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誰がためにヒールを履く -夜を生きる道-

作者: 蘭熊才王

「カツッ、カツッ、カツッ、カツッ」


夜道に響くハイヒールがアスファルトをかき鳴らす音達。

私はこの音が好きだ。

規則的に連なる高いノック音が ”私はここに存在している” と高らかに宣言しているよう。

15cmの高いヒールはスラッとした私のスタイルをさらに際立たせ、白く卵型の顔にキラキラ輝く大きな目、そして私の身に漂う華やかなフローラル系の薫りが、行きかう人々の視線をかきさらっていく。

私は "沙羅"(さら) 、男達を相手に夜の街で生きる一人の女。



昔から負けることが大嫌いだった自分。

残念ながらこれは母の遺伝子を引き継いでいる。


「あの子なんかに負けないでよ! 私あそこのママさん嫌いなんだから!」


意味もなく友達と争わされていた嫌な記憶を思い出す。

おかげで小中高とあまり学校に馴染めていなかった気がしている。

家に居るときは独り親家庭の常でほとんどの家事を担当して、料理もほとんど私が作っていた。

私の料理の腕は母親仕込み。母はもともとは料理人を目指していたけれど、私が生まれたのをきっかけにもっと給料が良い今の仕事についたと聞かされていた。


親元を離れた東京の大学に入ってようやく手に入れた自由。

お金がなく、奨学金でどうにか通ている今の私の城は築20年の4畳半の小さなアパートの一室。

私はこの誰にも縛られない小さな世界に、本当の幸せを手に入れたような気分になっていたのであった。



大学生活も2年目に突入し、授業とバイトの両立に忙殺され、身がくたくたになっている頃。


「キャバクラって興味ない? さらは可愛いからきっと稼げるよ?」


取っているコマが複数重なり仲良くなった凜から話を持ち掛けられたのだった。

私は大学生になったというのにほとんど遊びにも行けておらず、予定を組もうにもお金も時間もどこにもない、殺伐な生活を送っていた。

一方の凜はSNIDELの上品で可愛いワンピースを着こなし、色んな遊びの集まりに参加しているという話をしていて正直羨ましいと思っていたし、颯爽と大学内を歩く姿に憧れる気持ちを持っていた。


「えっ! 凜の様になれるの!?」

「ぷっ、なにそれ~~~~ 笑」

「‥‥‥」


つい本音が口から飛び出て私自身もびっくりして赤面する。

そんなキャラじゃ私はないはず‥‥ないはずなんだけど、バイトと学校を行き来して家には寝に戻るだけという生活というのは本当に心の中をカラカラの砂漠に変えていた。


お金が欲しい! お金があれば余裕もできるし好きなことが出来る!


後から考えればもう少し考えてからの方が良かったんじゃないかとと思うこともあったけれど、その時は飛びつく以外の選択肢を持ち合わせていなかった。

このチャンスを逃せば一生このバイトと学校の行き来が続くとすら思っていた。


――――――


そして初出勤の日。


私は凜に連れられてお店に入店する。ここに来るのは今回で2回目。

お店はこのエリアではそれなりに格のある高級店らしく、私が普段とおっている通りの一角にあるビルに入っていた。

今まで黒いスーツでビシッと決めた男の人が立っているな~ぐらいしか思っていなかったエリア。

こんな身近なところにあったとは!と、初めて面接に来たときはとてもびっくりしたことを覚えている。


そして人生初めて着るドレス!キラキラした綺麗なヒール!

今まで一度もそでを通したことがない煌びやかなドレス達を前に私は少し浮かれていた。


「さら、ヌーブラ持って来たよね?」

「‥‥えっ、うん」

「じゃー向こうの鏡の方で付けてきて。私は自分の準備してるから」


凜はそのまま更衣室を出て行ってしまう。

凜に任せていれば大丈夫と何も考えずにいた自分の愚かさにいまさらながら気付く。

ヌーブラなんて付けたことないんですけど‥‥‥。

一応簡単な説明が書かれていて、説明通りにやってみるもののなんか違う。

何回もつけてははがして位置を微調整するけど胸をうまく盛り上げることができない。

こ、こんな難しいものなの~~!? 泣

私はほとんど半泣きになりながら試行錯誤を続けていた。


そんなとき、既にヘアメイクを終えた、(女の私から見ても)本当に綺麗な顔をした女の子が入ってくる。確かこの店のトップの優里奈さんだ。

一瞬目があいかけて慌てて目を外し下にうつむいてしまう。

私は持ち前の負けん気を発揮し、恥ずかしさで真赤に顔を染めながらヌーブラと苦闘し続けていたのだった。


「あれ? さっき紹介されていた体験の子? 沙羅ちゃんだっけ?」

「‥‥はい‥」

「ヌーブラって初めは難しいよねー 笑 もし良ければ手伝ってあげようか?」


例え同じ女同士であれ、他の人に自分の胸を触れられるのはとてつもなく恥ずかしい‥‥‥。

恥ずかしい、でも助けて欲しい、でも恥ずかしい‥‥‥。

心の葛藤が言葉をすぐに形にすることを妨げてくる。

でもこれ以上自分でどうにかできるとは思えなかった。

もう10分以上このヌーブラと格闘していたのだったから。


「す、すみません。お願いしていいですか?」


顔が真っ赤になりすぎて優里奈さんの顔をまともに見れない。


「かわいいーー笑 このマークの位置に合わせて、ほらこの角度で貼れば一発よっ!」


本当に魔法を使っているように優里奈さんの手にかかれば簡単にセットすることが出来た。


「あとはホックをとめた後、普通のブラみたいに背中から脇のお肉を寄せればもっと盛れるからね~☆」

「ありがとうございます!」

「体験頑張ってね~。分かんないことがあったら何でも聞いてくれていいからね☆」


め、めちゃくちゃ良い人だ~~~!!!

