大魔女の国
大陸西部・アトランティット州の中央諸国の一つの国のとある街の広場に、吟遊詩人の詩を聞くため、多くの人々が集まていた。
特別な席まで用意され、その街の領主までもが聞き入っている詩は、大陸の西端。
中央にあるこの国から見れば北西の方角に存在するといわれる魔女の国の詩だ。
魔法は悪魔の力。
手を出してはならぬ禁忌の力。
それに手を染めれば神聖教会こと、聖教の騎士がやってきて審判にかけられ、処刑されるという。
そんな魔法使いが支配するという国が、北西にあるというのだ。
その国では誰もが魔法の道具を使い、当たり前のように生活の中に魔法が溶け込んでいるという。
禁じられた力のはずの力が、どこにでも存在するという異様な話に、街の人々は作り話の類だと思って聞き入っていた。
そんな詩を一人真剣に聞いている者が居た。
彼は中央広間を離れ、路地裏へやってくると、顔が別人へ変化する。
魔法使いだ。
姿形を変えて別人へ変身すると、素早く街を出る支度を始めた。
あの吟遊詩人は聖教の先触れ。
数日後には聖教の騎士が現れ、魔術師狩りを始める事だろう。
魔法を扱う男性を『魔術師』と呼び、魔法を扱う女性を『魔女』と呼ぶ。
そして、性別に関係なく、すべての魔法を扱う存在の総称を『魔法使い』と呼ぶ。
彼もまた魔術師であり、聖教に追われる身。
そんな彼が街を出て向かったのは、他の魔術師たちの拠点となっている大きな街。
そこなら聖教も簡単には手を出せず、安全に過ごせるからだ。
その街へ行く商人の馬車に乗り、数日掛けて大きな街へ辿り着いた魔術師は、その街が既に聖教に制圧されていることを知る。
すぐに逃げ出そうとする魔術師だがもう遅い。
聖教の警戒の網に引っ掛かり、連行されてしまった。
その後の魔術師がどうなったかは、その騎士たちしか知らないだろう。
「――と、言うように、魔法は手を染めれば表の世界で生きることは不可能となるものです。もう何度も習っているでしょうが、皆さんは決して手を染めないように。何か質問がある人は?」
アトランティット州北西の国の学校にて、魔法に手を染めないようにするための特別授業が開かれていた。
その授業を退屈そうに受けるのは、来月にはこの学校を卒業する十五歳の女子生徒、五年生のローズマリーだ。
全校生徒を集めて開かれるこの特別授業は、毎年学年末に行われていて、この話を聞くのは特別授業だけで五回目である。
当然聞く気など起きず、半分寝ながら退屈な授業を終えたローズマリーは、教室への帰り道、進路指導の教員に呼び止められ、進路指導室へ通された。
「あの…私、何かしましたか?」
就職試験を間近に控え、緊張する時期であるローズマリーはびくびくと怯えながらそう尋ねる。
「マリー。君は自分が育った孤児院の従業員として就職するのが希望だったね?」
「は、はい!」
書類を何度も見つめ、困惑と緊張が混じり合った表情で話す進路指導の教員をみて、ローズマリーは胃が痛くなった。
自分が何か問題を起こした覚えはない。
だが、絶対に何もしていないとは自信をもって言い切れない。
次に放たれた言葉に、ローズマリーは血の気が引いた。
「悪いんだが…その希望をあきらめてほしい」
「っ!?ど、どうしてですか!?」
進路をあきらめろという教員。
一歩前へ出て理由を聞こうとすると、何度も目を落としては混乱していた書類を渡された。
その書類を見て、ローズマリーも困惑する。
「理由は分からない。だが、まさか君に魔女様と接点があったとは思わなかったよ」
「これって…」
「ああ。魔女様の専属メイドの特別推薦状。他でもない、魔女様自身が出された推薦状だ」
この国の支配者にして王。
大魔女『テラ・ニューライト』の専属メイドの推薦状。
それを受けとったローズマリーは、理解が追い付かず書類を握ったまま立ち尽くしていた。




