魔法
午前11時半頃。
「…ふぅ。今日の仕事は終わりね。さて、昨日に引き続き、魔法の勉強をしましょうか?」
「はい。よろしくお願いします!」
魔女様は公務を早くに終わらせて、私に魔法を教える時間を作ってくれた。
今はそれほど忙しい時期ではなく、書類に目を通すだけらしい。
魔女様の仕事がそれだけなのは、時間を掛けて国の体制を整え、しっかりと仕事を分担してきた成果だそう。
そのため、こうして私に魔法を教えるための自由時間ができるそうだ。
「昨日はひたすら基礎術式について教えたわね。その公式は覚えてる?」
「はい!バッチリです!」
「それは上々。じゃあ今日は、そんな基礎術式を魔法陣化したものと、『魔法』について教えるわね」
基礎術式の魔法陣化?
魔法陣ってアレだよね?
なんか、よくわかんない言葉が書いてある丸いアレ。
「じゃあまずは、魔法陣について教えるわね?魔法陣は簡単に言ってしまえば『計算機』ね。特定の術式を書き出して、そこに魔力を通す事で魔法が発動する。昨日教えた基礎術式を頭の中で処理するだけでも魔法は使えるけれど、暗算は大変でしょ?」
「だから、計算機である魔法陣を使うんですね」
「その通り。使いたい魔法の術式を魔法陣として書き出しておくことで、必要な時に魔力を通すだけで魔法を使える。それが魔法陣よ」
決まった計算しか出来ないけれど、必要な時に魔力を通すだけ――数字を入れるだけで動く計算機。それが魔法陣らしい。
じゃあ、沢山魔法陣が描かれた紙とか本を用意しておけば、すごく強いんじゃない?
そんな事を考えていると、まるで心を読んたかのように私が考えていた事について触れる。
「魔法陣をあらかじめ用意するのはいいことだけど、紙や本にまとめておくのはあまり褒められたことではないわ」
「そうなんですか?」
「ええ。誰でも知っている魔法ならいざ知らず、自分が開発した自分だけの魔法を、他人に盗まれる可能性があるもの。そんな事は絶対にあってはならないわ」
そっか…魔法陣が描かれた紙を盗まれたら、大切な魔法まで盗られちゃう。
魔法陣を紙で保存しておくのは、あんまり良いことじゃないんだね。
すると、魔女様が1枚の紙を差し出してきて、私に見せてくる。
そこに魔法陣が描かれていた。
「これは基礎術式の魔法陣。魔法使いなら誰でも使えるものだから、別に盗まれても何も問題ない。こういうのなら、紙に書いて保管しても問題ないのよ」
「なるほど。私はこれを書けるように覚えればいいんですね?」
「そうよ。よく勉強なさい」
魔法の基本となる基礎術式と、それの魔法陣化。
私は何度も魔法陣を描いては消し、描いては消しを繰り返して練習をしていると、魔女様がお茶を飲み始めた。
「すいません!私が用意しないといけないのに…」
「いいのよ。それよりも、あなたはホットとアイス、どっちが好き?」
「え?あ、アイスティーです…」
魔女様は2つのカップに温かいお茶を注ぐ。
アイスティーって言っちゃったけど、アレ間違いなくホットだよね?
氷があるようにも見えないし…聞こえてなかったのか…わざとなのか…?
「アイスティーが好きなんだったわね?」
「は、はい…」
「わかったわ。フッ…」
魔女様がお茶に息を吹きかけると、カップから上がっていた湯気が消えた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。…え?」
私はカップを受け取って、思わず固まってしまう。
受け取ったカップは、取っ手の部分までひんやり冷たかった。
「なんで…」
「『ホットティーをアイスティーに変える魔法』私だけの魔法よ」
「…それは凄いんですか?」
「凄いわよ?これは、天賦魔法だも」
「天賦魔法…?」
天賦って確か…才能って意味だよね?
生まれ持った才能…この場合魔法か。
生まれながらに使える魔法ってことかな?