その後も初めての接客でガチガチになってしまったものの、居酒屋のバイトを思い出しとにかく笑顔を絶やさないことだけ守り切り、どうにか初日を終えることが出来た。

黒服のトオルさんにも、


「本当に初めてなの~?! 笑 お客さんからもあの子いいねーって言われていたし向いていると思うよ~。凜さんのお友達だっけ? 次はいつ来れる?」


と持ち上げられ、かなりいい気分になって帰ることが出来た。

もちろんお金をその場でもらえたことも嬉しかったけど、何より店のアットホームな雰囲気と自分が初めて認められたような感覚がたまらなく嬉しかった。

そしてその日のうちにその勢いのまま本入店を決めたのであった。


――――――


「もーなんで! あんな楽しいそうに会話していたじゃない!!」


入店してからもう2ヵ月経とうとしていた。ヘルプに入ったり、フリーのお客様に付けてもらってはいるもののなかなか指名として帰ってこなかった。


私は凜にすすめられた通りポイントスライド制にして地道に稼いでいこうとしている。

ドリンクで0.5pt、場内指名で1pt、本指名で2ptと一ヵ月のポイントが一定数に溜れば次の一ヵ月の時給が上がる仕組みだ。

私はそもそも男の人と真面目に付き合ったことが無いから、どうすれば男の人が喜ぶのかよく分からない。それも自分の親近くの年齢の人にまでなるともう異世界人のようにしか感じない。

今流行のウサギ顔で可愛いとか、色が白くてスタイルが良くて羨ましいとか、よく女友達にヨイショされていたからイケるでしょ!と簡単に考えていたのが良くなかったみたい。

一緒の頃に入った他の新人がもう本指名を2人も捕まえているのを見て秘かに焦りを感じていた時であった。


比較的歳が近くて仲が良い黒服のタクに影で愚痴ってしまう。


「あーもうなんでカラ続きなの! 私ってそんな魅力無いのっ!?」


タクもこの2ヶ月私の愚痴を聞かされ慣れているせいか苦笑しか出てこない。


「うーん‥‥みんな最初はそんな感じだけどね~。あの優里奈さんだって初月はカラだったらしいよ?」

「うそっ! それは絶対うそでしょーーー!!!」


No.1の優里奈さんは優しくて綺麗で気遣いが上手で、私の絶対的な推しになっていた。

私を誘ってくれた凜はこの店の上位ランキングに入っていたんだけど、先月他の店に突然引き抜かれ、何の連絡もなく店から居なくなっていた。

私は優里奈さんに少しでも近づきたくてこの店を意地で続けることが出来ている。

他のバイトも辞めてしまったので今はバイトもこのお店一本。


ここは待機室。

ただひたすら来てくれるお客さんをお待ちするこの時間が本当に悔しい。

店に貢献出来ていないのも悔しいし、何より場内で楽しく盛り上がっているテーブルの声を扉の向こうから聞こえてくるのが本当に嫌。

私はオンナとしての価値を認められていないような気がしてしまう。

高いヒールとドレスだけ着ていても、その価値を証明してもらわないとなにも意味がない!


この日は珍しく優里奈さんと一緒に待機していた。

優里奈さんは顧客ノートを更新したり、LINEで営業かけたり忙しくしていて、私は話しかけるタイミングを持つことができない。

一方の私はフリーのお客様以外ほとんどLINEアカウントを交換させてもらっていないから営業する先もなく待機の時間は本当にやる事が無かった。ただ黒服に呼ばれるまでぼーっとした時間を過ごしていく。


