ぼんやり令嬢は浮気されても我慢する
わたくしペネロピー・サッチは可愛い女の子だと思います。
姿形がという意味ではなく、頭の中身が。
本当に脳内が貧弱で甘くてお花畑で。
だからこそ婚約に舞い上がってしまったのです。
相手はロバート・クレイトン子爵令息です。
大変お顔のよろしい令息で、しかも嫡男でいらっしゃって。
この凛々しいお方が将来の旦那様と考えるとポーッとなってしまいました。
今から考えると浅はか極まりありませんでした。
もちろん婚約は互いの家の当主同士の思惑によって成立します。
格下であるサッチ男爵家の娘をクレイトン子爵家に押しつけた、お父様の手腕は賞賛されるべきなのでしょうけれども。
押しつけられたロバート様は面白くなかったのでしょうね。
わたくしなんて美しくもない脳みそスイーツですから。
最初は全然気付かなかったです。
ロバート様がわたくし達の婚約を歓迎していないなんて。
お茶会やピクニックや観劇デートをすっぽかされても、お寝坊さんなのねとしか思わなかったくらいですから。
貴族学校で親友のナナに言われたのです。
「ねえ、ロバート様は不誠実なのではなくて?」
「えっ? 何が?」
「婚約者のペネロピーには構わないのに、他の女生徒とは楽しそうに喋っているじゃないの」
「ああ、あれは積極的に交流して人脈を作ろうとしているのですよ」
「ええ? それロバート様に言われたの?」
「はい」
「絶対に騙されてるわよ! ペネロピーはぼんやりし過ぎ!」
騙されてるなんて
ナナは大げさなのですから。
「ロバート様は嫡男ですよ? 人脈が大事なのはその通りだと思いますけど」
「バランスがおかしいって言ってるのよ。ペネロピーはこの前もお茶会がなくなったって言ってたじゃないの」
「ロバート様も忙しくてお疲れなのよ」
「だから他の令嬢達との交流で疲れて、婚約者をなおざりにしているわけでしょう? 婚約者こそ大事にすべきでしょうに」
……もっともですね。
ナナの言う通りのような気がしてきました。
「ナナ、注意してくれてありがとう。わたくし全然気がつかなくて」
「もう。でもそういう鷹揚さはペネロピーのいいところでもありますけれど」
「わたくしはどうすべきかしら?」
「問題はそこなのよ。ロバート様がペネロピーを蔑ろにしているのは、明らかに婚約を軽視しているでしょう?」
「やはりそうなのね……」
「迂闊に注意すると生意気だから婚約破棄とか、普通に言い出しそうじゃない? 向こうは家格が上なんだから」
あり得そうです。
婚約が失われることはわたくしに利がないですね。
お父様お母様はクレイトン子爵家の令息との婚約をとても喜んでくださいましたし。
婚約破棄されるとわたくしは傷物となり、以降の婚約が難しくなるということもあります。
「以上を踏まえた上で、ペネロピーの考え方がどうかということをまず聞きたいわね。私は婚約解消もありだと思うけど」
「両親の手前、婚約がなくなるのは困るわ」
「ええ、ペネロピーならそう言うでしょうね。じゃあ我慢するの?」
「仕方ないですものね。辛抱している内に状況が変わるかもしれませんし」
ロバート様が考えを改めることもあり得るでしょう。
何と言っても婚約は子爵様の了承があったから成立したのですもの。
ロバート様も父の子爵様には逆らえないのでは。
「方針はわかりましたわ。じゃあペネロピーのやることは決まったわね」
「何かしら?」
「ロバート様が何をしているかよく観察して、ペネロピーを放ったらかしてこんな不埒なことをしていたのですという、証拠を集めることよ」
「証拠?」
「そうよ。だってペネロピーが何もしなくても、ロバート様から婚約破棄を言い出す可能性は高いと思わない? 今の状況だと」
「そ、そうね」
「じゃあロバート様有責の証拠を集めておくべきじゃないの。慰謝料の額にもペネロピーは悪くないという評判にも関わるのですから」
ナナの言うことは一々もっともですねえ。
その後わたくし達はロバート様の行動をチェックすることになったのです。
が……。
「私、ペネロピーがこんなに辛抱強いとは思わなかったわ」
「……」
「ロバート様に怒ってないの?」
「怒っているに決まっているではないですか!」
ただの交流ではないではないですか。
令嬢と二人きりになっては好きだの愛しているだのと、甘い言葉で誘惑して。
一度なんか口付けの場面に遭遇して、ナナとアワアワしてしまいましたよ。
「相手が一人だったら、まだ理解できるのですよ」
「何人もいるのですものねえ。一人だったら許しそうなペネロピーの考え方もよくわからないですけれど」
「いくらお顔がよろしいからって、どの方にとっても不実ではないですか」
「あんまり怒ってるコメントに聞こえないのですけれど。ペネロピーが一番の被害者なのですからね?」
「まあ我慢しますけれども」
「ええ? ペネロピーはどこまで人間ができているのよ」
人間ができているなんてことありませんよ。
ムカムカしています。
だから勉強が捗ってしまって。
意味がわからないですか?
