憧れの騎士団長には誰にも言えない秘密がある
「婚約おめでとうマリア」
「ありがとうソフィア」
王立学院の中庭は、色とりどりの花が咲き誇っている。
学院に通う学生たちは、休憩時間や空き時間を利用して、この場所で雑談に花を咲かせるのが日課となっている。
学院の門は庶民にも開かれてはいるものの、圧倒的多数を占めるのは貴族家の令息、令嬢。
学院で親交を深めて人脈を作ったり婚約者を見つけることは令息、令嬢にとってはある意味で義務でもあり至上命題。特に令嬢たちにとっては、在学中の五年間で婚約者を決めなければ残り物同士勝手に家に相手を決められてしまう。
そういう事情もあって、在学中に婚約が決まるのは当たり前の風潮で、それが意中の相手であれば残りの学院生活が充実するということもあって、皆、少しでも早く相手を決めようと学業そっちのけで奔走する者も多い。
今年で三回生となり十六歳となったマリアは、ずっと仲の良かった幼馴染の伯爵家長子との婚約が正式に決まり幸せそうに微笑んでいる。
「でもね、アルは幼馴染だし今更って感じだから。それより……ソフィアはどうなのよ? 勉強ばっかりしていると相手いなくなっちゃうわよ?」
「私は……マリアみたいに綺麗でも可愛くもないし……婚約よりもたくさん勉強して将来一人でも生きていけるようにならなくちゃいけないから」
それを聞いてマリアはため息をつく。やたら自己評価が低いこの親友はまるでわかっていない。
ソフィアは可愛い!! マリアは心の中で叫ぶ。
化粧もしないし髪型も適当、ドレスだって基本的に制服で済ませている。それなのに可愛いのだ。
初めてソフィアと学院で会った時、マリアは一目惚れして声をかけてしまったという経緯がある。今この瞬間もソフィアを愛でながらお茶を楽しんでいるというのに。
「はあ……まあ、それについては今更だから言わないけど、好きな人とか気になる人くらいいるでしょ?」
「え……!? う、うん……いる……よ」
恥ずかしそうに俯くソフィアに内心悶えながらマリアはさらに追及する。
「どこの誰よ? 学院の人?」
「ううん……違う」
なるほど、だから学院では誰にも興味が無さそうにしていたのかと納得するマリア。
「もちろん親友の私には教えてくれるわよね? 私の事情だけ知っているって不公平だと思わない?」
「う、うん……それもそうだね。あのね、騎士団の人なんだけど……前にね、助けてもらったことがあって……」
「騎士団!! へえ、素敵じゃない。それで? その彼の名前は? 私、騎士団にコネあるから調べてあげるわよ」
「えっと……カインさまって言うんだけど」
「…………」
カイン……? ちょっと待って。マリアは心当たりがあり過ぎる名前に冷静ではいられない。だがカインという名前自体はわりとありふれているし、別のカインかもしれないと思い直す。
「そのカインっていう人の特徴は?」
「あのね、輝くような長髪でリンドウみたいな優し気な碧い瞳がとても素敵なの」
恥ずかしそうに頬を染めるソフィアに萌え死にしそうになりながらマリアは確信する。
そのカイン知ってます!!