「沙羅ちゃんどう? 調子はあがってきた?」


一通りの作業を終えた優里奈さんが突然私に話しかけてくれる。

私は気を抜きすぎて一瞬誰に話しかけられた分からなかったけど、すぐに意識を取り戻し、優里奈さんに向き直る。

これは私的には結構ドッキドキの展開 笑

この店No.1のあの優里奈さんが私に声をかけてくれるなんて! もう、もったいなくてしょうがない。


「もう、全然ですー。優里奈さんに少しでも近づきたいのに‥‥‥」

「なにそれ~ 笑 沙羅ちゃんならあっという間にランカーになれると思うよ 笑」

「そうだと良いんですけど‥‥‥」


私は憧れの優里奈さんを目の前にしても、ダークサイドに落ちていきそうな重苦しい想いに埋もれてしまっていた。


「んんーーー、今晩ってこの後空いてる?」

「空いてますけど‥‥‥?」

「じゃー、二人で飲みにいこっか!」

「いいんですかっ!?」

「私が誘っているんだから大丈夫 笑」


優里奈さんのアフターを狙っているお客さんは本当にたくさんいて、優里奈さんと一緒に食事を出来るなんて夢のまた夢の様な話だった。

その日は本当に客の入りが散々で、少しだけ早めに閉めた店をあとにし、私達は近場にある安くて美味しい焼き鳥屋で深夜のお疲れ様会を開いたのだった。


『お疲れ様~~~~♪』


よく飲む酒なのにまたまた入れる緑茶ハイボール。店でお客さんと飲むお酒より女の子同士で飲むお酒の方が断然おいしい。


「ぷはぁーーーー」


ついつい出てしまうおやじ言葉。元々は親しみを感じてもらうための営業ワーズだったものがいつの間にか自分の素の言葉として定着してしまっている。


「笑 沙羅ちゃんは本当そのままだねーーー」

「す、すみません。ついおいしくて 笑 優里奈さんは何にしますか? この店、野菜串が意外に美味しいですよ~。私も家で真似しようとしているんですけどなかなか真似できなくてー」

「じゃあ、それにしよっかなー、あと鶏の煮込みと枝豆かなー」

「はいっ! すみませ~~~ん!!」


私達はしばらくは料理をつっつきつつ、同伴で入ったことがあるというおいしい店の話で盛り上がっていたのだった。つい気を抜きすぎて机の下では踵を外したヒールをぶらぶら揺らして遊んでいる。


「最近元気なさそうだったから誘ってみてよかったよー」


優里奈さんが口角を上げた優しい表情のまま、眉をひそめ、声を少し抑えぎみに語りかけてきてくれる。

私は瞬間、全身から顔の表情まで固まってしまう。


「いまだに本指名がついていなくて‥‥‥」

「そっかー、最初のうちだけだと思うけどねー。そのうち自分に合うお客さんが指名を返してくれるようになるよー」

「で、でも今日もこの人とは合いそうだという人と話が盛り上がってんですけど、場内指名すらしてもらえなくて‥‥私そんな男の人からみて魅力無いんですかね‥‥‥」


もともと負けん気が強く、男の人が得意じゃない性格も相まって、男の友人がいることは少なかった。

それでも高校の時は手紙含めて5回以上告白されたことがあるから、てっきりそれなりなんじゃないかと自分では思っていたんだけど、人生3回来るというモテ期がたまたま一度に重なってもう終わってしまったということは無いよね?って思い始めていたところだった。


「あ~タナカ様ね。あの方は特別よ。私も新人の頃ついたことがあったけど、場内指名をもらったことは一度もなかったよー」

「そ、それ以外にもあって! ちゃんと笑顔でしっかりと接客していますし、お客様の話も丁寧に聞いているのに何で帰ってこないのかよく分からなくて‥‥」


最後は酔った勢いもあり、目頭が潤み始めてしまう。


「そっかー‥‥‥ねぇ沙羅ちゃん。お客様がなんでお店に来るか理由が分かってる?」

「それは若い女と仲良くなって、あわよくばってことを狙っているんじゃないんですか?」

「まーそれは確かにあるね 笑」

「でもそれだけじゃなくて、人によって、ワクワクやドキドキを楽しみたかったり、自慢話を聞いて褒めてもらいたかったり、ただ単にワイワイ楽しみたいって人もいたり。色んなお客さんがいるんだよ」

「‥‥‥」


正直そんなの言われてもいう気持ちがどこかにある。私、超能力者でもないし、読心術なんて知らないし。


「笑 沙羅ちゃんはまず、お客様に興味を持つことからだね~。私の顧客ノート見てみる?」


優里奈さんは、自分のスマホを取り出し顧客ノートアプリを開いて見せてくれる。

まずそのお客様情報と来店/同伴履歴の多さに驚かされたけど、なにより一人一人の情報量の多さにビックリする!

これ会話の内容がほとんど書いてあるんじゃないのかと思うぐらいで、見ている私にも「あーこのひと、こういう人なんだー」というのが良く伝わってくる。

そして情報量が多くなる人ほど客単価がぐんぐん上がっていくところに優里奈さんの凄さを思い知らされる。


「男としてどうこうってより、人として、この人どういう人生歩んできたんだろって人間観察のつもりで接していれば色々興味湧いてくると思うよー。私は少なくともそうしているかなー」

「‥‥なるほどです‥‥‥」

「まーそれだけじゃ場内指名止まりだから、この子俺にだけは特別なのかも!って思わせる特別感の演出は必要だけどねー」

「特別感‥‥‥ですか?」

「笑 そっちはもっと先でもいいんじゃない? 私ももっと色んなお客さんを虜にしていかないとね☆ これからもっと競争が激しくなるんだから」

「さー仕事の話はおしまいっ! そういえばこの間ね!‥‥‥」


優里奈さんは女子会でも話の引出しが多くて、誰から見てもとても魅力的な女性だった。

私は特別感と言われてあまりピンと来ていなかったものの、まず顧客ノートの作成だけは優里奈さんに負けないぐらい頑張ってみようと決心したのだった。


――――――


優里奈さんとの飲み会から一ヵ月、今までの寒風吹きさらしだったのが嘘だったかのように少しづつ本指名のお客さんが増えてきて、この間はついに!初シャンパンをおろしてもらって感動したところだった。