わたくしは稀に神様にいただくことがあるという異能持ちなのですよ。
怒りを伴っている時に仕入れた知識が定着するという変わったもので。
わたくしこれまでの人生で滅多に怒ったことがなかったものですから、どんなに便利な異能か把握していませんでした。
怒りが持続するということかなあと、ぼんやり考えていたくらいで。
ところがそれだけではなくて、怒り状態で勉強すればするすると頭に入っていくのですよ。
これには自分でビックリ。
次の定期考査は楽勝です。
ロバート様ありがとうございます。
はっ、思わずロバート様に感謝してしまいました。
こういうところがわたくしの悪い部分なのですね。
怒りを持続させないと。
ナナが呆れたように言います。
「ペネロピーがどんなに人が良くても、私は味方ですからね」
◇
――――――――――貴族学校にて。ロバート視点。
婚約成立といえば生涯の伴侶が決まる瞬間だ。
気分の浮き立つものであるべきだろう。
ところがオレの場合はテンションの下がるものだった。
相手がペネロピー・サッチ男爵令嬢だったからだ。
美しいわけでも成績がいいわけでもない、パッとしない令嬢だ。
格上の家ならわからないでもないが、我がクレイトン子爵家よりも格下の男爵家の娘。
正直どうしてという思いだ。
オレの価値がその程度と見られたようで気分が悪かった。
父上とも話した。
『サッチ男爵家の染色技術がうちの服飾事業にプラスだということはわかるな?』
『それはまあ……』
『おまけにペネロピー嬢はロバートに夢中のようじゃないか。ああいう令嬢をもらうのが夫婦円満の秘訣だぞ』
恋をしたい年頃のオレに夫婦円満という言葉が響くと思っているのだろうか?
父上とは価値観が違うと思った。
しかしものは考えようだ。
まだ婚約しただけであって、ペネロピーと結婚したわけじゃない。
オレはモテるのだ。
好き勝手やっていれば、サッチ男爵家の方から婚約解消を申し出てくるだろう。
その後もっと格上の令嬢をゲットできれば父上も文句を言うまい。
だが考えていたよりもペネロピーは鈍感だった。
一向に行動を起こさない。
オレも複数の令嬢と付き合ってみたがダメだった。
見かねてオレに対して意見してきた友人、ドミニク・ウィーラン子爵令息に相談した。
「いや、ロバートがペネロピー嬢を気に入ってないのはわかってたけど」
「ペネロピーだぞ? 全然いいところがない男爵家の娘なんて、婚約を決めた父上に対して怒りしかない」
「そうかなあ? ペネロピー嬢おっとりした淑女じゃないか。性格のいい令嬢だと思うけど」
ドミニクはペネロピーを評価しているのか。
意外だな。
いや、父上と感性が似ているのかもしれない。
「ともかく令嬢をとっかえひっかえするのはやめろよ。自分の評判を落とすだけだ。令嬢方にも恨まれるぞ」
「……そうだな。忠告感謝する」
別れたら別れたで恨まれそうなんだが。
この時急に閃いた。
「ドミニクはペネロピーが婚約者だったら嬉しいのか?」
「嬉しいね。ロバートが羨ましいよ」
「オレの代わりにペネロピーの婚約者になってくれないか?」
「えっ?」
名案のような気がした。
ドミニクはウィーラン子爵家の嫡男だ。
オレと立場が近いから親しくなったという面がある。
ドミニクと婚約者を交代ということだったら、ペネロピーやサッチ男爵家にそう不満はないんじゃないか?
