【第1話】異世界転移と、福祉の種
目を覚ました優一は、見知らぬ森の中にいた。
「……また腰、やっちまったか……?」
確か、転倒しかけたおばあちゃんを支えようとして足を滑らせた。その先の記憶はない。
だが目の前に広がる景色は、現実とはかけ離れていた。空はやけに青く、鳥のような生き物が四つ目で空を舞っている。
(まさか……異世界転移ってやつか?)
冗談のようだが、現実だった。
森をさまよい、やがて彼は「リーフ村」という小さな集落にたどり着いた。
「見ない顔だね。旅の人かい?」
そう声をかけてきたのは、耳の長い老婆・トゥリル。
話を聞くと、ここは様々な種族が共存する“多種族村”らしい。エルフ、ドワーフ、オークにスライムまで。
なぜ自分がここに来たのかは謎だったが、優一はとりあえず村に滞在させてもらえることになった。
数日間を過ごす中で、あることに気づく。
「……高齢の人、多くないか?」
村には、腰の曲がったドワーフ、つえをついたオーク、かすれ声で独り言を繰り返すスライム――明らかに“高齢者”が溢れていた。
そして、その暮らしぶりは過酷だった。
「背中が……かゆい……杖で届かん……」
「昨日の晩飯、食べたっけの……?」
「また便所に落ちたぞ、わしの杖がぁぁ!」
どこかで見たことがある。
――そう、これは現代日本の介護現場とそっくりだった。
(どの世界も、歳は取るんだな……)
彼の中に、20年間介護の現場で培った“職業魂”が灯る。
「村長さん、この村の空き家って、使わせてもらえませんか?」
「空き家? 使う分には構わんよ。どうせ誰も住んどらん」
案内されたのは、屋敷というより“廃屋”だった。天井は抜け、床は腐り、風がピューピュー吹いている。
「……貸し料とか、必要ですか?」
「いらんいらん。あんなもん、使ってくれる方が助かるわい」
だが、ここを「施設」に変えるには資材も道具も足りない。
(……どうすっか)
優一は村中を歩き回り、手を動かした。
農家の納屋を手伝って古材をもらい、腰を痛めたじいさんをマッサージして、釘を譲ってもらう。
布はトゥリルが古着を裂いてくれた。
「お金はないけど、できることはある」
もともと優一は、自分の生活より“目の前の利用者”を優先する人間だった。
それに――心の奥で、こうも思っていた。
(正直、ここで死ぬならそれでもいいか……)
介護職の現場で心をすり減らし、報われない日々に疲れていた。
だからこそ、今目の前にある“必要とされている状況”は、彼にとって確かな意味を与えてくれた。
屋根をふき、床を直し、土間にかまどを設置。
釜と鍋をかき集め、井戸水を引き、スライムの皮で即席マットを作る。
2週間後、「セカンドリーフ福祉ホーム」は、ぎりぎり“施設らしきもの”の体裁を整えた。
「ええい、異世界だろうが介護は必要だ!」
優一が掲げた木の看板を見て、最初に反応したのは――
「……ここ、飯は出るか?」
耳の長い老婆がやってきた。
彼女の名はミルダ。かつて王国の宮廷魔導士だったが、今は魔法もうまく出せず、杖も忘れがち。
「……そなたのスープ、うまかった。もう少し、食いたい」
「うちに来ませんか? ご飯も出ます。風呂もあるし、魔法の練習だってできますよ」
「……ま、屁よりは火が出るといいがのう」
その日の夕食。
スライム草とドラゴン根菜で作ったスープ、豆を練ったパン。
コンロは火の精霊石を埋めた自作の“魔法ストーブ”。
「……この味、昔の宮廷を思い出すのう」
食後、ミルダの表情にはほんの少し、誇りと懐かしさが戻っていた。
夜、彼女は火の魔法を練習していた。
「……火よ……出ろ……でてくれぇ……」
ぽっ――と小さな火花が浮かぶ。
「……今日は屁じゃないのう……ふふふ」
その笑顔を見て、優一は心の中でつぶやいた。
(この笑顔のためなら、俺は何度でもやるよ)
こうして、異世界介護施設『セカンドリーフ』が、そっとその扉を開いた。
次回:「魔法のおむつでトラブル解決!」
予想外の“事故”から始まる、爆笑と発明の介護革命!
どうも、現役介護福祉士の「そのまんまたなか」です。
異世界×介護って聞くと「どんな世界観!?」って感じですが、
意外と身近なテーマだったりします。
少しでも興味を持ってもらえたら嬉しいです。
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