アフターに誘われることも増えてきて、最近は自分の会社を経営しているテライ様に誘われて週1~2回飲む日が続いている。テライ様はかなり羽振りが良く、高いシャンパンも簡単に入れてくれる私の大事なお客様。

店の中でもスマートな振る舞いで黒服や他のキャストからも人気が高く、なぜこんな人が優里奈さんからの指名替えで私に入ってくれているかは私自身よく分っていなかった。

それはある日のアフター、夜景がきれいなバーで飲んでいる時だった。


「沙羅ちゃん、俺貢ぐとなったら月50は出すだけの財力あるよ」

「ありがとうございます☆ でもそんな無理しなくてもお店に来てくれるだけでもうれしいですよ 笑」


それは唐突に出てきた話題。

私は不穏な空気を察知して、意味が分からないながらもスルーするように、あえて目線を下に外して静かにほほ笑む。


「そうじゃなくてっ! 俺の専属になれば、店に出なくても、俺の借りた部屋に住むだけで月50は出すってことね」

「それは‥‥愛人契約‥‥ってことですか?」


噂には聞いていたけれど本当にあるとは知らなかった。


「そうそう! 事前に連絡するから週の半分ぐらい、俺のために予定を開けておいてくれれば、他は何やってても気にしないから」


実はもう、この頃には、大学にもまともに行けていなくて、大学を中退するか悩んでいた時だった。この先大学で今の専門を勉強しても、就職して今みたいな給料がもらえるとは到底思えない。

だったらいっそ奨学金という借金が膨れ上がる前にちゃんと週5働いた方がもっとこの先の人生が開ける気がしていた。

今であれば、大卒という肩書で昼職にもつけるありがたみは身に染みるほどわかるものの、このときは目の前のことしか目に入っていなかった。


私が迷っていることを見逃さなかった彼は私の腰に腕を回し、自分の近くに抱き寄せようとしてくる。

その瞬間、私の頭の中で何かがバチンッと光り、身の毛もよだつ嫌悪感が全身を駆け巡る!


「イヤッ」


気付いたときには、両手で彼を押しのけていた。一瞬キャストであることを忘れて、素の自分を出してしまう。


ニヤッニヤッ


彼はそんな私の反応をみて、怒り出すどころか愉しそうに笑っている。

ぞわぞわぞわぞわっ。虫唾が走り、背中の神経を逆なでしていく。

私はそのおぞましさで彼の目を見ることも出来ない。


その日はそれ以上その話をしてこなかったし、手を出してくることも無かったけれど、私はこの人の底知れぬ恐ろしさに触れて、なにか引寄せてはいけないものを引き寄せてしまった恐怖に怯えるしかなかった。


その日以来、彼の来店する頻度が上がって、私はアフターを断る理由作りに頭を悩ませている。

彼は店にとっても太客だし、店にいる限りは私のポイントに貢献してくれるありがたいお客さんなので、指名拒否するには忍びない。彼を切るには私は余りに他の本指名客が少なすぎた。


そんなメンタルガタガタな状態ではあったけど、今日は優里柰さんの卒業イベントだからサボるわけにはいかない。

優里奈さんは六本木の基幹店に挑戦したい!ということでお店と交渉を重ねて円満に辞めることが決まっていたのだった。


店の外から花道までずらーっと並ぶ色とりどりのお祝いのスタンド花。

店の奥に作られたシャンパンタワーブースと色艶やかに飾られたバルーン装飾。


『本日は優里奈さんの卒業イベントにお越し戴きまして誠にありがとうございます。優里奈さんのネクストステージへの挑戦を皆様とお祝いできることを私も大変嬉しく思っております。本日はせひ最後までお楽しみください!』


黒服のトオルさんの挨拶で始まった優里奈さんの卒業イベント。次から次と優里奈さんの本指名客が訪れ、私達もヘルプで大忙しの状況になっている。この店がここまでギュウギュウになるのは見たことがない!

22時を迎え、厳かなBGMと共に照明がシャンパンタワーブースに集まり、ロングスリットの入ったスパークリングゴールドのタイトドレスに着替えた優里奈さんが奥から登場してくる。

お客さんもキャストも黒服も含め皆が笑顔で拍手をして優里奈さんを迎え入れている。

ヘアメも変えていてまるで結婚式のような演出だった。


『このシャンパンタワーはヨシノ様からご提供でございます』


黒服のトオルさんからシャンパンタワー提供者である優里奈さんのエース客の名前紹介が行われる。このシャンパンタワーだけで数百万の売上になっている。


「ヨシノ様ありがとうございます☆ あとで直接お礼を言わせてくださいね☆ ここまでヨシノ様、そして皆さまに支えられて私はこの場に立つことができております」

「今後優里奈は新たなステージへ旅立つことをお許しいただきましたが、ぜひ私の生まれ故郷であるこのお店を、引き続きご愛顧いただけるよう、よろしくお願い致します!」


黒服のスタッフまでもが目に涙を浮かべている。もちろん私も、メイクを落とさないようにハンカチで抑えるのに必死だった。

シャンパンがポンッポンッポンッっと彼方此方で開けられ、専用グラスで作られた7段のシャンパンタワーのトップに、台に乗った優里奈さんがこの世の頂点のにいるかのような最高の表情でシャンパンを注いでいく。

