【第3話】銀の葉と、介護のお値段
「優一くん、米が、もうないぞい」
ゴルムが穀物袋を振ってみせる。中はほぼ空だった。
「肉もあと少しねぇ。あたし、ミルダの魔法でなんとか増やせないか試してみたけど……腐ったわ」
トゥリルばあちゃんが苦笑する。
(……ついに来たか、運営費の壁)
異世界に来て約一か月。施設運営は順調に見えたが、食材や薬草、布、薪、掃除道具――日々の消耗品が底をつき始めていた。
優一は村の市場に走った。
店先に並ぶのは見慣れぬ通貨、「銀の葉」と呼ばれる木の葉の形をした硬貨だった。素材は柔らかい金属で、表に精霊の紋章が刻まれている。
「これ、どこで手に入れるんですか?」
市場の店主が笑った。
「働いて得るんだよ。冒険者は魔物退治、職人は加工品、農民は作物。あんたは何ができるんだい?」
優一は答えた。
「介護、です」
店主の顔が固まる。
「……は? なんじゃそりゃ。高齢者の面倒見るだけで金もらえると思ってんのか?」
(そっか……この世界じゃ“介護”は、仕事として認識されてない)
優一は、言葉の重みを噛みしめた。
だが、手は止めない。村人たちに頭を下げ、セカンドリーフでの活動を“仕事”として売り込んでいく。
まずは「マッサージ屋」を開設。介護の一環で培った手技を活かし、肩こり・腰痛に悩む村人に施術。
「おぉぉ……腰が、のびるぅ……!」
「これ、癖になるぅ……銀の葉、出すわよ!」
次に「出張おむつ指導会」。噂の“魔法おむつ”を使った衛生・失禁ケア講座を村の広場で開催。
さらに、入居者たちと手作りした“スライム石けん”や“介護草茶”を販売。
売り上げはわずかだったが、確かな“対価”として銀の葉が手に入った。
そんな中、村長から呼び出しがかかる。
「神田くん。どうやら噂が広がって、隣のガンメル村でも“高齢者を預かってほしい”という声が出てきた」
「……でもうち、もう定員ぎりぎりです」
「なら、増築してみてはどうかね? 村の“福祉支援基金”から、少しだけ資材が出せる」
「え、そんな基金あるんですか?」
「昔は誰も使わなかったんだがね……君のおかげで活き始めたよ」
その言葉に、優一は思わず苦笑する。
(異世界で“福祉予算”って単語を聞くとはな……)
夜、焚き火のそばで帳簿を広げながら、優一はふと立ち止まる。
「……俺、帰りたいのかな」
この世界には携帯もない、SNSもない、テレビも、コンビニもない。
けれど、誰かが「ありがとう」と言ってくれる場所がある。
「……もう少しだけ、ここでやってみようか」
手元には、銀の葉10枚と、今日の売上を書き込んだ紙。
異世界でも、帳簿と心は軽くならない。けれど――
「誰かのために動いて、報酬がもらえる」
その実感だけが、今日も彼を支えていた。
次回:「夢の中の声と、転移の痕跡」
優一が見る奇妙な夢の正体とは? 異世界に来た本当の理由が、少しずつ姿を見せ始める――
第3話までお読みいただきありがとうございます。
少しずつ施設の様子や、登場人物の関係性が見えてきたでしょうか。
介護の現場では、毎日が“普通のようで特別な時間”の連続です。
洗濯、食事、移動――そのすべてが、人生の一場面になることがあります。
異世界という舞台を借りて、そんな“日々のかけがえのなさ”を
ほんの少しでも感じていただけたら嬉しいです。
次回は、ちょっとしたトラブルが、誰かの成長のきっかけになる……
そんなお話になる予定です。どうぞお楽しみに!