「ここらで魔法の種類についてお話しましょうか。魔法と一言に言っても、大きく分けて3種類あるの。今あなたが頑張って覚えている『術式魔法』。生まれ持った才能で、天から与えられた魔法とも言える、『天賦魔法』。精霊や妖精、場合によっては悪魔とか、そういうのと契約して使えるようになる、『契約魔法』があるの」
『術式魔法』『天賦魔法』『契約魔法』
3種類の魔法があって、私が今覚えているのは『術式魔法』というらしい。
「私が使えるのは術式魔法だけなんですか?」
「今はそうね。それに術式魔法しか使えない魔法使いも珍しくはないし、天賦魔法が無いからって立派な魔法使いになれないわけじゃない。悲観することはないわよ」
「契約魔法はどうですか?」
「アレは駄目よ。使うのに代償を必要とする代物。少なくとも私はおすすめしないわ」
『天賦魔法がないなら契約魔法』って考え方は危険らしい。
代償か…どんなものなんだろう?
「代償ってなんですか?」
「ものにもよるわ。魔力をごっそり持っていかれたり、強い眠気や空腹に襲われたりする軽いものもあれば、体の一部を失ったり、命に関わるものもある。安易には使えないわ」
安易に使えない魔法…怖いね。
私は使わないようにしよう。
そう決意した私に魔女様は頭をなでながら話す。
「代償は怖いけど、その分強力な魔法ばかりよ?魔法の才能の無い人間でも、熟練の魔法使いと同じ威力で魔法が使えるなんて利点もある。あなたみたいな成りたての魔法使いが、熟練の魔法使いよりも強力な魔法を扱えるのが、契約魔法の強みね」
「なるほど…手っ取り早く強くなるなら契約魔法って事ですね!」
代償がある分、効果も強力。
ハイリスク・ハイリターンが契約魔法の強み。
契約魔法もありかも…
しかし、魔女様が不穏なことを言う。
「…あなたが契約魔法を使ったら、2発か3発で死ぬと思うけどね?」
「…やっぱり契約魔法はナシでお願いします」
前言撤回。
やっぱり契約魔法は駄目だ。
ハイリスク・ハイリターンの、リスクが大き過ぎる。
…やっぱり、天賦魔法なのかなぁ?
「魔女様…私は天賦魔法を使えないんですか?」
私がそう聞くと、魔女様は腕を組んで困り顔を見せる。
「それを知ることが出来るのはあなただけだからね。魔法をある程度使えるようになって、研鑽を積んだらいつか天賦魔法が使えるかどうか分かるようになるわ」
「そうですか…」
「落ち込むことはないわ。これからに期待しなさい」
「はい…!」
これからに期待。
私が魔女様のもとで沢山修行をし、研鑽を積んだらいつか天賦魔法を使えるようになるかも知れない。
そう信じて、修行を続けよう!
「ちなみに、天賦魔法は一人で複数持つこともあるわ」
「え?そうなんですか?」
「ええ。私の知る限り、最多の天賦魔法保有数を誇る魔法使いは、およそ3000の天賦魔法を持っているわ」
「3000!?」
え…?
持っている事か珍しいとされる天賦魔法を、3000個も…?
なにそれ…1個くらい分けてくれてもいいんじゃ…
「ちなみに私はおよそ1000の天賦魔法を持っているわ。正確には969の天賦魔法だけど」
「え?1個くださいよ?」
「はいどうぞってあげられるモノじゃないの。私だって1個くらいあなたに分けてあげたいわ」
あげられるモノじゃない。
はぁ…不公平だ…
「…まあ、私の天賦魔法もほとんどがさっき使った魔法みたいな魔法ばっかりよ?実用的なのだと、『思った通りの量を取れる魔法』とか、『明日の天気がわかる魔法』とか、『髪の毛が絡まらない魔法』あたりね」
「すごく有用じゃないですか!」
「実用的なのを選んだからね。でも、まったく役に立たない魔法がほとんどよ。『鹿に轢かれた時無傷で済む魔法』なんて欲しい?」
「いえ…いりません」
「そうよね?沢山天賦魔法を持っているけれど、使えるものは100もない。それが天賦魔法ってモノよ」
持ってるだけで遥かに凄いと思う。
どんな魔法だって、どこかに使い道があるはず。
…でも、確かに鹿に轢かれた時無傷で済む魔法はいらないかも。
状況が限定的すぎる。
「とりあえず、天賦魔法があるかどうかを理解するところまで頑張りなさい。話はそれからよ」
「は、はい!」
魔女様の激励を受け、私はアイスティーを飲み干して魔法陣を描く練習を再開した。