照明に当たってキラキラ輝く優里奈さんの注ぐ金色の泡が、下のグラスに光り輝きながらと流れ移っていく様は、本当に天女が注ぐ天の川のように見えてしょうがなかった。


このあと、閉店までこの騒ぎは続いていった。優里奈さんのお客さんが開けるシャンパンでドンドン全てのテーブルが埋まり、私たちヘルプはひたすらシャンパンを頑張って消費していく 笑

あのテライ様もこの日ばかりは優里奈さんに入って門出をお祝しているのであった。あの特別演出のバルーン内装費はテライ様が出したと聞いている。

私は嫉妬を覚えるよりちょっとした安心感を感じていた。尊敬する優里奈さんの卒業イベントが大盛況になって本当に嬉しい!

後で聞いた話によるとこの店の最高月間売上であるとある4桁を、この月彼女が更新したということだった。


翌日になってもあの興奮に醒めやまず、ちょっと浮足気味になっていたところをテライ様に見抜かれ、結局この日はアフターをお付き合いすることになるのだった。


「優里奈ちゃんの卒業イベント凄かったよね~~」

「ほんと! 優里奈さんは凄いですっ! 私、優里奈さんみたいになりたいと改めて思いました~☆」


アフターはいつものバーで飲んでいる。


「笑 そうなの!? じゃー俺と枕しようよ 笑」


突然浴びかけられるマイナス20度の冷たい塩水。過冷却の液体は衝撃を受け、あっという間に私の気持ちに凍りついていく。


「そりゃーーそーでしょっ 笑 俺いくら彼女につぎ込んだと思ってんの? 3桁後半だよ? やってなきゃ、インポか単なるバカだよねーーー 笑」


そんなことないっ!

優里奈さんはルールも守って、それでもトップセールスを叩きだした凄い人なんだっ!

でもっ、でもっ‥‥普通に考えれば‥‥、あれだけの金額、何の対価もなしに払うのはあまりに変だった。

それにテライ様はもう指名替えされた、言ってみれば元カレみたいな存在。あそこまでする義理は正直どこにもないはずだった。


同じフィールドで戦っていると信じていた尊敬する先輩に裏切られた‥‥‥。

歴然たるこの事実に打ちのめされてしまっている自分がそこにいる‥‥‥。


京都の舞妓さんも水揚げするとき、衿替えの費用を旦那衆に頼み込んで、その身体で出してもらっていると聞いた。


私はいつまで、このなんの役にも立たない処女という称号に操をたてているのだろうか。

いっそどこかの誰かに売っぱらってしまったら、思う存分営業出来て、私の望む売り上げを叩きだすことが出来るのだろうか。

男という生き物はどうして育てる気もないのにそこまで女を抱きたがるのか。

私は、私達を捨てた父という男の存在に憎しみを抱きながらも、どこかにいると信じている理想の男を追い求めることを諦めきれずにいた。


その後しびれを切らしたテライ様は、他の女の子に指名替えをして、その子は店から突然姿を消すことになったのだった。テライ様は出禁になったこともあり、その後お会いすることは無くなった。


―――――――


優里奈さんの一件で、自分の気持ちがピリッとせず売上も低調に推移していて、黒服のタクに「体調でも悪いの?」って心配されている頃だった。


突然、若い女の子の様な顔をした長身の超絶イケメンが店にフリーで現れるという事件が発生する。

接客中のキャストも含め皆の視線がそのテーブルに集中する。

キャストが浮き出し始め、突然の強敵来襲に黒服が警戒レベルを一段上げる。


待機室の中でもその話題で盛り上がっていた。


「みた?みた?」

「見た見た☆ ねー、やばいよねー☆」

「どこの店のホストなんだろうねー。営業かな~♪ 私営業されたいな~♪」


こういう時は性欲全開のお姉さま方ではなく、なぜか私の様な友達営業のキャストにお鉢が回ってくる。

今回も付け回しの黒服から声がかかった。


「沙羅ちゃん、4番テーブルのお客様にお願いします。」

「はい」


テーブルにつく前に、黒服のタクから小声でアドバイスを受ける。


「近くのホスクラ『ミューゼ』のリュウさんで、最近売上悩んでいるらしいから励ましてあげて」

「サンキュッ!」


4番テーブルの向かい側に腰かけるものの、前の子がなかなか離れたがらず、笑顔を保持したまま交代のタイミングを待つ。


「絶対っ!絶対また来てね!! 私もお店に行くから~~」


目からハートビームが飛びまくっている前の子がようやく席を離れる。

そして私の番がやって来た。

どんなにお客様が付くようになっても、イイ男の前ではやっぱり緊張してしまう、それが女の本能。

でもここは私のフィールド! たとえイケメンホストが相手でも負けるつもりはなかった。

自分の負けん気がフル稼働どころか120%稼働して、微笑みをたたえたまま冷静さを失わない!