「あのさソフィア、たぶん……いや、間違いなくその人私の兄だわ」
「ええええええっ!_?」
「なんてこと……もっと早く知っていれば……」
頭を抱えるマリア。
「あはは……あんな素敵な方だもんね、とっくに婚約なんて決まってるだろうし気にしないで。私が一方的に憧れていただけだから」
「待ちなさいソフィア、大丈夫、騎士団長に就任してから縁談の話は山のように来ているのは事実だけど、今のところ色恋には興味がないみたいで特定の相手はいないはず!!」
「だ、だけど私なんか……」
マリアは燃えていた。上手く兄とくっ付けばソフィアと姉妹になれるのだから。
「そこは私に任せなさい。なんたって妹なんだから!!」
「あ、あはは……そ、そうだね」
「ねえお兄さま、なんで婚約しないの? お話たくさん来ているんでしょ?」
「マリア……久しぶりに実家に帰って来たのにいきなりそんな話か? まあ……そのつもりは今のところ無いぞ」
「ふーん……まさか男の方が良いとか……無いよね?」
「おうふっ!? そ、そんなわけないだろ? 俺にだって気になる女性くらいいるさ」
「それ……初耳なんだけど?」
「聞かれたことないからな。そもそも一度会っただけでどこの誰かもわからないんだ」
「ナニソレ……一目惚れってヤツ?」
マズい……場合によってはその女を葬り去る必要があるかもしれないと内心焦るマリア。
「いくらなんでも名前くらい聞いたんでしょ?」
「ソフィア……って言ってたな……」
ソフィア……? ちょっと待って。マリアは心当たりがあり過ぎる名前に冷静ではいられない。だがソフィアという名前自体はわりとありふれているし、別のソフィアかもしれないと思い直す。
「そのソフィアっていう人の特徴は?」
「銀糸のような美しい銀髪にスミレのような瞳が印象的だったな……控えめな感じがたまらなく魅力的で……動揺していたせいで連絡先すら聞けずじまい……あの日の俺を殴りたいと思っているよ」
恥ずかしそうに頬を染める兄の姿など見たくもないが――――マリアは確信する。
そのソフィア知ってます!!
「あのねお兄さま、たぶん……いや、間違いなくその人私の親友だわ」
「ええええええっ!_?」
「え? カインさまにお会いできるのですか?」
「そうよ、今度の週末予定空けておきなさい」
「う、うん……わかった」
うんうん、これで万事上手くいくはず。マリアは確信していた。
「ちょっと待った、ねえソフィア、まさか制服でお兄さまに会うつもりじゃないでしょうね?」
「え? そのつもりだけど……」
さも当然そうに答えるソフィアにマリアは膝から崩れ落ちる。
「駄目えええええ!!! バッチリきめてお兄さまを確実に仕留めるのよ!! 私が協力してあげるから付いてきなさい」
「ええ……これから大事な勉強が……」
「アンタは勉強とお兄さまのどっちが大切なのよ!!!」
「うーん……両方?」
そういえばソフィアにとって大事な試験が近いのだったと思い直すマリア。
「仕方ないわね……私の方で準備はしておくから、ソフィアは勉強を頑張りなさい」
「うん……ありがとうマリア、大好きだよ」
「だ、だだ大好きとか――――て、照れるじゃない、ま、まあ……私に任せて」
危なかった……あと少しで萌え死にするところだった。
まだだ……まだ死ぬわけにはいかない。
ソフィアとやりたいことがたくさんあるのだ、
一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たり――――
一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たり――――大切なことだから二回言った。
「マリア、無事合格したよ」
「本当!? 凄いじゃない!! 在学中に回復薬調合士に合格するなんて信じられない……」
ソフィアが合格した回復薬調合士とは、王国最難関といわれる資格試験だ。
怪我や病気を治す回復薬は言うまでもなく国家を支えるもので、その生成には膨大な薬学に関する知識はもちろんのこと、複雑な調合方法、魔力の混ぜ合わせ方など、多岐にわたる能力が要求される。
少しでも調合を間違えたり精度が低いと深刻な副作用を伴うため、回復薬の調合は資格を持っている人間にしか許されておらず、違法に調合した回復薬を流通させたものは例外なく死罪となるほど厳しく取り締まられているのだ。
