領主と神官と魔女
「お前がこの店の店主か!?」
「は、はい…私がそうですが…」
「ふむ女が酒屋の店主とは珍しい…」
店に押し入ってきたのは、貴族風の服を着た低身長の男と、鎧を着た兵士が複数。
そして、聖職者の服を着た初老の男性だ。
「女。この酒場では酒を出すのか?」
「ええ。まあ…酒屋ですから」
「今も酒はあるか?」
「いえ、これから仕入れるのでまだ…」
酒場の魔女は、困っている女性を演じて貴族風の男の追求を逃れようとしている。
しかし、弱気な姿勢を見てか、男はニヤニヤと下種な笑みを浮かべた。
「命拾いしたな。禁酒令は解除されたが、昔のように酒を飲んでいいわけではない」
「…と言いますと?」
「酒の売買には税がかかる。脱税は重罪だぞ?」
なるほど…確かに、魔女王国でもお酒に関しては様々な税金がかかる。
お酒が高い理由は、とにかく税金がかかることが原因。
「この国では元々お酒に関する税金を取っていなかったのでしょうか?」
「酒に税を掛けると、もともと高い酒の値段がさらに高くなる。そうなると酒が売れなくなって、酒屋が打撃を受けるんだ。税を取るには素晴らしい飲料だが、やりすぎると不味い」
「でも、魔女王国では普通に売れてますよ?」
「安酒は不味いからな。それでもいいという貧乏人は輸入されたものを飲む」
…つまり、魔女王国はお金持ちが多いって事?
そんなイメージは無いんだけど…
「言っておくが、周辺国と比べて所得は倍近い差があるんだぞ?自覚は無いかもしれないが、それは物価が高いからだ。所得が多い分、物価も高くなる。だから輸入品は安いのさ」
「そうなんですか…」
「ちなみにだが、輸入品の値段の30%は税金だと思え。関税をかけて、もともと安いはずのものが高くなっているんだ」
「えっ!?」
思わず声を出してしまった。
視線が私に集まり、訝し気な目で見られた。
…恥ずかしい。
「他国のモノをそのままの値段で売ったら、私の国のモノが売れないだろう。だから、輸入したものも同じくらいの値段で売れるように、関税を掛けるのさ」
「なるほど…」
「それでも輸入品の方が安いのは問題だが…こればっかりは仕方ないな」
そう言って、いつの間にか取り出していたコップにお茶を注いで飲む魔女様。
…酒場の魔女が、こっちに助けを求めているように見えるのは私の気のせい?
「どうした?この制度に不満があるというのか?」
「いえ…そういうわけでは…」
「陛下がお決めになられたこの法に、逆らうということは……」
下種な笑みを浮かべ、酒場の魔女に迫る。
この国の王が定めた法ということで、逆らったらただでは済まないだろう。
…な~んか嘘くさいけど。
「今なら貴様の無礼、見なかったことにしてやってもいい。だがその代わり――」
下心が透けて見える。
こうやって脅して、よからぬことをしようって魂胆か。
今にも酒場の魔女が魔法を使おうとした時、聖職者の服を着た男が動いた。
「まあまあ。今回は警告に来ただけではありませんか。それに、酒屋の人間であればこの税に不満の一つや二つ感じるでしょう」
「ゲイル殿…そうですな。貴殿の言うことが正しい」
聖職者服の男性に諭され、貴族風の男が引き下がるが……何か怪しい。
こいつもグルなんじゃないかと疑っていると…
「ゲイル…?」
魔女様が聖職者服の男の名前に食いついた。
「ご存じなのですか?魔女様」
「同じ名前の神官が少し前に魔法使いの間で有名になったの。まさかと思うけど…」
ゲイルという名の神官の顔を見つめる魔女様。
すると、貴族風の男とゲイルという神官の供として来ていた兵士たちが詰め寄ってきた。
「貴様ら、先ほどから鬱陶しいぞ。身の程を弁えよ」
「えっ…私は何も…」
「ええい!口答えするな!!」
「きゃっ!?」
手を振り上げる兵士。
私は小さく悲鳴を上げて身構えると、横で魔女様が動く気配が感じられた。
「私の侍女に手を上げるのはやめていただこうか?」
「っ!?」
兵士の腕をつかみ、睨みつける魔女様の目には、為政者としての圧が感じられる。
ただ者ではない、大物の気配。
それに圧された兵士は、腕を下げると引き下がった。
「私の兵士をイジメるのはやめていただきたい。どこの者か知らないが、その無礼…ただで済むとは思うなよ?」
「たかが領主風情が気を大きくして…その傲慢、いつか後悔するぞ」
「まあまあお二人とも落ちつ――」
火花を散らす二人の仲裁をしようとしたゲイルという神官が、魔女様の顔を見て固まった。
そして、尋常でない勢いで汗を拭きだし、顔がどんどん青くなっていった。
「ゲイル殿?どうなさいましたか?」
貴族風の男が仲裁を途中でやめたゲイル神官を見て、異変を感じ取る。
魔女様がただ者でないことに気付いたとか?
「ここ以外にも酒場はありますし、ここはこれだけで十分では?」
「…そうですな。命拾いしたな、小娘」
捨て台詞を吐いて出ていく一同。
ゲイル神官だけは魔女様の心配をし、最後までチラチラとこちらの様子を窺っていた。
「行ったか…そうだマリー。これをあの神官に渡してこい」
「え?あっ、はい…」
魔女様が取り出したのは、変わった液体が入った小さな瓶。
何が入っているのかとても気になるけど、私が追及する事じゃない。
店を出た一同を追って走ると、すぐに私の存在に気付いた兵士に止められた。
「あの、ご主人様がこれを渡してこいと…」
そう訴えかけると、ゲイル神官は分かりやすく嫌そうな顔をしながら瓶を受け取る。
そして、変なことを聞いてきた。
「あなたにあの女…いえ、あの魔女がどう見ますか?」
「はい?」
どう見える…そんなこと言われてもわかんない。
…なんとなく感じたことを言っておこう。
「凄い人…ですね」
「そうか……なら、決して惑わされんことだ。アレは、我々神官や、魔法使いたちから見れば、人の皮を被った悪魔。人非ざる化け物にしか見えないのだから」
「は、はぁ…?」
魔女様が化け物?
魔女様はどう見ても人間なんだけどなあ。
「我々や魔法使いにしか見えない世界もある。ただの人であるうちは分からないさ。だからこそ、気を抜くな。アレはどれだけ表面を美しく取り繕うとも、“英傑殺し”『見えざる大魔女 テラ・ニューライト』に他ならないのだから」
…だからどうしたんだろう?
私にはその恐ろしさというのが分からない。
ただ、魔女様の名前を聞いた途端、貴族風の男どころか兵士の全員が顔を青くした。
そして、逃げるように去っていった。