「初めまして、沙羅と申します」

「リュウです。よろしくお願い致します」


心なしか言葉に疲れがたまっているような気がする。


「今日は無理しないでゆっくりしていってくださいね」

「こんなかぐや姫のような沙羅さんがいて、落ち着いていられる方が難しいですよ」

「‥‥笑 私なんてとてもとても。リュウ様が輝きすぎていて、私まで皆美しく照らしてしまっているんじゃないんですか?」

「はははははは、そうかもしれませんねー。でも沙羅さんはその光に負けぬぐらい光輝いていて、私の輝きがもう一歩届かないことが、とても残念なんですけど」

「すみません、お客様より眩しいキャストで 笑」

「2人でサングラスして話すぐらいの方が丁度いいかもしれませんね」


『‥‥‥ぷっ』


2人でその姿を想像して笑いだしてしまう。


その後営業モードを解いたリュウさんは、それでもとても機転の利く楽しい人で、キャバ嬢とホストの営業方法の違いとか、近くにあるウサギカフェの話とかで盛りあがっていた。

話は全然尽きなかったけれどあっという間にセット時間となり、延長も指名もされずそのまま帰って行ってしまったのだった。


その後何度か店に行ったキャストを指名しに来店されることがあったけど私はそのテーブルにつく機会はなく、LINEで細々と近況報告止まりの内容をやり取りしていた。

てっきりLINEで営業されるのかな?と警戒していたのだけれど全くの肩透かしで、ちょっと残念な気持ちを抱えているのも事実だった。



とある休日の日、ESPERANZAの厚底パンプスが欲しくて、家の近くのデパートでショッピングを楽しんでいた。

店先でお目当ての品物がないか吟味していたら、突然後ろから誰かに声をかけられる。


「あっ沙羅さん! あー良かった! ここに居たんですねーーー」

「えっ? えっ?」


振り返って目に入ってきたのは、サングラスをかけた長身の男の人。

私は知らない人に話しかけられて少し混乱していた。お客さんの顔をいくつか思い出してみたけど目の前の人に当てはまる人は見つからない。


「LINEで今日お買い物をするって言ってたから、この街中探し回っていたんですよ~☆」

「えっ!? あーーー!! もしかしてリュウさんですか!?!?」

「そうです!そうです!ほらっ」


サングラスを下にずらした顔はプライベートモードのリュウさんであった。

清潔感のある白シャツにカジュアルブランドのシンプルなダークブルー系パンツ、店で見るビシッと決まった格好と違って新鮮味がある。

コロンもいつもの甘い系ではなく、ほのかに香る爽やかなシトラス系の香り。


そのあとリュウさんに絆され、そのまま一緒にショッピングすることになったのだった。


「その服可愛いですね~、沙羅さんの色に合っていると思いますよっ! 男受けもばっちりです☆ 俺の心が証明してますからっ」

「あーそうそう、この間話していたウサギカフェ行ってきたよ~~~! 俺もウサギほしいかもっ! でも結構家を離れる時間が長いから心配なんだよね~。沙羅も同じ? あっゴメン、呼び捨てで呼んじゃった☆ 改めて、沙羅って呼んでいい?」


あっという間に距離を詰めてくる。私はリュウの笑いの魔法にかかったかのように、ケタケタ笑いまくっていた。

歩き疲れた私達は、街中にある芝生が広がっている公園で休憩することにした。リュウは目立つし、どこにお客さんが居るか分からないのでサングラスを外すことは出来ない。

それでも心なしかホッと一息をついてボーっと遠くをぼんやり眺めている。


「疲れた? 笑」


私は彼のニキビ痕一つもないきれいな横顔を見ながら問いかける。


「うん、疲れたぁ~~~ 笑」


サングラスで目は見えないけどそれこそ子供のような無邪気な声で答えてくる。


「しょうがないな~~~ 笑 はいどうぞ!」


私は彼の手を引いて自分の太ももの上に彼を寝かせる。

彼のサングラスを外してあげて、自分のバックからハンカチを取り出し彼の顔の上にかけてあげた。


「笑 いい香りがする~~~」

「そのまま、ゆっくりしてていいよ~~」


初夏の夕方特有の生暖かい風が二人が腰かけたテラスを吹き抜けていく。

子供たちのきゃきゃっ楽しそうにはしゃぎまわる声が公園を満たしている。


「ねえ、これって『営業』? 笑」


ハンカチの下からくぐもったリョウの声が聞こえてきた。


「リョウの方こそ今日の演出って『営業』なの? 笑」


そのまま二人とも何も話さない。

夜の世界に住む人の間にだけ通じる、言葉にしてはいけない何かがあるような気がしていた。


「‥‥‥最近ちょっと疲れていたんだ。売上あがんなくて」

「でもこれ以上女の子抱えるキャパは俺にはなくて。変な話、女の子にこれ以上負担を強いることにも俺自身納得できてなくて。でもやっぱランキングをあげて先輩たちに追いつきたくて」


