ミシシッピアカミミガメ解体マニュアル
“注意事項”
1)物理的な危険
1.解体作業では、鋭利な刃物を使用する。無理のない姿勢で作業をすること。また、なまくらや筋力に見合わない大きな刃物、手に合わない刃物の使用をしないこと。怪我の原因である。
2. 解体用の手袋については、使い捨てゴム手袋の使用を推奨。安全のために丈夫な手袋を使用したい場合、セリアの防刃手袋を“使い捨て”にするのがよい。布の繊維や皮革は血を吸って不衛生なので、使い回さないこと。
3.この作業では、熱湯を使用する。火傷に注意。
2)感染症対策
1.爬虫類には、ほとんどの場合サルモネラ菌が付着している。手を洗うこと。調理の際には加熱すること。食中毒予防である。
また傷口から細菌感染症になる場合もある(蜂窩織炎など)。進行次第では四肢を切断せねばならなくなる可能性もあるので、石鹸も使うこと。エタノール消毒ができるとなお良い。
2.カメには、線虫や原虫が寄生している。剥皮した肉は丁寧に加熱すること。体表に付く寄生虫には食酢を掛けるのも有効。丸ごと加熱すると悪臭が染み込む場合があるので、非推奨である。
3)使用する道具
1.ナイフ:主に亀の首を落とす。刃渡りは10~18cm、厚みは4mm以上。頸椎と皮を切るために、ヒゲを剃れる程度に鋭利で切っ先があり頑丈なものが必要である。出刃包丁でも可能*1だが、やや取り回しが悪くなることに注意。あるいは剪定ばさみでも骨は切れる。
2.メス/小型ナイフ:刃渡りは3~6cmが目安で、細かい部位を切るのに使用。特に、1.で出刃包丁を使用する場合に多用する。カッターナイフを使用する場合、無水エタノール又は食器用洗剤で表面の鉱油を脱脂しておくこと。錆止めはサラダ油など食用油を用いる。
3.ラジオペンチ:下顎を掴んだり、甲羅を開くときに用いる。頑丈なフックや釣り針でも吊るせるが、ラジオペンチの方が便利である。二つあると便利。
4.新聞紙:血を拭う。2~3部あると良い。
5.ノコギリ:鎖骨~骨盤を切る。硬い骨なので、竹引きノコギリあるいはパイプソーと呼ばれる鋸刃の小さいものを使用する。剪定用のものは鋸刃が大きく非推奨。また刃渡り20cm以下のものが使いやすい。既製品であれば、大抵のホームセンターにある「石鋸工業の竹引き鋸」が良い。
6.湯:沸かしたものが2~3Lあるとよい。野生動物の体表は非常に汚い。
7.バット:ステンレスの容器。血液の処理や、熱湯を受けるために使用する。大きい方が使いやすいので、タライ等でもよい。
8.解剖ばさみ:非常に便利なので、数千円のものを用意しておくこと。血液や有機物が溜まりにくい、二つに分解できる家畜用のオールステンレスが良い。
9.剪定ばさみ:関節を切れる。硬骨の切断は難しいが、あると便利。メーカーは岡恒を推奨。切れ味と価格のバランスが良く、グリップが目立って無くしにくい。
10.エタノール:消毒用。ときどき道具に噴霧する。
番外
直径4mm、全長30cmの鋼棒の先端を数cm曲げた鉤:肉をかき出すための物。使用方法は最後尾に記述。
補足1.
