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 とくに神に愛された神子姫に贈られる称号、フランツィスカ。

 歴代の神子姫(フランツィスカ)のなかでも最も神の意識に触れやすいといわれているイルムヒルトは、雨乞いの儀式(ロスヴィータ)を前にまっすぐに背筋を伸ばし、雲ひとつない空を見上げた。燦燦(さんさん)と降り注ぐ陽光に、誰もがまばゆく目を細めている中、しっかりと青い目を見開いている。深く湛えられた水のような色合いの瞳は、どこか遠く、この世ではないものを視ているかのようだった。

 空は青く、一片の雲も見当たらない。


 祭壇の四方に柱が立ち、その上に張り巡らされた木枠を覆うようにして幾重もの薄布が垂らされている。

 その祭壇へ儀式の補佐を執り行うウータとウーテがしずしずと進み出る。ウータが鏡を、ウーテが緑の葉をいくつもつけた枝を手にしている。

 そして、イルムヒルトがゆっくりと後に続く。

 イルムヒルトは前身ごろを左右から重ね合わせる儀式用の衣装を身につけ、長い真っすぐな黒髪の一部を複雑に結い上げ、残りを垂らしている。


 祭壇には香炉が置かれ、くゆくゆと煙を立たせている。その香炉にイルムヒルトはひざまずき、頭を垂れる。

 さあ、と視界が金色に染まる。輝きが落ちて、うす青とうす黒の帯が揺蕩たゆたいだす。

 それはイルムヒルトの魔力の発現だ。その魔力を神が感じ取り、願いを叶えてくれるのだ。


 かそけき黄金にうすい青色と黒色が尾を引いては消えていく。それらは奔放に漂い、イルムヒルトの願いを乗せてゆるゆると立ち上っていく。

 煙がゆっくりと大きく揺らいだ。ウーテが持つ枝の葉がさわさわと擦れる。祭壇の垂れ布がはたはたとはためく。


 神子姫の祈りが風を呼び、風は雲を連れてくる。

 神子姫の魔力が、地表近くの温められた空気を押し上げていく。

 空気の塊は気圧が下がり、膨張しながら空高く昇っていく。上空の低温の空気に冷やされて温度が下がり、雲となり、雨を降らせる。

 乾いた大地に銀糸が降り注ぎ、ぽつぽつと濡らしていく。


「雨だ」

「降った!」

「天の恵みだ」

神子姫(フランツィスカ)さまの願いが天に届いたのだ!」

「称えよ、神子姫さまを!」

 空から届く銀糸、天の恩寵に、固唾をのんで雨乞いの儀式を見守っていた大勢の人々から歓声が上がった。




 天からの恵みである雨は、農作物を育て、飲料水を確保するのに必要不可欠だ。

 この地方では年間降水量が少ないため、貯水池を作ったり、遠方の水源から水路を引いたりして水の確保を行ってきた。

 そんな人の努力を嘲笑うかのように、自然は猛威を振るい、その前になす術はなかった。長期間に及ぶ日照りは貯水を枯渇させ、短期間の集中豪雨は貯水池や水路を破壊した。

 人々は人知を超えた存在に縋った。

 ウルリーケ神を祀る神殿(ヴァルブルク)でひとりの聖務者(ヴァルトルート)が祈りを捧げた。気まぐれな神はその願いを聞き入れ、天の恩寵を与えた。乾ききった大地に降る雨は、すべての生き物を瑞々しく銀糸で彩った。


 喉から手が出るほど待ちわびていた降雨に喜んだ人々は、祈りをささげた聖務者である少女を称えた。

 まさしく、神の子であるに違いないということで、誰からともなく神子と呼ぶようになり、いつしか、神子姫と称されるようになった。雨乞いの儀式で雨雲を喚ぶのは必ずといっていいほど女性だったからだ。


 この地方にはその昔、七つの部族があった。すなわち、エトヴィン、エドゥアルト、エーレンフリート、エアハルト、エメリヒ、エーヴァルト、そしてエーリヒだ。

 七部族は乏しい水をめぐって相争ってきたが、神子姫が執り行う雨乞いの儀式によって水の確保ができたことにより、協力し合うようになった。

 これにより、この地方では豊かな暮らしができるようになり、人が集まって来る。人が増えれば様々な産業が興り、方々から商人や職人がやって来る。


 しばらくは七部族それぞれの縄張りごとに部族名で呼んでいたが、不便であるということで、「ヴィンフリーデ」という国名がついた。七部族すべてで外交に当たる際に用いられた。

 のちに、エーリヒは自ら招いた悲劇により消滅し、六部族となった。そして、エーリヒの名は禁忌となり、いつしか忘れ去られた。





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