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 天の恩寵を得ることができる神に愛された神子姫(フランツィスカ)

 しかし、魔力がなければその願いは天に届かない。

 それら事象が外部に漏れてはまずいということで緘口令が敷かれた。

 神殿(ヴァルブルク)では日夜、上層部が顔をつき合わせて喧々諤々議論がなされた。


「お(いたわ)しい。聞けば、以前から体調が思わしくなかったと言うではないか」

「たったひとりに頼りすぎたのだ」

「今さら言っても仕方がない。建設的な方策を模索すべきだ」

「しかし、この地域では雨量が、」

「山を水源とした水路は整備しているのか」

「貯水池の水位が一定位置を下回ったら」

「このまま雨が降らなければ干ばつとなる。そうなれば、我ら聖務者(ヴァルトルート)(そし)られよう」


 ウルリーケ神を祀る彼らは今や豊かな土地において人々の寄進によって恵まれた暮らしを送っていた。それもみな、降雨を頼んでのことであり、それがもたらされるがための喜捨だ。当然、雨が降らなければ寄進はなくなる。それどころか、不満が募り、なんとかしろと詰め寄られることだろう。人は元から持っていない境遇よりも、一旦得た豊かさを手放す方がより苦痛に感じるものだ。

 では、どうすればいいのか。


「神子姫さまの魔力回復の兆しはないのか?」

「医師の話では少しずつ回復しているようだが、儀式を執り行うには遠く及ばぬとか」

「それでは民が干上がってしまう!」

「魔力が豊富な食べ物を大量に摂取していただこう」

「いや、それよりも、」




 さすがに私室に籠っていたイルムヒルトのもとへ、聖務長(ヴァルトルーデ)が訪ねてきた。

「わたくしに伴侶を持てと?」

 もっとあけすけな言い方をした聖務長に、イルムヒルトは婉曲に問い返した。


「さようにございます」

 平然とする聖務長が面憎くなり、イルムヒルトはさらに踏み込んだ。

「そして、閨事(ねやごと)によって相手の魔力を摂取せよ、と?」

「その通りでございます」

 あまりのことにイルムヒルトは深々とため息をついた。


 聖務者(ヴァルトルート)たちは自身らの身の安全、豊かな暮らしを保持するために、雨乞いの儀式(ロスヴィータ)を行う必要がある。それには、イルムヒルトの失われた魔力を回復させることが不可欠だ。そして、それを外部から補うために夫を宛がうことを考え付いたのだという。


「夫となる方にも失礼ではありませんか」

神子姫(フランツィスカ)の伴侶となれば今生随一の栄誉となりましょう」


 後からフローラが「あれは自分がもっと若ければ名乗り出たのに、という風情でしたねえ」と言っていたから仰天したものだ。聖務長はイルムヒルトの父どころか祖父に近い年齢である。


「神子姫さまは雨乞いの儀式を執り行うというこの地においては必要不可欠な役割があるのですぞ」

「身に染みて存じておりますわ」

 だからこそ、身を削って儀式を行い、魔力欠乏になるに至ったのである。もちろん、そうなると分かっていてもしただろう。なぜなら、水がなければ生物の多くが生きていけないからだ。


「では、六部族から魔力の多い者を選別します。よろしいですな?」

 よろしくはない。けれど、拒否することはできなかった。

 聖務長はここへきて、ウータとウーテの選定を果たせなかった六部族に恩を売ることを思いついたのだ。




 聖務長(ヴァルトルーデ)はすでに両親にも伝えていたらしく、彼が去った後、駆け付けてきた。

「魔力を酷使しすぎたのだ」

「どうしてあなただけがこんなにも、」

 娘のことを思って嘆く姿に、イルムヒルトは心が温かくなる。両親は神子姫(フランツィスカ)だとか部族だとかもろもろのことよりもまず、イルムヒルトの身を案じてくれる。

 父はエドゥアルトの長の従兄弟であるが、権勢欲からは遠いところにいる。


 六部族は建前上では同等であるとされていたが、不文律の順列がある。

 以前は第二位であったエドゥアルトが第一位の部族となったのは、イルムヒルトが神子姫となったからだ。そのせいで第二位に転落したエトヴィンは広大かつ肥沃な土地を持つ部族である。さぞかし、イルムヒルトのことを恨んでいることだろう。それでも唯々諾々と受け入れたのは彼女の執り行う雨乞いの儀式のお陰で豊かさが保持されているからだ。

 今回の伴侶選びに勇んで乗り出すことだろう。


 そして、第三位のエーレンフリート。

 長い間、エドゥアルトとエトヴィンに抑えつけられながらも、二部族を出し抜いて頂点に立つことを虎視眈々と狙っている。


 第四位の部族エアハルトは神子姫に魔力を回復させるために伴侶をあてがうことを、反対しているという。

「ハーラルトさまが?」

「どうもそうらしいですよ」


 エアハルトの長の長子であるハーラルトは先だって街でイルムヒルトを助けてくれた者だ。

「武勇の誉れ高く、将としても優れているので、ほかの部族の戦士たちからも信頼厚い御仁ですから」

 フローラとフロレンツ姉弟が口々に言う。そんな素晴らしい人に反対されてはなんだかおもしろくない気になる。


「わたくしは妻にするには難があるということかしら」

 フローラとフロレンツは話しながらも忙しく動かしていた手を止めて顔を上げる。

「あら、お拗ねになっている」

「違いますよ、イルムヒルトさまが儀式を行う神子姫ではなく、ひとりの女性として幸せな結婚をすべきだということですよ」

 同性のフローラは容赦なくイルムヒルトの心の機微を言い当て、フロレンツはなぐさめる。


 フローラの言葉だけならふくれっ面をしただろうが、フロレンツの補足に唇をほころばせる。幼いころからずっと傍にいるふたりの前でだけは、イルムヒルトは人間らしい表情を外に出すことができた。


「いいのよ、分かっているの。わたくしが神子姫だと崇められ大切にされているのも、ひとえに雨乞いの儀式(ロスヴィータ)のため。この地に天の恵みを乞うためですもの」

 フローラもフロレンツもなんと言えば良いのか分からない。

 イルムヒルトの言う通りだからだ。


 降雨はなくてはならないものである。雨雲を喚ぶことができるイルムヒルトは、だからこそ敬われるのだ。しかし、生存のためという以外に、様々な者の思惑や私利私欲、富への執着といったものが絡みついている。

 神殿や六部族だけでなく、周辺諸国にも広がりつつある。豊かなヴィンフリーデの地を欲して国境を脅かされることもある。

 六部族は協力し合うというのが建前だが、水面下では相争う。ところが、周辺諸国が関わると、一丸となって手を取り合うのだから、不思議なものである。


 今回の神子姫の伴侶選定は神殿や六部族の欲得が大いに絡んでくる。

 ウータ、ウーテ選定とは比ではない白熱した争いとなろう。

 イルムヒルトとしては、再び雨乞いの儀式を執り行うことができるよう祈るばかりだ。





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