つまり――――ソフィアは有言実行、もはや将来安泰、余裕で一人で生きていける術を手に入れたということになる。
「これで後はお兄さまと婚約すれば大勝利ね――――」
「ええええええっ!_? 会うだけならともかく、こ、婚約なんて無理だと思う……」
「大丈夫よ、ソフィアはもう少し自信を持った方が良いわよ」
両想いなことはわかっているのだ。むしろ失敗する方が難しい。ただ……自身がそうだったように両想いだからといってスムーズに進むとは限らない。
私が仲を取り持ってあげないと――――マリアは気合十分だ。
主に自分の野望、欲望を満たすため、ではあるけれど。
「あの……変じゃないかな?」
準備が終わったソフィアが不安そうに尋ねる。
「はわわわわ……」
瞳の色に合わせた淡い紫のドレスに流行りの髪型、素材の良さを損なわないナチュラルな化粧――――そのあまりの可愛さにマリアは生死の境を漂っていた。
「やっぱり変なんだね……さっきからマリアの様子変だし……やっぱりいつもの格好に――――」
「それは駄目えええええ!!!」
マリアは辛うじて冥界から帰還する。
「そ、そう?」
ソフィアは突然絶叫した親友に圧倒されて落ち着きを取り戻す。
「綺麗だよソフィア、私がお嫁さんにしたいくらい」
「ふふふ、冗談でも嬉しいよ」
冗談ではない、マリアはガチで本気だ。
「あの……先日は助けていただきありがとうございました」
「やはりあの時のお嬢さんでしたか、マリアに聞いて驚きましたよ」
「…………」
「…………」
互いに相手に見惚れている時間が多くなり、会話が弾まない。第三者であるマリアから見れば何を見せられているんだという気持ちではあったが。
「どうだったソフィア?」
「うん……想像以上に素敵な方だった。でももう駄目かも……なんだかカインさまの態度よそよそしいしいというか……きっと無理して会ってくださっていたんだと思う」
「あー……えっとね、それは大丈夫。ああ見えて女性に免疫無いから緊張していただけだし」
「そうなのかな……」
マリアから見れば落ち込む要素など無いのだが、ソフィアはそう思っていないようで……。
「お兄さまっ!!! なんですかあの態度は!!!」
「す、すまない……あまりにも可愛すぎて呼吸すらままならなかったんだ……」
「はあ……まあ、気持ちは痛いほどわかりますけど、ソフィア、嫌われたと思って落ち込んでたんですよ」
「なんてことだ……どうすれば良いだろうか?」
「そうですね……騎士団本部に招待してみては? 騎士やっている時のお兄さまは五割増しにカッコいいですから」
「そ、そうか、よし、それで行こう」
「あの……カインさまに招待されたのですが……」
「もしかしてソフィアさん? 聞いてますよ、ご案内しますね」
受付に立っていた騎士は女っ気が無い団長が初めて招待した女性が来るということで、朝からワクワクしていたのだが、ソフィアのあまりの可愛さに内心悶絶していた。
他の団員たちも、団長の彼女が来たということで仕事に身が入らない。
「ソフィアさんようこそ騎士団へ。突然招いたりしてご迷惑ではなかっただろうか?」
「い、いいえ、嬉し――――以前から騎士団に興味ありましたので感謝しています」
「それなら良かった。それにしても――――」
マリアからとにかく褒めろと言われていたものの、いざ本人を前にすると緊張して言葉が出てこないカイン。
「――――今日はいい天気だな」
「そ、そうですか? 今にも雨が降って来そうですが……」
「へっ!? あ、ああ……俺はその……雨が好きなんだ」
「わかります!! 私も好きです――――雨」
互いに好きという単語を発したことで変に意識してしまい会話が弾まない。
案内してきた騎士は、一体何を見せつけられているんだと痛ましい気持ちになっていた。
「そ、そうだ、マリアに聞いたんだが、その若さで回復薬調合士に合格したんだって? 凄いじゃないか!!」
「あ、ありがとうございます」
「騎士団は常に怪我との戦いだから回復薬と調合士の存在は命綱なんだ。もし良かったらだけど……学院を卒業したら騎士団で働いてみないか?」
「本当ですか!! ぜひ、お願いしたいです」
「お兄さま……何やってんですか?」
「……すまない」
「まったく……デートに誘うわけでもなく仕事にスカウトするとか……呆れてものが言えませんよ。まあ……本人は喜んでいたので良しとしますけれど」
