接待
「一杯いかがかな?」
「は、はい!」
いきなり声を掛けられてびっくりした。
もしかしたら、素敵な出会いがあったりなんて妄想したけれど、まさかいきなり声を掛けられるとは思わなかった。
私に声を掛けてきた男性を見ると、私の好みではないけれど、街を歩けば多くの人が振り返り黄色い声を上げるような美青年。
思わず胸がときめいてしまいそう。
そんな私に、青年はグラスを差し出してきた。
「いかがですか?」
「あっ…その…私お酒ダメで…」
「確か、魔女国では20までお酒は呑めないんだって?いいじゃないか、ここは魔女国じゃないんだから」
そう言って、お酒を進めてくる青年。
押しに負けてお酒を受け取ってしまいそうになったその時、別の男性が声を掛けてくる。
「まあまあ。テラ様の目のある中だ。無理に飲ませるのは、薬を盛ろうとしていると疑われかねんぞ、青年よ」
その男性は腰の曲がったお年寄りであり、のんびりとした物腰柔らかな感じがする。
「そうですね。失礼、私としたことが」
「い、いえいえ…その、あなたは?」
遅れてやってきた男性が誰なのか聞いてみると、にっこりと孫を見るような優しい顔で話してくれる。
「ワシは…そうじゃな、60年ほど前から細々とではあるが、テラ様と取引をしている者。名を名乗るほどの者ではありませぬ」
「は、はぁ…?」
「覚えていただく必要はないということです。ワシは、これを渡しに来ただけですからな」
そう言って、丸められた紙を手渡すと、本当に何処かへ行ってしまった。
「何だったんだろう?」
「お嬢さん。ちょっと時間を貰えるかな?」
「は、はい?」
お年寄りの男性が帰ったかと思えば、今度は中年男性が。
そして、私に謎の箱を手渡すと――
「んじゃ、晩餐会を楽しんでくれ」
それだけ言ってどこかへ行ってしまう。
訳が分からず困惑していると、また別の男性が現れ、何かを渡して帰るという事を繰り返す。
あっという間に普通のカバンならパンパンになってもう何も入らないほどのプレゼントを受け取った。
そして、しばらくして私に用事のある人がいなくなり、ようやく一息つくことが出来た。
「つ、疲れた…」
「お疲れ様。料理は取っておいたよ」
「ありがとうございます…」
「はい。疲れただろうし、椅子も用意したよ」
青年に料理を渡されて、さらには椅子まで持ってきてもらった。
なんて至れり尽くせりなんだろう。
でも、この人は一体?
「そう言えばお名前を伺っていませんでしたけど…貴方は?」
「私はカリノアと申します。かねてより、テラ様には御贔屓になっている商人です」
カリノアさん。
商人をやっている魔術師らしい。
多分、魔女王国で作られた砂糖を売っている人だろうね。
それで私に優しいのか…
魔女様にはこれからも贔屓にしてほしいから、こうやって点数を稼ぐ。
商人はしたたかだね。
「収納空間の魔法が掛けられたカバン…術も特筆すべきものは無し。ですが…」
カリノアさんはカバンをじっくり見つめたあと、私の事をじーっと見つめてくる。
その目は品定めをする商人のようにも、獲物を舐めるように見回す魔術師のようにも見える。
そのせいか、私は不思議と恥ずかしい気分にはならず、むしろちょっと怖いくらいだった。
「……流石は大魔女の術。表面を見るだけでは何もわかりませんね」
「はい?」
「あなたを守っている術の正体。参考にしたいと思ったのですがね…」
私を守っている術…?
魔女様が何か魔法をかけてるのかな?
まあ、確かにこんな所に私を生身で放り込んだら何が起こるか分かったものじゃないし、当然の対策だね。
…そう言えば、この人も魔術師なら魔力の流れが見えるのかな?