「いや、ロバート。結構無茶なこと言ってない? クレイトン子爵家とサッチ男爵家の信頼関係があって結ばれた婚約でしょ? 共同事業の思惑とかもあるんじゃないの?」
「オレのストレスが限界なんだよ!」
「ペネロピー嬢がロバートのストレスになっているということかい? あんなにホンワカした令嬢が? ちょっと考えられないんだけど」
「ドミニク自身がペネロピーが婚約者でいいのかって聞いてるんだ」
「そうなるならありがたい話だね。うちの両親は反対しないと思う。恋愛主義者で、僕にも自分の気に入った人を見つけてきなさいって言うくらいだし」
だったらオレが父上を説得すればいいだけだ。
家格が下のサッチ男爵家はどうにでもなる。
「ドミニク、御家族にペネロピーについての話をチラッとしておいてくれないか。オレは何としても婚約解消を父上に言い聞かせる」
「わかった。期待してるよ」
◇
――――――――――二ヶ月後、貴族学校にて。ペネロピー視点。
「ねえ、ペネロピーこれは?」
「ダブルミーニングなのよ。『ニワトコ』っていう樹種と『古の』という意味が訳に両方反映されていないと満点正解にならないと思うわ」
「ふうん、難しいのね」
今日はドミニク様とナナと一緒に試験勉強です。
あ、ドミニク・ウィーラン子爵令息はわたくしの婚約者になったのですよ。
おかしな話なのですけれど、クレイトン子爵家、ウィーラン子爵家とうちサッチ男爵家三者の話し合いになりまして。
……要はロバート様がわたくしを嫌がったということなのです。
ロバート様との婚約が解消となり、代わりにドミニク様とわたくしの婚約が成立しました。
ロバート様の不良行為の証拠はたくさんありましたし、お父様も言いたいことがあったはず。
が、ドミニク・ウィーラン子爵令息を紹介してくれたのはクレイトン子爵家なのですよね。
ドミニク様は以前からわたくしをいいと思ってくださっていたのですって。
ロバート様にすげなくされていただけにとても嬉しいです
うまく収まりそうなのに格上の家に咬みつくのもよろしくないということで、我が家からは何も言わないことになりました。
「ペネロピーはすごいな。頭良かったんだね。知らなかったよ」
「いえいえ、とんでもないです」
例の神様にいただいた異能が大活躍なのです。
ロバート様にされたことを思いだして、いつでも怒りを沸き立たせるという技を編み出しまして。
とても記憶力が良くなり、また理解力も上がったように感じます。
インチキのような気もしますが、逆にせっかくの異能を使わないのも怠慢だと思いますし。
わたくしもドミニク様とともにウィーラン子爵家を支えていくのです。
甘えたことを言っていてはいけませんね。
使えるものは使っていかなくては。
「ふう、疲れたわ」
「もう、ナナったら」
「頭を使うと甘いものを食べたくなるね」
「学校ではそういうわけにいきませんから、代わりに二人の甘い話を聞かせてくださいな」
ナナはラブ話が好きなのですから。
でも甘い話と言っても……。
「ごめんね、ナナ嬢。僕も甘い話をしたいのだけれど」
「まあ!」
「まだそんな特別なことがなくて」
「ロバート様にあんなことがあったばかりですものねえ」
わたくしとの婚約が解消されたちょっと後、ロバート様が放課後に髪の毛を剃られて校内の木に逆さ吊りにされるという事件が発生したのです。
ロバート様が何股かした挙句一方的に捨てた令嬢が複数人おり、その共同の犯行と言われています。
ただロバート様のプライドなのか、誰にやられたとは言ってないのですね。
ですから噂以上のことはわからないのですけれど。
元婚約者のわたくしも間接的に関係していますから、行動を控えなくてはならなかったのですよ。
「僕とペネロピーの甘い話はこれからなんだ」
「期待しておりますわ」
「わ、わたくしも期待しておりますね」
「ペネロピーも言うなあ」
アハハウフフと笑い合います。
「ナナは婚約の話とか出ていないの?」
「打診が来ているとは聞いてるのよ。でもお父様が気に入らないみたいで」
「そうか。ミルズ子爵家では完全に当主が決めるんだ?」
「わたくしも最初の婚約はそうでしたよ」
「女に選択権はないのかしら。イライラしちゃう」
「良かれと思って決めても失敗することがあるってロバート様とわたくしの例を出せば、ナナの意見が通るかもしれませんよ」
「そうねっ!」
えっ? 冗談だったのですけれど。
「ちなみにナナ嬢の好みってどんな男性なんだい?」
「顔はロバート様」
「「えっ?」」
「顔だけよ? 今のハゲのロバート様はあんまり」
「……ロバートが決して悪いばかりのやつではないと知ってはいるけど」
「わたくしにはいい面を見せてくださらなかったのですよ。顔以外」
「ごめんね。代わりに僕がしっかり大事にするから」
「あまああああああい!」
うふふ、楽しいですね。
わたくし達はまだまだこれからなのです。
勉強もこれからですけれどもね。
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