なんか、私と同じだな‥‥‥。

ぐちゃぐちゃな気持ちのまま、目の前の現実と自分の欲はそのままあって、何に悩んでいるかもよく分からなくて。


「そんなとき沙羅に会って、あーこの子同じだー!って勝手に思っちゃったんだよね 笑」

「それって私が伸び悩んでそうな顔をしてたってこと~? 笑」


ちょっとだけ声のトーンを落として抗議の声を作ってみる。


「だって黒服の人にも言われたし 笑」


黒服!? タクか~~~っ! キャストのプライベート情報漏らすのは御法度でしょーが 笑

まさかタクに両方仕込まれていたとは想像もしていなかった 笑

今度出勤した時にしっかりしめる! じゃなくてお礼を言っておこう 笑


そして人生初めての恋人はホストという超ハードモードな生き方を爆走することになったのである。


――――――


「ガチャッ」


家のドアを開けると自動で明りがつき、玄関の先に真っすぐ続く綺麗な廊下が見えてくる。

私はR&Eのハイヒールをその場に脱ぎ捨て、ふらふらしながら廊下の先にあるリビングルームにある高級ソファーに倒れこむ。

壁一面に広がるガラス窓からこの街の早朝の風景が目に入ってくる。

私はこの太陽が昇る前のこの一瞬が一番好き。

そのためにタワーマンションのこの部屋を借りていると言っても過言じゃない。


東に見えるビル群の窓がくすんだ水色からオレンジ色に変わっていく。

気温も大分下がってきてほんのりと朝もやがかかっているような気がしていた。

あーそういや最近料理作れてないなー。

芋煮作ってあったまりたいな~。


大学の頃から住んでいた4畳半の部屋はリョウと同棲するときに引き払い、今は独りでこの部屋に住んでいる。

大学を辞めたことがばれた時は水商売で働いていることもバレ、母とはそれは壮絶な喧嘩になった。

母にはまだ許してもらっていないけど、私も許してもらいたいとも思っていない。私の人生だもの。


リョウとは8ヶ月近く続いたと思う。

最初の頃は楽しかった関係も、お互いに仕事にちゃんと向き合うようになってからは徐々にすれ違うことが増えてきて、それでもどうにか修復できないか最後の最後まで私は粘ってしまったけど、結局別々の道を歩むことを2人で決めたのだった。

今彼は、この街のどこかでエースの子と同棲していると聞いている。

別れる直前はなかなか顔を合わせて話すことも出来なくなっていて、いっそ彼の店にでも行ってやろうかと思い押しかける準備まで進めていたものの、慌てた彼に止められ、結局ホストクラブは未体験のまま終わってしまった。


彼と別れてからはより一層仕事に打ち込むようになって、ここ半年はついに店のトップをキープし続けていた。


最近優里奈さんのことをよく思い出す。

彼女が見ていた景色はこういう景色で、こんなにも色んなものをかなぐり捨て、それでもそこにしがみつきたくなるほど魅力的なものだったとはあの時は思いもしていなかった。

皆が沙羅をナンバーワンとあがめ、ありがたがる。

沙羅がちょっと気まぐれを起こすだけでそれをフォローする黒服、特別なことをしてもらったと喜ぶ客、そして妬みと恨めしさと憧れの混ざった目で見つめる他のキャスト達がいる。


2年ちょっとしか在籍していなかった大学の奨学金は繰上返還済みで、目標としていた金額も優に達成できていた。

私がそれでもこの仕事を続けていた本当の理由は何だったのか自分でもよく分かっていない。ただここが人生最高の自分の居場所だったことは間違えなかった。


そうだとしても私はいつまでもこのゆでガエル環境にとどまり続けるつもりはない。

客が求めているもの所詮若い女というドールで、そのドールを家に持ち帰えって大事に扱う訳でもなく、飽きたらその場で捨てて新しいドールに飛びついていく。

男達に今更何かを期待してもしょうがない。

私達はそれだけの対価もいただいているし、それだけの価値を持っていると自負している。

でも悲しいかな、その価値は若い時にだけ与えるボーナスチャンスということみたいだ。


とあるフェミニストは、私達が誇りをもって働いていると思うことこそが既得権益を持つ男たちの戦略で、弱者である女達が本当のところ傷付き悲しんでいる仕組みを残すべきではないと言っていた。

私は気付かないうちに身体中痣だらけになっていたとして、若い女というただ自分が生まれ持った属性を活かし一発逆転できる場があるのであればそれを残すべきだと思っている。

頑張れば金持ちになれる世界は、正しく頑張らねば金持ちになれない世界で、私はその正解から落ちこぼれた人間。

本当に私のことを男社会の歪みが()んだ被害者と思うならあなたがまず私に課金して救って欲しい。

役に立たない男性性攻撃なんて何の価値もない。男なんかではなく私達を見て欲しい。


もちろん私が女という性を貶めている業を背負っていることは理解している。

だから女というコミュニティにも男というコミュニティも交わず、夜とか元夜というコミュニティの中で私は生きながらえていく。それが夜職に就いたものの運命なのだから。


沙羅は明日この店を卒業する。



挨拶はなにかとサポートしてくれた黒服のタクにお願いした。彼もいつの間にかこの店をまわす中核メンバーになっている。


『本日は沙羅の卒業イベントで当店にお越しいただきありがとうございます。彼女が入店した時から知っておりますが 笑、彼女ほど驚くべき変貌を遂げたキャストは今まで見たことがございません』

『これはひとえに本日をお集まりいただいたお客様のご支援、ご愛顧、そして何より本人の類いまれなる努力の成果だと、私は確信をもって皆様にお伝えしたいと思います。彼女の実直な性格にひかれファンになった方も多かったと存じます。私も皆様と同じファンの一人です 笑』

『本日をもってキャストとしては一区切りになりますが、これまで彼女をご支援いただいた大切なお客様方と一緒に、彼女の門出を祝えること、スタッフ一同大変光栄に思っております。それでは本日は最後までごゆるりとお楽しみください』

『あっあと! 引続き当店のご愛顧の方もよろしくお願いします 笑』


あいかわらずどこまでわざとなのか分からないタクであった 笑

目に浮かびそうになった涙をハンカチで抑える、

本当に今までありがとう!