「そ、そうか……それは良かった」
「良くないです!! ソフィアがまた騎士団へ行くようにしますから、今度は必ずデートに誘ってくださいね?」
「え? 回復薬が足りてないの?」
「そうらしいのよ。なんでも大規模な盗賊団との戦闘で怪我人が多数出てるみたい」
「そんな……何かお手伝い出来ることないかな……」
「それならソフィアの手作り回復薬を差し入れしてくればいいじゃない」
「なるほど、でも……約束もしていないのに迷惑じゃないかな?」
「大丈夫、絶対に喜んでもらえるから」
「こんにちわ……」
「ああっ!! ソフィアさんじゃないですか!! 今日はどうしたんですか?」
「あの……回復薬が不足していると聞いて……差し入れを持ってきたんですが……」
おずおずと持ってきた回復薬入りのガラス瓶を見せるソフィア。
「わあ!! それは助かります、重傷者優先で軽傷者は後回しになっている状態でしたから」
「そうなんですか!? それならもっとたくさん持って来れば良かった……」
「いやいや、これだけ持ってくるだけでも重かったでしょう? すぐ団長呼んできたいところなんですが……」
言い辛そうに表情を曇らせる騎士。
「……なにかあったんですか?」
「実は――――団長も怪我をしてましてね」
「そんな……ご無事なのですか?」
「ええ、命には別条ないんですが、回復薬が不足しているからって自分は飲まないで我慢しているんです。だから……ソフィアさんが来てくれて良かった」
「そ、ソフィアさん!? すまない……せっかく来てくれたのにこんな様で……」
ベッドに横たわりながら書類仕事をしているカインだったが、ソフィアがやってきたことで無理やり起き上がろうとする。
「カインさま、怪我をされているのですから無理してはいけません。私が作った回復薬を持ってきましたから遠慮せずお使いになってください。団員の皆様も困っていますから」
「ソフィアさんの手作り……あ、ありがとう。後で大切に使わせてもらうよ」
「……? 今飲まないのですか?」
「あ、ああ……今手が離せない仕事があって……この書類が終わったら飲ませてもらうつもりだ、せっかく来てもらったのにすまない」
「わかりました……今日はこれで失礼しますね。また回復薬持ってきても良いでしょうか?」
「助かるよ。あ、そ、それで……回復薬の礼というわけではないんだが、どこか行きたいところがあれば……一緒にどうかな?」
「へっ!? あ、ああ、そ、そうですね……欲しい薬草があるのですが、少し危険な場所に生えているので一人では不安だったんですけれど……」
「わかった、ではそこへ行こう、楽しみにしてる」
「た、楽しみ!? は、はい……私も……楽しみにしてます……ね」
「ふふ、カインさまとお出かけ……楽しみ……」
楽しみだと言ってくれたカインの表情を思い出して頬を赤らめるソフィア。
「あ……浮かれていていつ行くのか確認していませんでした」
一旦騎士団本部を出たソフィアだったが、日取りを確認するためもう一度戻る。
「あれ? どうしたんですソフィアさん、忘れものですか?」
「ええ、そんな感じです。カインさまはいらっしゃいますか?」
「たたぶん部屋で休んでいると思いますよ」
「ありがとうございます」
軽い足取りでカインの部屋に向かったソフィアだったが――――
「……え?」
カインの部屋から出て来た美女とばったり出くわしてしまう。
輝くような碧い髪、凛々しい目鼻立ち、長身で抜群のプロポーション、どれもソフィアが持っていないものだ。
「……何か?」
「あ、あの……カインさまはいらっしゃいますか?」
「カインなら居ないよ」
「そう……ですか。あの……私はソフィアと言います。またあらためて伺いますね」
「私はカイ、団長には伝えておくから」
素っ気ない態度で足早に立ち去るカイだったが、ソフィアは見逃さなかった。
明らかに様子が変だったし顔も真っ赤だった。
「はあっ!? お兄さまの部屋に女がいた? あの……馬鹿……何してんのよ」
「ううん、私が勝手に盛り上がっていただけで……カイさんの方が絶対お似合いだと思う」
カインの隣にカイが立っている姿を想像して胸を痛めるソフィア。
「で、でもデートの約束はしたんだよね?」
