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※本日二度目の投稿です。

 

「なにをしている」

 イルムヒルトの願いが天に届いたのかどうか、明らかに慮外者とは異なる静かで落ち着いた重々しい声がした。

「なんだあ?」

「いいところなんだ、邪魔するな!」

「痛い目にあいたくなけりゃあ、あっちへ行きな」

 男たちが口々に吠える。


 追いつめた獲物をどうやっていたぶってやろうかと頭の中で様々に想像を巡らせていた男たちは、楽しみに水を差された気分となり、その声からしてうかがえる力量を察することができなかった。


「なるほど。よそ者がよってたかってヴィンフリーデの女性に無体を働こうとしているというのだな」

「だったらなんだって言うんだよ!」

「さっきからごちゃごちゃうるせえな」

「さっさと行っちまいな」

 静かな声は慮外者らが行おうとしている犯罪行為の確認だったが、それを認めたということに、本人たちは気づかなかった。気付かないまま、あっという間に、当て身を食らって地面に倒れ伏した。


 イルムヒルトは呆然と見ているほかなかった。後ろのふたりを倒したと思えば、一陣の風が過ぎ去るように狭い路地でイルムヒルトの脇をすり抜け、前方の男に向かって行った。振り向いたときには男は倒れ込んでいた。


「ご無事ですか?」

 言いながらゆっくりこちらに歩んでくる男性は見上げるほど背が高く、筋骨隆々としていた。肌はこの地方ではよくある褐色だが、くすんだ金髪は珍しい色合いだ。そして、瞳の緑色はこの地では切望される色彩でもある。


「あ、」

 イルムヒルトは助けられた礼を言おうとしたが、舌がもつれたように動かない。くらりと頭の中が大きく揺さぶられる感を覚える。

 自分の身体が崩れ落ちるのを遠のく意識の中で感じた。




 目が覚めたら見慣れた私室に横たわっていた。

 寝台の上で身を起こすと、すぐにフローラが気づいて近寄って来る。

「ご気分はいかがですか?」

「水を、」

 かすれた声に、喉を鳴らして整えようとする。

 フローラは水差しから杯に水を注ぎ、手渡す。ゆっくりと飲むと、体中に染み渡る気がした。地に張り巡らした根が水分を吸い上げる樹になった気分だ。


 フローラは大いに心配した後、こんこんと単独で忍び歩いたことへの説教をした。

「エアハルトの長のご子息に運ばれているのを見てわたしがどれだけ肝をつぶしたことか!」

「そう、あの方はエアハルトの長の御身内だったのね」

 神殿(ヴァルトブルク)で暮らすイルムヒルトの耳にも、エアハルトの長の子息の武勇は入っていた。

 どうりで荒事に慣れているわけだ。冷静で堂々とした振る舞いだった。


「なかなかの美男子ですね」

 そんな風に言うのはフローラの弟フロレンツだ。

「エアハルトのハーラルトさまと言えば、先の戦で国境を荒らす隣国軍を大敗せしめた優れた将軍ですよ」

「ちょっと、フロレンツ、女性の寝室に入って来ないでよ」

「入っていないよ。顔を出しただけ」

「見るなって言っているのよ!」

 しっしっと手を払われ、フロレンツはそれ以上抵抗せずに引っ込んだ。


「長い間、気を失っていたのかしら」

「もう少しで昼食ですよ」

「ハーラルトさまにお礼を述べなくては」

「いいですね、と言いたいところですが、相手は長のご長子ですよ」

 イルムヒルトは六部族の長とその子供らとは距離を置くようにしていた。神子姫が特定の部族と親しくしては、ほかの部族が警戒する。無用な争いの種は作らないに越したことはない。


「お礼をするだけよ」

 外歩きどころか、人付き合いでさえ慎重にならざるを得ない自身の境遇に、イルムヒルトはうんざりした。

 そんなイルムヒルトの心情を読み取って、フローラは殊更面白そうな表情、声音を作る。

「口止めではなく?」

「なにについて口をつぐんでいただくの?」

「神子姫さまが実は深窓のご令嬢などではなく、供もつけずに街に出て追いかけっこをするようなお転婆だということについて、です」

 すまし顔で長い科白を言い立てる。フローラの数多い特技のひとつだ。

「その必要はあるわね」

 イルムヒルトは大まじめな表情をして見せる。そして、ふたりは顔を見あわせて吹き出した。


 実のところ、イルムヒルトは少し浮かれていた。お忍びの先で悪漢から助けてくれる武芸者というのは、まさしく物語の登場人物になったような心地だったのだ。

 ところが、イルムヒルトが礼を言うのは大分先のこととなる。

 すべての事象を吹き飛ばすほどに重大な事柄が彼女を襲う。

 魔力欠乏に陥ったのだ。

 これでは、雨乞いの儀式(ロスヴィータ)を執り行うことができない。この地域にとっては死活問題だ。





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