*1.セラミック包丁については靭性が全く不足しているので使用不可。どれだけ丁寧に使っても確実に破損する。いかなる解体作業においても、セラミック包丁は“決して”使用してはいけない。セラミック包丁で切ってよいのは軟らかい食品のみである。
“解体の手順”
1)屠殺
0.バットにカメを置き、熱湯をかける(カメの全身が浸かる程度)。その後、たわしで表面をこすって皮や甲羅の表面を剝がす。臭いが減るので、できるだけやっておいた方が良い。
同時に、各種刃物を別のバットに入れた熱湯に10分漬け込む。
1.汚れた熱湯を捨て、亀を仰向けにする。その後、亀の口をラジオペンチでつつくと口を開けるので、下顎をペンチで掴んで引き出す。大型個体は力が強いので、固定役と引き出す役の二人で行うと良い。あるいは、酒を飲ませる(注射筒があれば肛門から摂取させる)と力が抜けて楽になる。血抜きも少し楽になる。
一人で作業をする場合は、ペンチを持つ側と反対側の膝で抑えると良い。
2.亀を固定したら、首の裏側、喉仏にあたる部分を切り裂き、関節を切って首を落とす。一撃で切り落とそうとせず*1、皮を切り開いてから肉と関節を切るのがコツ。小さい頭部だが、
顎、舌は可食部位。歯ごたえが強い。血液も食べられるが、寄生虫がわりといる部位なので割愛。
2)解体・分解
1.鋸を用いて腹甲を切断する*2。脇の下から骨盤にかけて、できるだけ腹甲に近い位置を腹甲に平行に鋸を入れる。端の方は骨(鎖骨・骨盤)が太く硬い部分だが、雑に切って腹膜を破くと内臓の中身が出てくる。肉に悪臭が付かないように、丁寧に切り進めること。このとき、腹膜も切り剝がしていく。
2.腹膜を外せたら、内臓(特に膀胱と腸、胆嚢)を切らないように手足、首、背筋*3を外す。肛門は肛門を残すように尾骨をハサミで切り取り、体内側からくり抜く。黄(緑)色の粒は脂肪だが、臭いのもとであるから取り外すとよい。
3.残った内臓は、血液共々廃棄するまで冷凍する。肝臓など可食部位だが、寄生虫がいるので食べないほうがよい。
4.ハサミ/メスを使い、手足の皮を剥ぎ取る。かなり面倒だが、美味しくないので除去を推奨。
所要時間は30分~1時間。
補足2.
*1.出刃包丁ならできないことはないが、刃を傷める。そもそも難しい技術である。
*2.肋骨の部分は弱いので、バール等で砕くこともできる。鋸で切った方が楽だが。
*3.ただし、背甲と肋骨に挟まれているため取り出すのは面倒。比較的大きな部位だが、諦めるのも選択肢である。一応、生でなくてもよいなら背甲を焼いて粉砕すると簡単に取れる。
“調理”
酒に15分ほど漬け込んでから、ショウガ・ネギ・味噌・ニラなど矯臭効果を持つ食材を使用した炒め物や煮物が比較的美味。醬油をかけて焼くだけでも食べられないことはないが、個体によっては臭いが強い。一般の食肉より固いので、差し歯の方は要注意。
“残渣の処分”
新聞紙に包んでからビニール袋に入れ、袋を二重にする。その後、生ごみとして廃棄する。ポテチなどの菓子袋が利用できる場合はそちらの方がより臭いを閉じ込められるので、利用すべし。
土に埋める場合は、新聞紙に包んで地下50cm以上の穴を掘ること。浅いと猫が掘り返しに来る。
“解体番外編”
“解体“2)1.の代わりにナイフを背甲と脊椎の中間に差し込んでへし折り、メスを使って内臓、肉をくりぬくこともできる(肛門や皮は別途外す)。3)の番外で紹介した鉄鉤は、尻尾側を引きずり出すためのもの。こちらは甲羅が完璧な状態で残る。
”解体”2)に比べて長い時間がかかる(1匹2時間くらい)。また、甲羅を標本にする場合、甲羅に残る肉をスプーンや熱湯・パイプユニッシュなどで取り除くこと。少しでも残ると非常に強い悪臭があるので、丁寧に除くように。
以下は筆者の解体道具。参考までに
・ナイフ(大)……刃渡り14cm、刃厚4mm、全長24cmの鞘付きナイフ(ドロップポイント)。形状は大きなセミスキナー。おそらく炭素工具鋼製だが、詳細不明。
・メス……医療用の小型ナイフ。刃渡り2.0cm、全長16cmで鞘はない。今どき珍しいステンレス一体型で、東急ハンズにて購入。2018年当時\1,200。
・ハサミ……家畜の腹を切るハサミで、普通の解剖鋏より1.7倍ほど大きい。オールステンレスで二つに分解可能。引退した獣医に貰ったものなので、値段や出所は不明。少なくとも30年は使われているはずだが。
・鋸……大工用の大型鋸。ホームセンターで購入。
・ラジオペンチ……普通のラジオペンチ。ホームセンターにて購入。
・ナイフ(予備)……刃渡り11cm、刃厚2.5mm、全長20cmの鞘付きナイフ。炭素鋼製(妙に安いが、日立金属の青紙らしい)。ドロップポイントで、岐阜県関市の刃物祭りにて購入。2016年当時で3000円。鞘は革で自作、柄はテニス用のテープを巻いたもの。
金属の質は良いが、不衛生な構造なので二軍。