「うん……デートっていうか私の薬草取りに付き合ってもらうだけなんだけど。でも……いつ行くのかわからないし迷惑だろうからやっぱり断った方が……」
「早まっちゃ駄目っ!? 日取りは私が聞いておくから、ね?」
「……うん」
「お兄さま……どういうことか説明してもらっても? ソフィアショックで泣いてたよ……」
「う……それは……本当に何でもないんだ、信じて欲しい。そもそも一緒に居る所を見たわけじゃないんだろう?」
「まあ……お兄さまがそんなに器用なこと出来るわけないですし……私は信じますけど、ソフィアには今度のデートでちゃんと言ってくださいね? あの子ただでさえ自己評価が低いんですから、このままじゃ本当に身を引いてしまいますよ?」
「わ、わかった」
「それから、ちゃんと気持ちが伝わるように行動してください」
「そ、それは……具体的にどうすればいいんだ?」
「はあ……仕方ないですね、いいですか、まず――――」
「カインさま、せっかくの休日に付き合ってくださりありがとうございます」
「いや、俺も昨日楽しみで眠れないくらいだったから気にしないでくれ」
「まあ……カインさまはそんなに薬草取りに興味がおありだったのですか?」
「いや……そうではなく……その……ソフィアさんと一緒に出掛けるのが……なんだが……」
「ふえっ!? そ、そそそうですか……は、はい……私も楽しみにしてました……よ」
カインの言葉に真っ赤になったソフィアは消え入りそうな声で答える。
「そ、そうか、じゃあ行こうか?」
「は、はい!!」
薬草を取りに行くのは、王都郊外に広がるカーマインの大森林。魔物や盗賊などが潜む危険な森だが、辺縁部は比較的安全で、人々がピクニックに利用したりしている人気の場所だ。
「今回必要な薬草はラグナリア草なんですけど、回復薬の調合に使うので、出来れば採取したいものは八種類あるんです。ラグナリア草は辺縁部にはあまり生えていないのでカインさまが一緒だと安心です」
「なるほど、そういうことならたくさん採取しておきたいな、回復薬はいくらあっても困らない。何があっても俺が守るから安心して採取に集中してくれ」
「はい!! ありがとうございます」
カーマインの森に到着した二人は、早速薬草を採取し始める。
好天に恵まれ柔らかい日差しが木々の間から降り注ぐ。小鳥のさえずりが絶え間なく聞こえてくる。
カインは一生懸命薬草を探しているソフィアを見つめながら、表情を緩める。
「一生懸命なソフィアさん……可愛い過ぎる……」
「何か仰いましたか?」
「い、いや、何でもない、俺も手伝おうか?」
「いえ、カインさまは周囲の警戒をお願いします」
そうだった、とカインは浮かれかけた気分を引き締める。ここは比較的安全とはいえ、危険が無いわけではないのだ。
「ソフィアさん、そろそろお昼だから休憩した方が良い」
「あ、もうそんな時間ですか……そうですね、お昼にしましょう」
二人は途中で見つけた花畑にシートを広げる。
「お弁当作って来たのですが、あまり味に自信はないのです。身体に良いことは保証いたしますけれど」
「ソフィアさんが作ったのなら俺にとっては最高のご馳走だ、喜んでいただくよ」
「うん!! 美味い!! 美味しいよソフィアさん」
さすが現役の騎士団長、すごい勢いでソフィアの作った料理を平らげてゆく。
「ほ、本当ですか!! 嬉しいです……たくさん作ってきて良かった……」
ソフィアはその食べっぷりに見惚れながら嬉しそうに微笑む。
食後、カインはソフィアに贈るために花を摘みながら、妹との会話を思い出していた。
『良いですか? まずは花を贈ってください、あの子お花大好きですから』
『わ、わかった』
『それから、頭ポンポン、これも外せないですね』
『あ、頭ポンポン!? それは……必要なことなのか?』
『当たり前じゃないですか、好きな人からされたら嬉しいものですよ』
『き、嫌われたりしないだろうか?』
『大丈夫ですって、ソフィアはお兄さまのこと好きなんですから』
『そして仕上げは……キスですね』
『き、キキキ、キス!? さすがにそれはマズいだろ?』
『今更なに言っているんですか? まあ……タイミングは見極める必要はありますけど、余程のことが無い限り拒否されることはないと思いますから、頑張ってください』
『た、タイミング?』
『頬を染めてお兄さまのことをじっと見つめている時がチャンスです。目を閉じているなら尚良いですね』
