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「ハーラルトさまがイチオシです!」
五部族すべての見合い相手と会った後、フローラは興奮して両手を握りしめた。
「そうね」
ハーラルトがもっとも礼儀正しく、イルムヒルトに丁寧に接してくれた。なにより、イルムヒルトが興味を持ちそうな話をしてくれ、とても楽しかった。
「幼馴染だったそうですが、覚えていらっしゃらないのですか?」
「そうなの。幼いころはとにかく六部族の長たちが近い年齢の子供たちを送り込んできたものだから」
「あら、今の状況と同じようなものですね」
「言われてみれば、そうかしら」
「えー、だったら、一部族ひとりじゃなくて、次々に送り込んできやしませんよね?」
「それはないと思うわ。だって、魔力供給のための縁談なのですもの」
五部族に公平を期すために、ひとりずつ順番に見合いをしたのだ。
それで結婚相手を選びだしたのだから、どこからも不満の声は上がらないと思っていた。心の中では違うにせよ。
さて、イルムヒルトの心情を他所に、聖務長が他の部族から受け取ったように、エアハルトへも神子姫への贈り物を無心した。
後から聞いたイルムヒルトは恐縮してハーラルトに謝った。ハーラルトは笑って、自分は女性への気の利いた贈り物が分からないと率直に言った。
「だから、物珍しい果物を差し上げようと思います。ただ、それはこの街の外のオアシスになっているのです」
「もちろん、参りますわ!」
ハーラルトがイルムヒルトを連れ出す口実にそんなことを言い出したのだと察し、即答する。お忍びに出た街で再会したものだから、イルムヒルトが真に求めるものを汲み取ったのだ。
「それは良かった。護衛としてわたしが同行します」
六部族随一の戦士が守るとあっては、聖務長も反対することはできない。
イルムヒルトはいつぞや街に出たときと同じように大きな布を頭からかぶる。馬の背に横乗りし、その手綱をハーラルトが握る。
馬上で興味深く視線を左右にやるイルムヒルトは、地味ながら上品な装いをしている。フローラが朝から気合を入れて選び抜いたものだ。
ハーラルトは第四部族の長の長子だが、気さくで街に馴染んでいる。たとえば轍に車輪がはまって動かなくなった荷車をひょいと持ち上げて動くように手を貸してやった。街の人々も、ハーラルトに気軽に声をかけている。イルムヒルトとは大違いだ。
「デートかい?」
布を被ったイルムヒルトが若い女性だとみて取ってそんな風にからかいさえもした。
「護衛だよ」
ハーラルトは気負うことなくさらりと流す。
「そりゃあ、役得だ」
「違いない」
声をあげて笑い合う。
いいな、と自然に思った。
そんなイルムヒルトの考えを読み取ったかのように、ハーラルトが街並みを見渡しながら言う。
「この豊かさ、笑顔を、あなたが守っているのです。わたしは自分のできることで貢献しようと思います」
まばゆい陽光にも負けないほど活気にあふれ、にぎやかなこの光景は、イルムヒルトの尽力ゆえのものだという。そう言われて誇らしく、胸が熱くなった。そして、ハーラルトもまた、自身ができることをしようという。それが頼もしく、イルムヒルトひとりでなさなくても大丈夫なのだと心強く思えた。
そんなハーラルトが神子姫の見合いに反対したのは、もしかすると彼女のことを思いやってのことかもしれない。
街を出た後、ハーラルトはイルムヒルトが座る後ろの馬の背に跨った。馬は軽やかに駆ける。
後ろから背中を振動するようにして伝わるハーラルトの声に、イルムヒルトはつい本音を口にする。
「ご部族の方々とお見合いをしましたが、うち、三人の方が奥さまをお持ちでした。わたくしは正妻を追い落としてまでする結婚を思えば、正直なところ、やりきれません。奥方さまと別れるきっかけになるのも、夫となる方にすでに愛人がいるのも、嫌です。しかも、その愛人の方は、以前は妻だった方なのです」
どれほど恨まれることか。そんな灼熱の砂地に足を踏み込むような真似を誰がするものか。
「けれど、その提案をする者らはそれが最善なのだと信じて疑わないのです」
ハーラルトに言っても詮無いことだ。イルムヒルトは口をつぐんだ。
「すみません。あまりにもあなたに多くを背負わせすぎている」
ハーラルトに謝られ、イルムヒルトは慌てて「あなたさまのせいではございませんわ」と否定する。
「六部族間で協力体制を取れないかと、模索中なのです」
ハーラルトは静かに話し出した。
「エトヴィンのご子息は長の強い圧力を受けて見合いに向かわせられたそうです」
イルムヒルトはああと得心が行く。
「当代の神子姫を妻に迎えれば、部族の第一位を取り戻せるかもしれませんわね」
イルムヒルトもまた、自身の存在によって部族間第二位であったエドゥアルトが第一位に上り詰めたことを知っていた。自分がそうしようと思ってなったわけではない。けれど、確実に影響を及ぼしている。
「エーヴァルトのご子息の奥方は実に聡明な方です」
イルムヒルトは驚いた。ハーラルトは他部族の子息の配偶者とも知己なのだ。ハーラルトはその配偶者のような女性を好ましく思っているのだろうか。その考えを慌てて振り払うために、ほかのことを口にする。
「エーレンフリートさまからはとんでもない贈り物が届きました」
「彼は、その、なんと言えば良いものやら」
「さすがのハーラルトさまも言いよどまれますのね」
上手い言葉が見つからない様子のハーラルトに、思わずイルムヒルトはからかいにも似た発言をする。
ハーラルトはごまかすようにして違うことを言った。
「エメリヒのご子息は? 彼は才能があり、気概のある人物だ」
「そうなのですね。でも、わたくしのことはあまりお気に召さなかったご様子です」
「そんなことはないでしょう。彼は神子姫さまのことを————いえ、なんでもありません」
ハーラルトは部族間で連携して協力体制を取ろうとしているが、なかなかうまくいかないという。
「わたしは諦めません。神に縋るのみならず、人間もできることをやらなければならない。神子姫さまひとりに背負わせてはいけない。みなで尽力しなければならないことなのです」
その言葉が温かく嬉しく、励みになった。