットの中央の宝石を触った。外そうとしても脳内に『それをはずすなんて、とんでもない!』と浮かぶ。ネックレスも同様だった。
(俺はとんでもない世界に来てしまったわけだ)
声が出ないことのもどかしさは、死ぬ前にあんなに経験したのに、今世でもこんな枷をはめられるなんて思いもよらなかった。
(今は酒場で仲間を集めるしか道はないのか)
そう言われたのだ。そうするしかあるまい。
俺は西にある『ルーイの酒場』へ向かった。
酒場というには妙に静かだった。机に向かい酒にも手を付けず、虚ろな目で客たちが佇んでいた。
酒場の店主に『話しかける』と気さくに応じてはくれた。
「勇者トッド、よく来た。ここはルーイの酒場だ。ここで希望する仲間の職業、名前、性別、性格をここに記入してくれ」
は? 名前? そんなものまで俺が決めていいのかよ。いや、あのRPGもそんな感じだったけど。現実にあるとすげー違和感しかない。ていうか、仲間に人権とかないのか……?
『そこにないなら、ないですね』なんて言葉があったっけ。あれと同じだ。俺に選択権があるようで、ないんだ。ないものから選ぶしかない。なので紙に適当な名前と、魔王討伐という長期的目標のために職業を書いた。
タロウ・男・戦士・豪快。
ハナ・女・聖職者・優しい。
ジロウ・男・盗賊・慎重。
……こんなものだろうか。紙を提出すると、店主に希望通りの三人を紹介してもらえた。
「オレはタロウ! よろしくなァ!」
「勇者様と旅ができるなんて光栄ですわ」
「……よろしく」
仲間たちの声に応えるように、俺は握手を交わした。
(やっぱり、もどかしい。というか苦しい……)
『勇者屋』に向かう道中も俺たちは雑談すらない。脳内に浮かぶコマンドもないので仲間とも会話ができないのだ。
みんなヤーパン出身なのかとか、故郷の話とか、どうやって魔王を倒すかとか……。三人とも無表情で一列に俺についていく。
酒場の店主の言葉にも引っかかる。
「職業は転職屋でしか無理だが、名前と性別、性格は変更屋に頼むこともできるぞ」
やはり、俺が勇者になった瞬間からおかしい。みんな人間でなくなったみたいだ。
俺が止まると三人も止まり、進むとついてくる。
それに俺は言葉も出せない状態。表情のないみんなとともに、魔王討伐をしろと王様が命じる。
『勇者屋』と銘打った店に到着した。中に入ると、看板以外は普通の武器屋だった。だが、こんな店は村にはなかったはずだ。
(いつのまにこんな店ができたんだ……?)
誰にも疑問をぶつけられない。頭の中で考えが超高速で回転するも、疑問が散らばるだけで、解決しない。
「そのネックレス……勇者トッドだな? 勇者ならここの武器・防具は安くしとくぜ!」
店主の出した武器の一覧を見ると、展示してある価格より三割引してある。このネックレスがこんなところで役に立つとは。
[なんで安くできるんだ?]
コマンドが頭に浮かんだ。すぐさま選択すると、店主は答えてくれる。
「そりゃ、王様からのお墨付きだ。その名誉だけで他の冒険者には割高でも買ってくれるから、うちはホクホクさ!」
やっとそれらしい会話ができた。その感動だけで涙が出そうだった。この調子で、仲間にもどんな武器がいいかを尋ねてみる。だけど、コマンドは出ない。つまり、会話は不可能だった。
(なんだよ、期待したのに!)
装備したてのブロードソードを振ると、店の中の壺が割れた。
(あ! ごめんなさい!)
しかし、店主はなんの反応も返さない。手に残ったのはツボの中にあったお金だけだ。
俺が無意識に拾ったのかはわからなかった。
「ああ、そうだ。ここに来るのははじめてだろ? それなら、死亡保険の受付もここでできる。これに加入しないと、教会で蘇生できないぜ」
[はい・いいえ]
またイエスかノーに戻っている。店主が壺を割ったことを責めるわけでもない。ただ、この世界の仕組みを懇切丁寧に教えてくれるだけだ。
いいえを選ぶ理由がない。はい、を選ぶと細々とした文字の書類が出てきて、ざっと目を通す。
『勇者は魔王を倒すまで死亡できないものとする』
この一文が妙に頭に残っている。
薬草、ポーション、アクセサリーをみんなに装備すると、店をあとにする。
一時間近く村を徘徊し、同じことしか言わない村人に怒りを覚えた。
(もう、どうにでもなれ!)
