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※本日二度目の投稿です。
雨乞いの儀式の主役は神子姫であるが、必ずふたりの補佐がつく。ウータ、ウーテと呼ぶ。これは非常に名誉ある役目で、どの代も競争率が高いが、今代の神子姫が乞えば必ず神の恩寵がもたらされるとあって、みながこぞってなりたがった。
現在その任に就く者たちは老齢であり、次代を選定するに当たり、水面下で熾烈な争いが行われていた。
誰もが神子姫に選定権があると思うのか、自分を選んでくれという者が後を絶たない。ちょっと外出しようものなら、見知らぬ人間が飛んでくる。かといって、イルムヒルトが神殿に閉じこもっていると、六部族の長かそれに連なる者たちがご機嫌うかがいと称して押しかけて来る。長たちもまた、ウータ、ウーテに自分たちの係累を送り込もうともしていた。
当代の聖務長は利に聡く、よって積極的にヴィンフリーデの有力者たちにつなぎを取っておきたい様子だ。自分が長を務める時期に神子姫がいることが幸運だと思っている節があった。運に恵まれたことを感謝して満足するに止まらず、より多くを欲するのが人間だ。
「朝露が草葉を濡らしましょう。神子姫さまにおかれましては、ご機嫌うるわしゅう」
朝の祈りを終えたイルムヒルトは聖務長に声を掛けられた。
「朝露が陽光を弾いて世界をうつくしく彩りましょう。聖務長さまにおかれましても、ご機嫌うるわしゅう」
ウルリーケ神の神殿において用いられる修辞的な言葉で形式ばった挨拶をする。
「次代のウータとウーテの選定についてでございますが、候補者が揃いましてございます」
「さようにございますか」
礼拝堂から出て行く聖務者たちはみな神子姫と聖務長との会話を邪魔しないように無言で会釈して通り過ぎる。淡々とした表情、静かな挙措ではあっても、彼らもまた、次代のウータとウーテについて興味津々であるのだろう。
戸口付近でちらりとフローラの姿が見えた。出入りするために大きく開かれた扉の向こうで待機している。神子姫の傍仕えはここにいますよ、とその存在を示し、無体なことが起きないように牽制しているのだ。
「本来ならば、選定委員を無作為に立てるのですが、今回は趣向を変えてみるのはいかがでしょう」
雨乞いの儀式を執り行う補佐の選定は神殿においても最も重要な案件だ。けっして、楽しさや面白さ、あるいは風情や赴きを求める余地はない。
イルムヒルトはこの人はなにを言っているのだろうと、まじまじと見返す。呆れが伝わったのか、少し慌てた様子で早口になる。
「ウータとウーテの選定はとても重要なものです」
「そうですわね」
肯定してみせたものの、聖務長は自身の言葉を理解しているのか、いないのか。
「常に神殿内で決定してしまっては、偏りがちとなります。ですから、六部族の方々のご意見も拾い上げてはいかがと愚考します」
身長差によって見下ろしながら、イルムヒルトを窺うように上目遣いになる聖務長が不可解だった。
「聖務長さま」
「はい」
「雨乞いの儀式は神事。神殿において最も重要な儀式でございます。そのため、聖務に身を置き、心から神に仕える者でしか、関与できません。神の恩寵をあまねくもたらすためには、不確定要素は排除すべきです」
神殿に入ってすぐに教えられる事柄だ。なんなら、聖務者でなくとも知っていることだ。それをわざわざ神子姫が神殿の頂点に立つ聖務長に説かねばならない。
「しかし、我ら聖務者も飲食を必要とします。それら食料を購う出所を考慮すべきでは」
神殿への寄進によって聖務は成り立つ。その寄進の多くを六部族に頼っている、と聖務長は暗にほのめかす。
「かつてこの地は乾いた資源乏しい場所でした。それが豊かになったのは、ひとえに神がもたらす銀糸ゆえにございます。食料を購う出所もその豊かさゆえのものでございましょう」
そもそも、その六部族が力をつけたのは、乏しい水資源をめぐって相争う必要がなくなったからだ。困窮していたときに与えられれば感謝するが、富を得た後はもっともっととより多くを要求するようになる。
礼拝堂にはすでにみなが移動し、イルムヒルトと聖務長のみとなっていた。
「わたくしからも六部族のみなさまにはそのように伝えておきます」
神殿運営を寄進に頼る部分が多いことは事実だ。だからイルムヒルトは聖務長のことを慮ってそう言ったが、頭を下げる前に垣間見えた彼の目は不服そうだった。
「……よろしくお願いします」