「はあ……マリアはああ言っていたが……ま、まあキスはともかく、頭ポンポンはしたいところだな」
カインは気合を入れ直す。
「ソフィアさん、これ貴女に似合うと思って」
「まあ……綺麗……これを私に?」
「はい、ですが、どんな花もソフィアさんの魅力の前では霞んでしまうので選ぶのに苦労しました」
「お、お世辞がお上手なのですね……そんなこと言われたこと無いです……」
真っ赤になった顔を見られたくなくて花束に顔を埋めるソフィア。
「もしそれが本当なら……貴女の周りには節穴しか居なかったのでしょう」
カインは意を決して花束に顔を埋めているソフィアの頭をポンポンする。
ビクッと震えたソフィアに慌てるカイン。
「す、すいません……突然嫌でしたよね」
「い、いいえ……あの……もう一度……お願いしても……良いでしょうか?」
「ひゃ、ひゃい……わ、わかりました」
まさかの返事に動揺するカインはぎこちない動作で再び頭ポンポンを再開する。
ソフィアはさらに赤くなった顔を上げることが出来ず、しばらくの間無言頭ポンポンが続いたのだった。
「そ、そろそろ薬草取り再開しましょうか」
「そ、そうだな、暗くなり始める前には街に戻らなくてはならないし」
二人は目的であるラグナリア草の群生地を求めて辺縁部からさらに森の奥へと進んでゆく。
「あ、ありましたラグナリア草!!」
「おお、それは良かった――――待てソフィアさん……俺の後ろに下がれ」
「え? あ、はい……」
カインの様子が変わったのを見て、慌てて後ろに隠れるソフィア。
「おやあ? こんなところで騎士団長さまと再会できるなんて嬉しいですねえ?」
森の奥から姿を現したのは、十名の柄の悪そうな男たち。
「……何者だ?」
「嫌だなあ……先日壊滅させられた盗賊団ですよ、まあ……その残党ってやつですが」
「……まだ残党がいたのか」
「たまたま別の仕事でいなかったんですよ。まあ……別にあんな連中殺されようがどうでも良いんですけどね、ただ――――その別嬪さんには興味があるのでいただいて帰ろうかな、と思ってますが。ああ、ちなみに貴方には死んでもらいますよ? 別に恨みがあるわけじゃないですけど邪魔なので」
「ソフィアさん……全力で逃げてください。貴女を守りながら十人を相手には出来ない」
「…………わかりました。ですが――――」
「ハハハ、逃がすと思ってるのですか?」
すでに囲まれてしまっていて、ソフィアが逃げられるとは思えない。
「くそ……やるしかない……か」
「カインさま、気休め程度ですが――――ホーリープロテクション」
カインの身体を黄金色の光が包み込む。
「こ、これは……精霊魔法?」
「私のことはお気になさらず――――ですが貴方は死んではいけません、お願い……死なないで」
グッと歯を噛み締めるカイン。
「大丈夫、俺は死なないし、貴女は必ず……守る」
――――俺は、騎士団長で――――貴女の騎士なのだから
「クク、お別れは済みましたか? ではそろそろ死んでもらいましょうか」
「許さん……よくも……俺のソフィアを泣かせたな……絶対に許さん」
「はん!! この状況でまだ強がれるとはね、やってしまいなさい!!」
アルティメット・リベレーション――――!!
カインはその美しい長髪を剣で根元から切り裂いた。
彼が若くして騎士団長となった理由――――それは、髪を切ることで秘められた力が覚醒し、切った髪の長さに応じて戦闘能力が増加する特殊能力。
「ば……馬鹿な……ば、バケモノ……」
盗賊団最後の一人が血を吐いて倒れる。
――――と同時にそれを見届けたカインもがくりと膝をつく。
「か、カインさま!!」
「ソフィア……良かった……無事で……」
カインの腹部には背後から刺された深い傷があり、血が止まらない。
「喋らないでください、今回復薬を――――」
ソフィアは持ってきた回復薬の瓶を開けて傷に振りかける。
「駄目……出血は止まったけど……傷が深すぎる」
回復薬を飲ませるしかないが――――カインは意識を失っていて自分で飲めそうもない。
「カインさま……ごめんなさい……」
ソフィアは回復薬を口に含むとカインの口から直接回復薬を飲ませる。
「お願い……カインさま……死なないで」
祈るように泣き崩れるソフィア。後は回復薬の力を信じるしかない。