ガシャン、村の外にある壺を割りまくる。仲間はなにも反応しない。衛兵が出てくることもなく、村人もその場でウロウロするばかりだった。
手にはお金や薬草。割った分より少なく俺の手にあった。
民家のタンスを開けて、お金やアイテムを盗っても誰にもなにも言われない。
目の前で人が盗んでいくんだぞ? おいおい、ここはほんとに狂っている。俺も相当、頭がおかしいが、咎める人もいないなんておかしいだろ。
(はは、そうか。わかったぞ)
ここは俺がプレイしていたRPGの世界だ。神様がクリアできなかった俺をここに転生してくれたんだ。通り魔に殺された俺を儚んでここに送ったんだな。
そこからの俺は狂人の道を進んでいった。
自分より弱いモンスターからカネと経験値を稼ぐ。
それでも足りないので、街に行って壺を割り、タンスを物色し、いらないアイテムは各街の『勇者屋』で売りまくってカネを稼いだ。
いい装備は自分優先で揃え、仲間にはお下がりの装備。仲間が死ねば蘇生代がかかるので、防具だけはいいものを買い与えた。
死にかけでも薬草はケチり、帰還用のアイテムで街に戻って宿屋でHPを全快し、何度もダンジョンに挑んだ。
仲間の転職、薬草管理、HPやMPの管理と勇者のやることは多い。でもそこに仲間への愛着もなにもなかった。ただ、自分は全体を管理するだけの存在なんだと俺は割り切った。
そしてレベルが九十九になったころに、魔王城に挑むことにした。
(カンストがあのRPGと同じなら、まぁ余裕だろ)
俺は仲間と目を合わせることもなく、魔王城のトラップに引っかかりながらも、ついに魔王と対峙する。
「勇者よ、これまでの旅をここから見ていたぞ」
低く唸るように響く声。さすがに俺も伝説の剣を構える。
「いやー、正直引くわぁ。魔王の我より悪やん。キミ、人間捨てたらアカンて」
……関西弁? に握る手が緩みそうになるが、それよりもタメ口で正論をぶつけられた怒りに柄に力を込め、魔王を一刀両断する。
俺はなんの苦労もなく、魔王を倒した。
人間に平和が訪れた瞬間だった!
王様にサークレットとネックレスを返却すると、凱旋パレードと豪華な食事で俺をもてなしてくれた。
「勇者トッドよ、お前は人類の英雄じゃ! さぁさぁ、飲んで食べてごゆるりと過ごされよ」
「…………」
こくりと頷き、王様の勧めるシャンパンに酔いしれる。
いつの間にか仲間たちは笑顔で談笑している。そこに俺は入らなかった。もう、どうやって声を出すのかを忘れてしまっているのだ。
村の人も以前のように声をかけてくれる。
「トッド、仕事がないなら冒険者になったらどうだ?」
「…………」
「勇者のお前なら引く手あまただろう。というか、なんで黙っているんだ?」
「…………」
「……まぁ、疲れているんだろう。しばらくは休んでな」
涙が出た。
こんなにもいい人たちなのに、俺は喋り方すらわからなくなっている。
しばらくはおじさんの言う通り、休んで声の出し方を探そう。
(あー)
「――」
(こんにちは)
「……ち――は」
(……やっぱり、だめだ。喉が詰まる)
奥がつっかえて、うまく発声できない。
一ヶ月、三ヶ月、半年――一年経っても、俺は声が出せなかった。村人はそんな俺を不気味がり、近づかなくなった。
仕事をするにも声が出せないと不便だ。冒険者になろうとギルドを訪れても、こんな俺を相手にはしてくれない。筆談も拒否されてしまった。
とはいえ、目減りする貯金。明日のパンも買えない……。
俺は村中の壺を割って、カネを稼いでいった。これしか思いつかなかったのだ。モンスターを倒しても声が出ない俺をギルドは相手にしてくれない。
住人の留守を狙ってタンスを漁り、カネを拝借する。宝飾品やアイテムを売ろうと思い、『勇者屋』のある場所に行っても、そこに店はなかった。
そんな生活、長くは続かなかった。
俺は今、処刑台の上で野次馬に罵倒されながら両膝をついている。群衆の中にはタロウ、ハナ、ジロウもいた。
「勇者の頃から変な人だったわ」
「あいつは勇者の風上にも置けない犯罪者だ」
その言葉に絶望はしない。俺は仲間を人間扱いしなかった。そのツケだ。
「元・勇者トッド。器物破損、強盗の罪は勇者時代から数えて三百件にものぼる。なにか申し開きはないか」
「…………っ」
「ならばその罪、その首で償ってもらう」
髪を掴み、処刑人はギロチンに俺をのせる。
民衆のボルテージは最高潮だ。
「俺は! なにも! 悪くない!」
それが俺の最後の言葉だった。




