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9

 

 話していると、あっという間に街から少し離れた湖に到着した。

「ここは街へやって来る行商人が直前の休憩を取る場所です。こういうところで行き合った者たちが情報交換を行います。これが案外、有用なのですよ」


 草地のなかにぽつんと広がる湖の周辺には木々が点々と立ち、確かにそこに果物が実っている。

「意外とこれが美味いんです。街へ持ち込めば売れそうなものですが、商人たちを慰労するために誰もそうしないんですよ」

 逆にいえば、そうしなくても良いほど、豊かな国になったということだ。


 ハーラルトは湖水で手を洗った後、果実をもぎ取り、硬いはずの皮をナイフでするすると剥く。器用なことだ。だというのに、果汁に濡れた手で切り分けた果物の実をどうしようかと首をかしげる。イルムヒルトは少し笑って、さっと果実をつまんですぐに口に放り込んだ。無作法だが、野外なのだからこのくらいでちょうどいいだろう。


 ハーラルトは片眉を上げたがなにも言わず、自身もひとかけら口に入れた。

「甘いです」

「はい。水が良いのでしょうか」


 水。すべてに影響を及ぼす。その水を確保するためには天の恩寵を乞う必要がある。魔力は戻るだろうか。イルムヒルトは一時忘れていた不安がぶり返した。知らず知らずのうちに硬く引き結んでいた唇にやわらかいものが押しあてられる。思わず口を開けると、果肉がするりと入って来る。

 ハーラルトだ。素直に咀嚼し、飲みこんだ。美味しい。だから、口を開けた。

 ハーラルトはふたたび片眉を跳ね上げ、やはりなにも言わずにまた切り分けた果実をイルムヒルトの口に運ぶ。

 そうしてひとつふたつ、果実を食べ終えたら、視線を感じた。


 行商人が微笑まし気に眺めていた。

「いやあ、いいねえ。その果物の皮は硬い。女性よりも男性の方が剥きやすいってもんだ」

 そう言われて、ようやっとフローラに世話を焼かれるようにハーラルトに甘えきっていたのだと自覚し、イルムヒルトは頬を染める。

 俯いたまつげが青い瞳に影を落とす。

 ハーラルトはほのかに色香がただよう風情に凝視しそうになる。強い意志で視線を商人に向ける。


「あの街へ行くのか?」

「そうなんだよ。そうそう、あんたがたも聞きなすったかね? 神子姫(フランツィスカ)さまがとうとう結婚なさるっていうじゃないか!」

 思わず声を上げそうになったイルムヒルトの手をそっとハーラルトが抑える。ハーラルトは顔色ひとつ変えず、平坦な声音で尋ねる。

「初耳だな。そんな大事、どこで聞いたんだ?」

「そうなのかい? この前に寄った水場で商人から聞いたのさ。やっこさんは街から仕入れたって言っていたんだけれどなあ」

 雨乞いの儀式(ロスヴィータ)を行う神子姫のことは遠方からやって来る商人にとっても強い関心を持つ事柄だ。


「神子姫さまの噂はあれこれあるからな。案外、その商人が自分が夫になれたらいいなというのでそう言ったんじゃないか?」

「ありそうだな!」

 こうなったらいいな、という願望は話すうちにどんどん膨れ上がっていくものだ。商人はハーラルトの言葉に笑って、ふたりに手を振って去って行った。

 その後ろ姿を見送ったハーラルトはイルムヒルトに告げる。


「わたしはどこにもなにも漏らしていません」

「信じます」

 イルムヒルトが即答すると、ハーラルトはようやくこわばっていた顔を緩めた。

 神子姫の結婚については伏せられている。特に、魔力欠乏については無用な不安を仰ぎ、騒乱が起きないように緘口令が敷かれている。


「どこから漏れたか、調べます」

 その報告は神殿(ヴァルブルク)を通じて行われるだろう。

 国でももっとも尊ばれる人と、この先、そう会うこともあるまいと思っていた。ハーラルトがエアハルトの長の最有力候補者であるとしても、神殿が掌中の珠のように囲い込んでいる神子姫だからだ。





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