「う……ここは……? そうか……助かったのか――――ってどうしたんだソフィア?」
意識を取り戻したカインだったが、ソフィアの様子がおかしい。
「な、なんで……? なんでカイさんが――――」
ソフィアの腕の中に横たわっているのは間違いなくあの日、カインの部屋から出て来た美女、カイだった。
「あちゃあ……そうか……回復薬を飲んだのか……俺」
「ど、どういうことですか?」
「実は……俺、回復薬を飲むと女になる特異体質なんだよ」
「…………へっ!? 女になる……特異体質?」
呆然とするソフィア。
「騎士団長としては弱点だからな、どこから秘密が漏れて敵に利用されるかわからないから、家族にも秘密にしていたんだが……」
申し訳なさそうに頭を掻くカイン。
「それじゃあ……あの時のカイさんは……」
「ああ、俺だ。どうやって誤魔化そうか焦ったよ」
「なんだ……良かった……私……本当にショックで……だから……」
「……すまないソフィア、余計な心配させてしまった」
両腕を伸ばしてソフィアを抱き寄せるカイン。
「ふふ、女性に抱き寄せられるって変な感じですね」
「はは、二、三時間で元に戻るよ」
「あら、それではお姫さまは私が守らなくてはなりませんね」
「ははは、悪いけどお願いしようかな?」
クスクス笑い合う二人。
「あれ? でもソフィア、そういえばどうやって回復薬を飲ませたんだ?」
「へっ!? そ、それは……し、知りませんっ!! 馬鹿!!」
真っ赤になってそっぽを向くソフィア。
その可愛い姿にカインの理性が崩壊する。
「ソフィア……キス……したい」
「なっ!? いきなり何を言って――――」
「……駄目か?」
「だ、駄目……じゃないですけど、今のカインさま女性ですし……」
「中身は俺なんだから問題ない」
「もう……強引なんですから……わかりました。その代わり……元に戻ったら……ちゃんとしてくださいね?」
「もちろんだ」
夢中で唇を重ねる二人。その柔らかい感触にソフィアは変な気分になるが、これはこれでアリかもしれないと少しだけ思うのだった。
「婚約おめでとうソフィア」
「ありがとうマリア」
夏が終わり、秋の足音が聞こえてくる頃、王立学院の中庭ではソフィアの婚約を祝してティーパーティーが催されていた。
「二人が一緒になれたのは私のおかげなんだからね? 感謝しなさいよ」
「うん、マリアには感謝してるよ、これからは家族としても末永くよろしくね?」
「よっしゃあ!! そうだ、今度の週末泊りに来てよ、まずは一緒にお風呂に入りましょう」
「え……それは嫌」
「えええええ!!! いいじゃん女同士なんだし!!」
「うーん……それはそうなんだけど……マリアってカインさまの妹だし……もしかしてってこともあるから」
「……へっ!? もしかして……知ってる……の?」
「やっぱり……詳しく聞かせてもらうからね?」
「な、なんのことだかさっぱり……?」
「ふーん……じゃあお泊りは無しで」
「嫌あああああ!! 全部話すから無しは無しで!!」
「よろしい」
どうやらマリアがソフィアと一緒にお風呂に入るのは前途多難のようで。
「遅くなってすまない」
息を切らせながら姿を現した騎士団長に学生たちから黄色い悲鳴が上がる。
「遅いですよお兄さま」
「ははは、ごめんなマリア」
「謝罪する相手が間違ってますよ」
「今日も綺麗だね、俺の可愛いソフィア」
ソフィアが整えた髪はだいぶ伸びてきている。彼女としては短髪も素敵だと思っていたのだが、職務を考えれば伸ばす必要はあるので、そこは仕方がないと思っている。
「ありがとうございます。カインさまも凛々しくて素敵です」
すっかりぎこちなさが抜けた二人は、自然と距離を詰めて互いに抱擁する。
今夜は騎士団本部でも婚約パーティーが開催されることになっている。
「聞いてお兄さま、ソフィアってば新しい回復薬の研究をしているんですって!!」
「ほお!! それはすごいな、どんな研究なんだソフィア?」
「ふふ……それは……秘密です」
悪戯っぽく微笑むとカインの頬にキスを落とす。
「むう……それなら――――教えてくれるまで頭ポンポンの刑だ!!」
「きゃああ!! カインさま、それは単なるご褒美ですよ!!」
「……一生やってなさい……バカップルめ。ううん、こんなことしている場合じゃないわね、ソフィア、私にも頭ポンポンしてええ!!」
おしまい。