二日間に渡る卒業イベントは最後まで私らしくがコンセプトだった。

5段のシャンパンタワーを二基設置したものの、誰か一人にお金を出してもらってシャンパンを入れてもらうということは無い。来てくれたお客様がそれぞれ入れてくれたシャンパンを注いで鮮やかなシャンパンタワーを作り上げていた。


「アルマンドってこんなにおいしいんだね☆」

「おぅ、俺が入れたシャンパンだからなっ! 君もこれぐらい入れられるように頑張りなよっ!」


細客のお客さんが、太客のお客さんが注いだアルマンドを拝借して味を楽しんでいる 笑

お客様同士の交流があちらこちらで起きていて友達営業の沙羅としては役割果たせりの感が凄くある。

私のために誰か一人が過剰に演出したり過剰に負担する必要がない、皆がそれぞれの範囲で出来ることをする、私の作り上げたかった世界がそこにあった。

それでもその月の月間売り上げは優里奈さんを抜いて史上最高額となり伝説となったと聞いている。


そして最期の日にはリュウが来て私のオリシャンを入れてくれた。


「沙羅にはだいぶ先を越されたな 笑 俺も今の店ですぐにトップ張るから見ててくれよなっ!」

「笑 報告楽しみにしているからねっ♪」


そして沙羅はヒールを履くことを辞めた。


――――――


沙羅が辞めてからも夜の街は新陳代謝を繰り返し、新しいお客さんを呑み込み、その営みはいつまでも続いていく。


新人の早由良は初めての同伴にドギマギしていた。

お客様から店は任せると言われて先輩に相談してこの店を予約することにした。

路地裏の隠れ家的なお店で、先輩から初めてならこの店が一番と言われたのだった。

先輩に教わった通り待ち合わせの時間より5分早く店につき、のれんを潜り抜けドアを引いてお店に入る。


「チリンチリンッ♪」

「いらっしゃいませ~~~♪」


若い店員さんの可愛らしい声が店内に響く。この店はおばんざいが有名でカウンターやテーブル席もあって同伴にはぴったりという話だった。値段はさほど高くなく、雰囲気も味も良いのでオススメとのこと。


「あの~、予約した鈴木早由良ですけど~」

「あー、理沙ちゃんの紹介ですね! 奥へどうぞ~」


先輩の名前が呼ばれ、奥のカウンターへ導かれる。

奥へ進むと大きな調理場を一枚板で作られたカウンターが囲っており、カウンターの上には和食には珍しく、シャンパングラスやワイングラスがぶら下げられていた。

壁側にもはテーブル席が複数並んでいる。


カウンターの向こうでは若い女将さんがかっぽう着姿で忙しそうに料理の仕込みを行っている。


「ごめんなさいねー、入り口までご案内に伺えなくて。お水出しておきますね~」


その女将さんは満面の笑みを浮かべながら、仕掛中の料理の手をとめて、お水を出してくれる。


「お奨めはこれとこれで、お客様の好みに合わせてこちらで適当に変えることもできるので言ってくださいね~。女の子向けにはアルコールも控えめにすることもできますので~」

「あっ、はい!」


とっても感じのよさそうな女将さんで安心する。それにしても綺麗な女将さんだ。


「では、頑張ってくださいっ☆」


奥の方から女将さんそっくりな年配の女性が顔を出し女将さんに仕込みの確認をしてくる。


「さらーーー、ねぇー、このビール樽今そっちに持って行っていいー?」


女将さんは苦笑して謝りながらその年配の女性に指示を出していた。


「うるさくてごめんなさいね~」

「も~お母さん! それは後で良いって言ったじゃーん。それよりおでんの仕込みお願いね~」

「はいはい~♪」


「チリンチリンッ♪」


その時入口のドアが開いて鈴が鳴る音がする。


「鈴木早由良さんの名前で予約していた連れですけどー」

「はーい♪ すでにお待ちですよ~、奥までどうぞ~~」


よしっ! 私は改めて気合を入れる。

絶対私の虜にするんだから~~~っ!


早由良は自分のヒールをかち鳴らし、戦闘準備に入る。

この街の夜はまだまだ始まったばかりであった。

とある実在の方の楽しいお話にinspireされて作った作品です。

その方とは関係ないfictionも半分以上入っていますが、創作意欲をかきたてていただいたお礼を、改めてこの場を借りてさせていただきます。

本当にありがとうございました~。

書いていて楽しかったです♪

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