ちょっと霊視で見てみよう。
好奇心からカリノアさんの魔力に興味を持った私は、魔力を目に流して霊視を使う。
すると、カリノアさんの中に流れる魔力と、カリノアさんから溢れ出す魔力がハッキリと見えた。
「…私は構いませんが、その目は他の魔術師にはしない方が良いでしょう」
「え?」
「霊視は魔力の流れだけでなく、漏れ出す魔力を見ることで相手の持つ魔力の量も見える。私を見てどう思いましたか?」
「えっと…すごい量の魔力だなぁって思いました……」
カリノアさんの身体から漏れ出す魔力が、まるで厚い魔力の膜のようなものを纏っているようにカリノアさんを包みこんでいる。
その量はかなり多く、私の腕を霊視で見た時の数十倍の厚さがある。
「霊視で魔力を見ると言うのは、こういった交流の場ではマナー違反に当たります。まあ、あなたはまだ魔女となって日が浅い。皆さん大目に見てくださるでしょう」
「そうなんだ…知らなかった」
「知らないついでに見て回るといいと思いますよ。今は見習いと言う免罪符がありますからね」
そう言って、周囲を指差して周りを見せてくる。
確かに人によって魔力の量は異なり、年を取っていたり、強面の人ほど魔力の量が多い。
そして、そういう人と見比べるとカリノアさんは魔力の量が比較的少なく見える。
ふと魔女様の方を見ると、魔力はほとんど見えず、その代わりに色濃い魔力がカリノアさんの半分くらいの量で全身を覆っている。
「テラ様の魔力を見てどう思いましたか?」
「えっと…少ないけど濃いなぁって思いました」
「そうですね。テラ様は偉大なる大魔女のお一人。漏れ出す魔力を抑え、少なく見せているのです。…ですが、あれほど高濃度の魔力、そうそう持てるものではありませんから只者ではない事は丸わかりですね」
「確かに…」
あんな魔力他に纏っている人はいない。
そう考えると、確かに只者ではない事がバレバレ。
魔女様くらいになると、隠していても気付かれるくらい圧倒的なんだって事がよくわかる。
「あの方に師事出来るなんて、あなたは幸せ者ですね」
「そ、そうですね。えへへ〜…」
魔女様と私の事を一緒に褒められて、純粋に嬉しいのと恥ずかしいのが混ざり合い、なんだかくすぐったい気分になる。
そんな風に自分の事でいっぱいいっぱいだった私は、周囲の目がどのようなものなのか気づく事が出来なかった。
◆
私に媚びを売る事で得られる利益を狙うハエ共。
そんな奴らに絡まれているマリーを横目に見ながら大切な取引先と話をして居ると1人がマリーの近くに居るガキに触れる。
「あの小僧、中々やるな」
「ですな。テラ様は彼をご存知で?」
「さあ?まあ、大方酒やチーズを売ることを許可しているだけの有象無象。興味はないが…うまく周囲を丸め込んだな」
私を囲む取引先の魔術師共は、実力的にも財力的にも地位的にもずっと格下。
威厳のある態度と口調で、甘く見られないように振る舞う。
…しかし、あいつが気になることも事実。
(マリーの信頼をうまく勝ち取ったか。やはり素早い行動が出来るやつは面倒ね…)
いち早くマリーに接触した事で他者よりも圧倒的に優位に立てている。
今年の晩餐会の勝者はあいつか。
カリノアとか言ったけ?
まあ、話くらい聞いてやっても良いけど…所詮は有象無象。
譲歩したり特別待遇をする必要もない。
カリノアと言う3流魔術師から興味をそらすと、私に集ってくる鳩共の相手を再会。
ごますりに適当な返事をし、重要な事にはしっかり対応する。
こいつらにはおこぼれを食わせるくらいが丁度いい。
終始興味無さげに話していると、ふと妙な動きをする魔術師が私の警戒網に引っかかる。
「……あいつ、怪しいな」
「ふむ…何やら良からぬことを企んでいるように見えますな…」
「ええ。ですがあのような3流魔術師、相手をする必要もないでしょう」
「テラ様、そんな事より余りの『青い太陽』の販売についてですが―――「少し黙れ」―――はい…?」
2流魔術師共が3流魔術師馬鹿にする、どんぐりの背比べとはこの事。
私にはこいつらのさえずりなど雑音でしかなかった。
今警戒すべきは奴の動き。
妙な真似をする大馬鹿者が、マリーに危害を加えないよう見張ることだ。
「保険は掛けているが…せっかくの晩餐会をめちゃくちゃにされては困る…」
「でしたら私にお任せください!あの不届き者を征伐いたしましょう!」
「いえいえ、ここは私が!」
「テラ様。このような2流の魔術師に頼る必要はありません。ここは私が」
鳩が勝手な真似をして杖を構える。
魔法発動の気配を感じ取った魔術師達の視線が一気にこちらへ向く。
その瞬間、怪しい行動をしていた魔術師が走り出す。
人混みに紛れてよく姿が見えなかったが……動き出してよく分かった。
ガリガリの細身で肌の状態も良くない、髪は長く手入れされていないのかボサボサで、掻き毟ればシラミが落ちてきそうだ。
服もみすぼらしく、何故こんな場所に招待されたのか不思議なほど。
見世物枠かも知れないが…あれは違う。
(何者かが呼んだ刺客。なら狙いは…!)
刺客はマリーの方へ走る。
私を囲んでいた鳩が刺客を止めるべく魔法を放とうとするが、私がそれを制止する。
そして刺客は襲い掛かり、いつの間にか抜いていた杖から炎を出す。
マリーを燃やすつもりか。
しかし、私の守りがあるマリーはあの程度の魔法では傷一つつかない。
問題は……
(カリノア。お前の動きだ。そして―――)
今一番マリーの側にいる魔術師であるカリノア。
奴がどう動くのか、私は視界の片隅で一応見ておく。
すると、カリノアはすぐにマリーと刺客の間に入り防御魔法を使用する。
そして、炎の魔法を受け止めた。
すかさず次の魔法を放とうとする刺客だが―――奴は突然体を縦半分に切断され即死する。
「さて……あいつか」
私はそう一言口にすると静かに歩き出した。




