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 ハーラルトが通されたのは神殿(ヴァルブルク)の応接室ではなく、奥庭のガゼボだった。

 奥庭はこの地が乾燥地帯だということを忘れさせるほど緑にあふれ水が流れる、神子姫(フランツィスカ)の力量を表すかのような場所だ。随一と謳われる神子姫の力はこの神殿だけでなく、六部族の所有地すべてを潤し、その周辺諸国にも影響を及ぼしている。


「どうも、エドゥアルト(第一位)が神殿の影響が及ばない場所が良かろうと言って決まったらしいですよ」

 神子姫の見合い相手はエドゥアルトからは選出されない。それならばとばかりに、見合いについてなにかと口を出している様子だ。存在感を示したいのだろう。

「エドゥアルトも自分の部族の若者を(めあわ)せたいのだろうが、それでは一部族に権力が集中しすぎる。均衡を崩しかねないからな」

「ほかの五部族が反対するでしょうしね」

 見合いの場所が神殿ではなく裏庭だと聞いた際、側近とそんな会話をした。


 久々に訪れた裏庭の光景に、ハーラルトは初めてイルムヒルトと出会ったときのことを自然と思い出していた。

 六部族の長に繋がる子供の常で、ハーラルトもまた幼いころから神子姫に「接待」、「ごますり」するために裏庭に通わされていた。

 イルムヒルトは子供だからときに癇癪(かんしゃく)を起したり、意地悪をすることもあった。強引に引き合わされることに辟易していたことも手伝って高飛車に振舞い、遠ざけようとしていた。

 それは今だからこそわかることであって、当時は本当の友人にはなれないと思っていた。


 あれよあれよという間にイルムヒルトは神子姫のなかでもとくに神に愛されたものに贈られる称号を与えられ、雨乞いの儀式(ロスヴィータ)を執り行い、天の恩寵を賜るようになった。

 そして今、ハーラルトの目の前にいる。黄金にも例えられる不思議な色合いの褐色の肌に鮮やかな色合いの青い瞳が真っすぐにこちらを見る。梢を揺らす涼やかな風が、黒く艶やかな長い髪をさらう。


「エハアルトの長の長子、ハーラルトにございます。神子姫さまにお目にかかれて光栄に存じます」

 ハーラルトは一礼して挨拶を述べる。

 立ち上がって迎えた神子姫は笑いを含んだ声で答える。

「先だってのことをなかったことにしてくださろうというのですね。ですが、ここにいるフローラ、フロレンツは事情を存じております」

 ハーラルトが顔を上げると、今度は神子姫が首を垂れる。

「助けていただき、ありがとうございます」

「顔を上げて下さい」

 敵に囲まれても動じることなく冷静さを崩さないハーラルトは、この地で最も貴い人に頭を下げられて慌てた。


「それに、あのときが初対面というのでもないですし、」

「そうなのですか?」

 思わず言ってしまったが、神子姫が顔を上げたのでハーラルトは安堵する。


 促されてガゼボの椅子に座りながら、ハーラルトは問われるままに幼いときに遊び相手として集められたひとりなのだと話した。

「そうでしたか。申し訳ないことですが、大勢いらしたもので、」

「覚えておられないのも当然のことです。幼いころのことですし」

「そうおっしゃっていただけて安心しました」


 ハーラルトは非人道的とも言える神子姫の縁談とは名ばかりの、房事による魔力供給に反対をした手前、エアハルトには話はこないだろうとばかり思っていた。ところが、神子姫じきじきに話があり、最も魔力が高い自分が来ることになった。父にはほかの者をと提案したが、お前が一番多い、とにべもなく突っぱねられた。

 ハーラルトからしてみれば「反対したのに厚顔にものこのこやって来た」である。そして、妙齢の女性とどんな話をすれば良いのか分からない。なので、正直にそう伝えた。


「実はわたくしも、ほかの四部族の殿方と様々にお話して、話題が尽きてしまいましたの」

「それはそうでしょう。わたしとしては同じ話でも構わないのですが、それでは神子姫さまが退屈でしょうか。————ああ、そうだ、わたしは職務で周辺諸国へ出向くことがあるのですが、ウルリーケ神の友神さまの神殿へ参ったことがございます」

 ハーラルトは少し考えて話題を見つけ、イルムヒルトの反応を窺った。


「友神さまとおっしゃると、蛇神さまでしょうか? 我らが神と同じく大地に潤いをもたらす慈悲深い方と聞き及んでおります」

 イルムヒルトは少し前から興味を持っていた出来事に、知らず知らずのうちに身を乗り出していた。

 そんな様子にこのまま話しても大丈夫そうだと思い、ハーラルトは続ける。


「そうです。その名の通り、蛇の姿をしておいでで、ウルリーケ神とは違って地上に恵みをもたらす際、長大な蛇身をらせん状にしながら天に上り、雲を突き破って行かれたという伝説があるそうなのです」

 そして、ヴィンフリーデの雨乞いの儀式とは異なり、下される恵みは滝さながらだという。膨大な水量が一気に落ちてきたので大地が陥没し、そこに水が溜まった。

 豪快である。そして、神というのは案外そういうもので、人の価値観とは大分異なる考え方をする。


「そのため、恵みがもたらされた地に貯水池が作られ、そこから水路を引いて周辺を潤しているのだそうです」

「まあ! 蛇神さまがもたらす恩寵は銀糸の束なのですか。神さまといっても、様々なのですね」

 ハーラルトは蛇神が酒を好むので、神殿では常にたくさん供えているのだ、などと話した。


「ちなみに、蛇神さまがそこから空へ向かわれたと思しき地点に大神殿が建立されているのだそうです」

「そんなにもいろんなことを教えて下さるなんて、」

 信者でもない者に、あるいは布教しようとするのでもないのに神の奇跡を軽々しく語るだろうか、と神子姫は話を楽しみながらも不可解な気持ちになる。


「実は、蛇神さまを祀る神殿(ヴァルブルク)聖務者(ヴァルトルート)が魔獣に襲われていたところへ通りかかってお助けしたのです」

 怪我をした聖務者を神殿に送った際、せっかくだからその魔獣の肉を蛇神のお供えに寄進したところ、喜んで様々に語ってくれたのだという。


「不思議なこともあるもので、話すうちに、供えたお神酒と肉がきれいになくなっていましてね。聖務者たちがきっと蛇神さまのお気に召したのだろうと歓喜に沸いていました」

 それで、一夜の宿を貸してくれたのだという。


「蛇神さまは蟒蛇うわばみを連想させるからか、飲酒は教義で禁じられていないのです。逆に、旨い酒を供えるためといって、みなが酒飲みなのです」

 夜っぴいての酒盛りを思い出し、ハーラルトは顔をしかめた。酒に弱くはないが、あの酒宴に付き合うのは大変だった。なにせ、聖務者たちはことごとく大酒飲みだ。蛇神の気配を感じ取れる出来事に沸き、後から後から酒が出てきた。しかも、旨酒を造るために試行錯誤するのも仕事の一環なものだから、大量に醸造しているのだ。


 神子姫はいつもの取り澄ました表情はどこへやら、熱を入れてハーラルトの話に耳を傾け、笑い、驚き、声を上げ、感心してみせた。

「ウルリーケ神の友神さまであり、同じく大地に潤いをお恵みくださる神だとしか存じませんでしたわ。今日は思いもかけず、様々に教わりました」

 その言葉の通り、楽しそうな笑顔を見ることができただけでも、ハーラルトは今日ここへやって来た甲斐があると思った。



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